第5話「元王太子妃はモテモテ」



「アデリンダ様、やりましたね!

 これであのバカ王太子の子供を産まなくてすみますよ!

 美しく聡明なアデリンダ様があほんだらのケダモノ王太子に触れられるところを想像しただけでも、わたくしは腸は煮えくり返り、全身にじんましんが出て、鳥肌が立って、とにかくもう大変だったのですから!」


ブラザはバナードの事を毛虫のごとく嫌っていた。


エーレンベルク公爵は、アデリンダの身にもしものことがないように、アデリンダとブラザには内密に、アデリンダに護衛をつけていた。


公爵がアデリンダとブラザに計画を秘密にしたのは、アデリンダの結婚が白紙撤回される前に、二人の言動からバナードがエドワードの存在にたどりつくことを防ぐためだった。


エドワードの存在を知ったバナードが自暴自棄になり、予定外の行動をとったら困るので、二人には一年後に結婚を白紙にすることも、バナードを廃太子することも、エドワードの存在も伏せていたのだ。


「そうだったのね。

 ごめんなさいねブラザ」


「いえ、アデリンダ様が謝られることではございません。

 それより喜んでください。

 アデリンダ様は今日から晴れて自由の身ですよ」


「自由……」


そう言われてもアデリンダにはピンと来なかった。


「どうかなさいましたかアデリンダ様?

 もしや王太子のことを慕って……」


「それはないわ」


アデリンダは秒で否定した。


「あの方への恋心は持ったことは一度もないの。

 ただあの方は長年私の婚約者で、一年間は私の夫だったの。

 それは紛れもない事実よ。

 私は幼い頃から国のためにあの方を支え、あの方の子を生み、良き母として賢き王妃として、我が子を育て、息子を賢王にすることが義務だと思っていました。

 その目標が急に無くなったので、どうしたら良いのかわからないのです……。

 それに結婚が白紙になったと言っても、私は傷物同然。

 実家に帰ったらお父様のご迷惑になります」


「そんなことはありませんよ。

 旦那様もお嬢様が帰って来るのを心待ちにしております。

 それに、エーレンベルク公爵家にアデリンダ様宛に沢山の釣書が届いているのですよ」


「えっ? 私宛に釣書?」


「この間の農業体験覚えておいでですか?」


「ええ、芋じゃーじーを着て芋掘りをしたわね」


「その時、参加した殿方全員から釣書が届いているのです」


「ええっ全員から?

 精霊王や妖精王や龍神族の王子もいらしていたけど、その方たちからも釣書が届いているというの?」


「はい。

 皆様、高価なドレスを身にまといキリッとした表情でテキパキと仕事をこなす普段のアデリンダ様と、芋じゃーじーに身を包み額に汗して泥だらけで芋を掘り屈託のない笑顔を見せるあの日のアデリンダ様、そのギャップにやられたそうです」


「ギャップに?」


「はい、『王太子妃に泥をつけ高貴さを損ね、モテモテにするぞ! 芋掘り大作戦』は大成功でした!」


「待って、そんな作戦名だったの?

 それにあのときブラザはエドワード様の存在も、一年後に結婚が白紙になることも知らなかったのでしょう?

 私はあのときまだ王太子妃だったのよ?

 それなのにあんな作戦を立てたの?」


「人の力の及ばない精霊王や妖精王や竜神族の王族を捕まえれば、人間のしきたりなどどうにでもできるかと!」


「そんな無茶苦茶な……」


アデリンダは自身のこめかみを押さえ深く息を吐いた。


「わたくしはあのポンコツ能無し王太子からアデリンダ様をお救いしたかったのです!

 陛下や旦那様はエドワード様の存在をご存知でしたので、あの芋掘り大会を許可し、当日王太子が来れないように彼に急用を押し付けていたようですが」


何も知らされずに、誰かの手のひらの上で踊らされていたのだとわかり、アデリンダは少しだけ腹が立った。


しかしあの農業体験は、周りの自分への気遣いだったのだとアデリンダは思い直した。


「釣書に詩や熱烈なラブレターが添えられていた物もあるんですよ!

 自信をお持ちくださいアデリンダ様!

 アデリンダ様は大変美しく聡明で魅力的です!

 アデリンダ様が幼い頃にアホ王太子と婚約していなかったら、国中の貴族から釣書が送られて来てましたよ!」


「そう……なのかしら?」


アデリンダは自分がモテると言われても、ピンと来なかった。


「今すぐお相手を決める必要はございません。

 芋掘りお見合いの第二弾や第三段も企画しております!

 芋掘りを通じて相手の人となりを見極め、相性の良いお方と婚約いたしましょう!」


ブラザはアデリンダに釣り合う素敵な殿方を選び、彼女の伴侶にすることに燃えていた。


城で一年間、苦楽をともにしたアデリンダとブラザは戦友のようなものだった。


のちにフンメル国では、顔合わせの際にお茶会ではなく芋掘りが行われることとなる。


さらにその風習は国境を超え、他国にも広がっていき、アデリンダは芋掘りお見合いの先駆者となる。


「次は芋虫色のじゃーじーも良いかもしれませんね」


「またじゃーじーを着るのね。

 じゃーじーのデザインはともかく、農業体験は楽しかったから、また芋掘りができて嬉しいわ」


芋掘りが気に入ったアデリンダが、植物に詳しい妖精王と結婚し、数々の品種改良を行い、数年後に訪れる気候変動による世界の食糧難を救うことになるのだが、それはまた別のお話。








余談だが、バナードはアデリンダとの結婚が白紙になったあと、廃太子され王位継承権を剥奪され、生涯幽閉の身となった。


見張りの兵士から、アデリンダが見目麗しく明哲な妖精王と結婚したと聞かされたバナードは、

「あの女は俺のものだ! ずっと俺のものだったんだ!」

と床に這いつくばってむせび泣きながら拳を床に叩きつけたり、地団駄を踏んだり、テーブルを蹴飛ばして落ちた食器の破片を踏んでのたうち廻ったりしながら、たいそう悔しがったという。


ついでにミラの実家シェンク男爵家は、バナードが廃太子されたあと、貴族から爪弾きにされ没落した。


一人娘のミラの行方は不明だ。





―終わり―




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【完結】「完璧な淑女と称される王太子妃は芋ジャージを着て農作業をする。 ギャップ萌え〜の効果で妖精王が釣れました。妻を放置していた王太子は失ってから初めて彼女の価値に気づき地団駄を踏む」 まほりろ @tukumosawa

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