第1回『○○には三分以内にやらなければならないことがあった』
少し不思議/SF/コメディ
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3分前には3分以内にやらなければならないことがあった。正確に言えば2分48秒、168秒前だ。しかし本当に2分48秒だったのだろうか。時間は凝縮され私の頭上で渦を巻く。5分か10分、いいや、ひょっとしたら30分か3年あったかもしれない。
だが最後の箱を開けたとき、そこには確かに3分という時間があったことになっている。箱。パンドーラーの箱。ギリシア神話における人類最初の女性。最高神ゼウスは、プロメーテウスが火を奪って人類に与えたことに怒り、彼女を作った。美しく恥知らずで狡猾な存在。絶対に開けてはならない箱を手に地上へ降ろされ、プロメーテウスの弟へ嫁ぎ、最後には好奇心に負けて箱を開けてしまう。
中から飛び出したのは、疫病、災害、犯罪……あらゆる悲しみだ。かくして人家の戸を、ありとあらゆる不幸がノックするようになった。
しかし考えてみてほしい。絶対に開けるななんて前フリじゃないか。小太りで褌一丁の芸人が、熱湯風呂の縁で「絶対に押すなよ」って言ったらどうする?
私が開けた箱もそんなようなものだ。
すると、これを作ったのはゼウス。そうか。ヤツは全知全能の雷神のつもりか。
え、待って。じゃあアタシ、パンドーラー?
彼女が得た女がなすべき日々の仕事の能力は、全て女神アテーナーから授かったものだが、私の能力は自力で得たものだ。
ちっちゃな頃から悪ガキで、ちょこちょこ交番のお世話になった。喧嘩、万引き、器物破損……、当時は大したことないってお目溢しもらえるような微罪を重ねていたけれど、あと一歩のところで踏みとどまっていられたのは、万年巡査部長の〝おやっさん〟のおかげだった。
体ばっかりでかい俺に、持て余す体力を発散する場を与えてくれた。俺は柔道に打ち込んだ。工業高校に進んだが、武道で学んだ礼節が学業にも影響を与えてくれて、在学中から資格を次々に取り、地元企業に就職を考えていた。
だが、最終学年の途中で……おやっさんが死んだ。
暴力アル中の親父よりずっと、父親みたいな存在だった人。
原因は、飲酒ドライバーの危険運転。
それが俺の人生を決めた。
「ゴリさん! 逃げてください!」
後輩機動隊員の叫び声が遠いどこかから響いてくるが、私の脳内BGMはもはや平沢進の『夢の島思念公園』だ。
馬鹿野郎。
もうこうなっちまって逃げるもへったくれもねぇだろうが!
箱の中を縦横無尽に走る配線。揺れる液体。いまにもゼロを告げるタイマー。
どこだ。どこを切れば……——!!
コンマ1秒後、地球は二つにパカッと割れた。
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