第2回『住宅の内見』
ほのぼの/動物
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「さあさあ、奥様、こちらです」
営業担当が満面の笑顔で夫婦を建物の中へと誘う。
寄り添う仲の良さそうな若夫婦は、そろってふくよかな体型をしている。
「いかがですか奥様!」
彼はまず、その開放的な玄関で心を掴みたかった。
「まあ、素敵な玄関」
してやったり。
思わずガッツポーズしそうになるのを、グッとこらえ、手を広げて柱梁へ視線を誘導する。
「やはり玄関は明るくなくてはいけません。そして見てください。木のぬくもりを感じますでございましょう?」
振り返りながらチラリと夫の方を盗み見るが、彼はヒゲに手をやって「ふーむ」と難しい顔をしている。
確かにここは、とても古い木造戸建てだ。
シロアリの心配や、それどころかここ最近はアライグマが出るなんて情報もあり、この家のように瓦葺きで屋根裏へ風の通り道があるような場合は、それらが巣を作る危険も考えられる。
その対処は、もちろん住んでから彼らにやってもらいたい。
会社もち、なんてわけにはいかないのだ。
妻の方はすっかり舞い上がっている。こちらに絞って落とすしかない。
「まー、広いわー。うちは子沢山なんです。嬉しいわー。まあ! 見てよアナタ! 家具も揃ってる!」
「左様でございます奥様!」
営業担当は妻の元へ走り込んだ。
「こちらは前の住人が置いていった物でございまして、もちろん必要ないということでございましたら、わたくしどもの方で、無料で処分させていただきますが……」
「いいですよそんな、もったいない。こんな大きなベッド見たことないもの……」
妻はうっとりと辺りを眺め回している。
これはイケる。必ず落とせる。
ところが次の瞬間、振り返った彼女の顔は、真剣そのものだった。
「水回りの確認させていただけます?」
嗚呼、これが雌生命体というものだ。
どれほどロマンチックに酔いしれても、頭の片隅では常に現実が見えている。はっきりと己の中に判断基準があるのだ。
そして、決断する。
こんなことならば「厳しい顔担当」という以外、特に何の意見も持ち合わせていないさそうな夫の方を攻めればよかった。
だから俺はダメなんだ……。
営業担当はうっかりその場でうなだれそうになってしまった。
しかし、福音は響いた。
「いいわね。ここに決めない?」
「そうか? 他に確認しておきたいところは?」
「大丈夫。他の物件よりはるかに住みやすそう。暖かいし、湿ってないし」
やった!
それは完全に顔に出ていたようだ。
浮かれる営業担当者に、夫妻は優しい笑みを向けた。
その時だ。
ドスン!!
真上から大きな音が響いてきて、地面が揺れた。
「きゃあ!」
妻は驚いて夫にしがみついた。
「何の騒ぎなんだ!」
二人は営業担当を睨みつけた。
怒りと恐怖に全身の毛が逆立っている。
「じ、実はでございますが、上の階の連中は、少々荒っぽくてですね、小さいのも二人ほど……」
「きみ! 老人だけだと聞いていたがね!」
夫は歯を剥いて怒鳴った。
「は、はい。確かに老人が二人なんですが、『シュウマツ』というやつには小さいのもやってくるんでございます……」
「ダメだダメだ。そんなところじゃ安心して子育てなんてできやしない。君みたいな大嘘つきには担当を外れてもらうよ!」
「いきましょう! 嫌だわ、もう」
「ああ、お待ちください!」
駆け出す夫婦を営業担当が必死に追いかける。
彼らは玄関を飛び出し、目の前の草むらへ一目散だ。
「あ! ばあば! ネズミ! 縁の下のからネズミ3びきも出てったよ!」
「ネズミくらいいるわよ、田舎なんだから」
「えー、どこー? あたしもみたかったー」
「最近はアライグマもいるのよ」
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