3-2
深く悩む私の肩を叩き、小さく指差すヨエル。あの白い男だ。彼が工場内をゆっくり歩き回り、村長らしき男と共に施設を見回している。白い男はまるで演技のような言葉を吐いていた。
「この何とも言えぬ快音、艶やかな血、そしてこの血液の香り! まさか誰もこの村の地下に楽園があるとは思わないだろうね。これこそ血に染まりし戦場の空気。最高だ。わざわざ足を運んだ甲斐があったよ。マリオネットの製造も順調なようだし、全てが計画通り、とでも女王陛下にはお伝えしておこうか」
「次回はいつお越しの予定で?」
「そうだね……気が向いたらまた来るよ。近々、タイプを変えたマリオネットのレシピを持って来るから、その時にまたお会いしよう。楽しみにしているよ、村長さん」
白い男はそう言って工場から出て行こうとするが、去り際に振り向いてこう言った。
「あ、そうそう、どうやらこの工場に虫が二匹ほど迷い込んでいるようだよ。早く始末しないと、君達の事が外に漏れてしまうかもしれないね」
私達の目が丸くなる。しまった、気付かれていたのか。
白い男はざわめきを残して姿を消す。村人達は情報を漏らすまいと彼が言った二匹の虫を探すため、剣を片手に捜索を始めた。
私達は焦り、捜索の目を避けながら人気のない道へと進む。奥へ行くからか酸素が薄くて息苦しく、ただひたすら走り続けた。
「くそ……呼吸が……」
荒い息遣いのヨエルが地面に倒れこんだ。疲労もたたったのか、彼の頬は火照って熱を帯びている。噴き出す汗で髪の毛も水を浴びたように濡れ、大きく肩を上下させて苦しそうに呼吸を繰り返していた。
「大丈夫か、ヨエル? おぶってやろうか?」
「いいや……一人で立てる」
彼は強がるが、足元がおぼつかない。呆れた私はヨエルを無理矢理背中に乗せて、駆け足で松明が並んだ薄暗い洞窟を行く。
私も少々息苦しかった。魂だけの身体だというのに、呼吸は通常と変わらないようだ。息も上がるし、足も疲れて汗も出る。いや、私が疲れる原因はヨエルにある。
こんな鋼の鎧を着て、一体ヨエルと合わせて総重量は幾つだろうか。ヨエルは少なくとも七○キロはあるだろうし、鎧も五キロから一○キロ程度だろう。いや、もっとあるかもしれない。私は背中に約八○キロ以上を乗せている、という事になる。それから自分の槍も持って、走りづらい事極まりない。やはり父にも同行を願った方が良策だったのだろうか。
ようやく地上へ続くと思われる梯子を発見し、ヨエルを置いて外の確認を取る。村のはずれに出て、村人達は少々離れた搬入用の入り口に集合している。
ここから出るには今しかないと考え、ヨエルを上まで引っ張り上げて、更に引きずって私の馬に乗せてやる。もう一方の馬の手綱を私が握る手綱にくくり付け、今にも意識を失いそうなヨエルを後ろから抱きかかえるような状態で、私は二頭の馬を引いてドミンゴへ向かう。
一刻も早く城へ戻らねばと、私は休まずに馬を走らせていた。
日も落ち、再び夜空が頭上を覆う。今宵は静かだった。馬の足音と、風を切る音だけが聞え、私の腕の中ではヨエルが落ち着いた様子で寝入っている。
多少の熱はあるようだが先程よりも状態は安定していて、回復してよかったと胸を撫で下ろす。思わず彼を抱える左腕に力が入り、熟睡していたヨエルがもぞもぞと動く。起こしてしまったようだ。
「寝ていていいぞ。まだ城は遠い」
私がそう呟くと、彼は安心したように寝息を立てて夢の中に落ちた。
ヨエルは戦場から一歩下がると、子供のように幼くなる。元々、病弱なのに無理をするから負担がかかって痛い目を見るのだ。大人しく素直に頼ればいいものの、無駄に高いプライドがそれを許さないようだ。
以前、それについて私が“赤子よりも精神年齢が低い”と言ったところ、一生に一度の大喧嘩が勃発した事がある。その時は口だけでは気が済まず、取っ組み合ってお互いを手加減なしに殴った。口が切れて出血しても、顔面に打撲を作っても、それでも私達は心が晴れるまで殴り合った。
気付いた時にはもう二人ともボロボロで、殿下が最後に仲介に入ってようやく終幕したのだった。その後、怪我が酷くて何日も寝込んだ記憶が新しい。二、三年前の出来事だろうか。
あれだけ殺さんとばかりに殴ったのに、今では良き相棒である。心の交流も大切だが、私達は影で何かを言うよりも、正面から体で己の思った事をぶつけている。それができるからこそ、本当の相棒なのだろう。
馬に揺られながら過去の思い出を振り返っていると、さすがに私にも眠気が襲ってきた。このままドミンゴを目指してもよかったが、もしもの事を考え、走っていた草原の隅に馬を寄せて、集めた薪で火を焚いた。
それからヨエルを馬から降ろし、火の側に寝かせて私は一人、人形が再来しないかと神経を張り詰めていた。
しかしながら眠たい。ほとんど一睡もせずにいたものだから、疲労がピークに達しているのか。
目を瞑れば夢の中。しばらくは何とか自力で持ちこたえていたが、とうとう私の目は開かなくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます