13、私、人買いに売られなくて済むの?
ローマから偉い司教様がやってきて、アンナの前で聖書の一節を読み上げると、彼女はたちまち苦しみだした。
「悪魔憑きだと司教様はおっしゃった。恨みに心を支配され、祈りを忘れた人間の心に悪魔は入り込むんだと説明された。わしはなんとか悪魔を祓って欲しいと頼んだのだが、すでにアンナは心を乗っ取られていて、悪魔と不可分の状態だと言うのだ」
「フカブン?」
リオがオウム返しに尋ねた。
「分けられないことだ」
ルイジおじさんは両手の親指と人差し指で輪を作って絡ませ、離れないジェスチャーをして見せる。
「悪魔を祓えばアンナの心が壊れるかも知れないと言われてわしは、アンナを失うことを恐れた。わしがどん底に落とされて誰もが逃げて行ったとき、アンナだけがそばにいてくれたのだから」
だが悪魔は祓わなければならない。アンナは尊い犠牲となるのだ。司教様はなるべく早く、
「わしはアンナの人格が消えるかもしれない恐怖に
それで誰も知る人のいないこの村にたどり着き、廃屋を修理して住み始めたのだと言う。だがアンナの濁った瞳と、全ての人間を敵とみなす視線は村人たちに疎まれ、夫婦は村の共同井戸さえ使わせてはもらえなかった。
「ひどい」
リオがぷくっと頬をふくらませる。
「いや、わしは好都合だと思っておる。村人たちと交わればアンナが普通でないと気付かれるかも知れぬ。それに最近では村全体が壊滅的な被害を受ける伝染病も流行しておる。原因が井戸水でないとも言い切れぬからな」
「川の水の方が綺麗なの?」
私の問いに、ルイジおじさんは当然だと言わんばかりにうなずいた。
「常に流れているではないか」
いつも新鮮な水が上流から供給されるということ? なんとなく丸め込まれたような気がする。
リオは寂しそうな顔で首を縦に振りながら、
「それでミサのとき、ルイジおじさんたちは誰とも『
と納得した。
ミサが終わりに差し掛かると神父様は「お互いの平和を祈りましょう」とおっしゃる。皆それぞれ隣や後ろの人と握手をしたりハグしたりしながら、「
あまりよく知らない人とも心が通い合うあたたかい場面だから、リオが寂しがるのもうなずける。
ルイジおじさんは疲れた顔で、
「ミサのたびに苦しんでいたら、気味悪がって誰も近寄らんだろう。かといって教会に行かなければ余計に怪しまれるとさとして、あれを毎週ミサに出席させていたのだ」
「少しでも悪魔を遠ざけるため?」
私の問いに、ルイジおじさんは苦い顔で額を押さえた。
「悪あがきに過ぎなかったのかも知れんがな。わしは結局、あれがリオネッロの人生を奪うのを止められなかったのだから」
リオはハッとしておじさんの顔を見上げた。そして失われたものから目をそらすように、視線を石の床に落とした。弱々しいランプの灯りが、リオの白い頬にまつ毛の影を落とす。
私は椅子を持ち上げてリオに近づくと、たまらずに彼を抱き寄せていた。
「僕だけじゃない」
リオはうつむいたまま苦しそうにつぶやいた。
「オリヴィアだって売られるんでしょ」
「そっちは断った」
ルイジおじさんの一言に耳を疑って、私とリオは同時に彼を見た。
「わしは最初からそのつもりだった。あれが遠縁の娘をもらおうと言い出したときから、放っておけば餓死するかも知れない子供を引き取るのはよいことだが、売るつもりはなかった」
「断れたの!?」
肝心なことをもう一度、確認したい私に、
「一家の
そういうものなのか。体の奥底からじわじわと、ルイジおじさんへの感謝が湧き上がってくる。だがおじさんは無駄な言葉を付け加えた。
「オリヴィアはちと背が高すぎるし、瘦せぎすで胸もない。助かったよ」
「僕のオリヴィアになんてこと言うの!? そりゃ僕ら満足に食べてないんだから、瘦せていて当然じゃん!」
リオが椅子から立ち上がって抗議してくれる。
なるほど、私が商品になるとみなされたら危なかったわけか。
一方でリオは、簡単には見つからない価値ある一品というわけだ。
「リオの手術は一家の
私のちょっといじわるな問いに、ルイジおじさんは深く長いため息をついた。
─ * ─
最初から子供たちを救うつもりだったルイジ。
なぜリオネッロが犠牲になるのを止められなかったのか?
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