第9話 事件解決・福の過去
「あなたにお会いしたとき、あなたに事件の概要を説明していただきました。本当はアランから聞いていたんですけれどね。あなたが自分や事件のことをどう認識しているのかを知りたかった。
あなたはルーティーンを大事にしている。それを壊されるのが好きではないこと。それなのに事件の翌日は真っ赤な、いつもとは違うペンダントライトを下げていた。冒険の名残だろうと思いました。
それからそのあと挙げた三人の友人。あなたは三人のことをあまり好きそうではありませんでした。加持さんに関しては名前を間違っていましたしね。
私は最初からあなたが犯人だとわかっていましたよ」
美津子は皆を睨んだ。あの
「私は特別なんだから、貧乏人を殺したくらいでこんなに責められる理由はないわ。いい加減家に帰して。本を読んでいる途中なのよ」
「……殺された山田エリックは、私の友人でしてね、竹原さん」
福が微笑みながら言った。美津子はびくっと肩を揺らした。
「あなたのことを自慢していましたよ。優しくて女神のように美しい恋人ができたと。ホテルにばかり連れ歩くのは申し訳ないから、今度自分の家に連れて行くんだと。
本当の自分を見せるんだと。そう言っていましたよ」
「そんなの……」
美津子が嘲笑するような顔をしようとして、やめた。福は笑っていなかった。
「エリックはな、俺の盗みの仲間だった。
戦争が終わって、晴れ晴れと家に帰る子供たちの中で、俺たちは親を亡くし、家を失くし、親族がどこにいるのかもわからなかった。
壊れかけた渋谷駅のホームで、そういう子供たちは
俺たちは最初
冬になると、どうなるかわかるか? 俺たちのうち、弱いやつから凍死していった。暖かい家がないから。あのころの渋谷駅には子供の死体がごろごろしてた。
そういうときに、可愛がってくれたのがエリックだった。二つ上のエリックは、体が細い俺をかばい、喧嘩をした。食べ物を分けてくれた。喧嘩っ早いけど、いいやつだったよ。
数年ぶりに会った悪友は、美しい恋人とやらに夢中だった。エリックは、俺と会ったのも久しぶりなのに、あんたの話ばかりしてたよ。
あいつの恋人ってやつを、俺は胡散臭く思ってた。そういう連中は、俺たちをすぐに見捨てていくんだぞと思ってた。けど、それどころじゃなかったな。お前は命を奪った」
「そ、それが何……」
美津子は怯えていた。福の口調は僕と二人のときよりも乱暴だった。多分これが地だ。福は彼女に顔を近づけ、叫んだ。
「お前のどこが特別なんだよ。ガワがいいだけの偽物じゃねえか! よくも俺を利用しようとしてくれたな」
美津子はううっと泣き出した。柴田刑事が福を押さえつけた。三田刑事が美津子を彼から離した。
福は興奮した様子で歯を剝きだしていたが、僕が彼に点火装置を差し出すと、震える手で煙草を出して火をつけた。煙が部屋を漂う。
「竹原美津子さん。我々と署までご同行していただけますか」
柴田刑事が訊くと、美津子は一瞬抵抗したが、福を見ると怯えた様子でうなずいた。控えていた警察官が美津子を囲み、彼女を乗せて去っていく。
加持もまた、同じように連れていかれた。きっと他人のドールを作ったことで罪に問われるが、すぐに釈放されるだろう。
「彼女……、大丈夫かな」
金剛が心配そうにパトカーを見送っていた。福は大きくため息をつき、
「大丈夫だと思いますよ」
と言った。金剛は不思議そうな顔で福を見る。福は当然のように言った。
「きっと彼女は釈放される。大金を積んで、服役すらしなくて済むでしょうね。彼女の家はそれくらいの金持ちだ」
福の、美津子が犯人だと仮定したときのうやむやな態度はこういう理由か、と合点がいった。
金剛は困ったように笑い、そうかもしれない、と言う。実際、美津子の家は美津子の名前を容疑者としてニュースに出さずに済むだけの力がある。
「しかし俺はどうして彼女に容疑者になってほしいなんて思われてたのかな。本当にそんなに関わってないんだよ。友達ではあるんだけどさ」
と言う。福が答えようとするが、僕はひらめいたものがあったので先に言ってみる。
「ひょっとして、君が本当の特別な人間だからじゃないか? 君みたいに
だから美津子は妬ましかったんじゃないか?」
金剛は驚いた顔をする。「いやいや……」と言いかけるが、福が続ける。
「私もそうだと思いますよ。自分を特別だと思いたいのに、本当に特別な人間であるあなたがいたから、そう思い込むことができなくて邪魔だったんだろうと」
金剛は考え込んだ。それから、
「そんなことはないと思うんだけどな」
とつぶやいた。
「これが答えですよ」
福は微笑んだ。僕は福をじっと見つめる。
「何だ、アラン」
「君も苦労してたんだな。戦争孤児だったとは」
福は苦々しげな顔で僕から顔を逸らした。
「あのころのことを思い出すと、カッとなる。エリックのことを思うと、余計にだ。あの女は本当にクソだ」
「本当に親はいないのかい? 君の助けになりたいと思うけど」
僕の言葉に、福は微笑んだ。僕に対して微笑むのは珍しいことだ。
「血のつながりについてはもういいんだ。ただ、俺には探したい人がいる。
あのころ戦争孤児たちを診て回っていた医師について知りたい。俺たちは本当にあの人に世話になった。食べ物やら着るものやら配って、本来することじゃないのにしてくれた。
女の医師で、ツタおばさんとみんなで呼んでいたが……。知らないか?」
僕は少し考え、「知らないな。ツタだけじゃね」と答えた。福は残念そうにした。
「礼を言いたいだけなんだ。でも、仕方ないな」
それから煙草を吸った。
「遊部、今回はありがとう。事件が早く片づいた」
柴田刑事が福の肩に手をかけ、話しかけた。それからどんどん僕から離れて行く。
「小野寺さん、遊部に関わらないほうがいいですよ」
後ろにいたのは三田刑事だ。彼は深刻な顔で柴田刑事と福の様子を見ている。
「え? どうしてです。福も福なりにいいやつですよ。時々口は悪いですけどね……」
柴田刑事はあの夜とは打って変わって明るい調子で福と話している。
「一緒にいると柴田刑事のようになります」
三田刑事は僕を真っ直ぐに見た。僕は意味がわからない。
「遊部の職業である探偵、あれは隠れ蓑です」
三田刑事は去っていった。僕はわけのわからないまま柴田刑事と福を見ている。
二人が建物の陰に隠れるようにしたので、それを少し追いかける。ふと、福が柴田刑事に何かを渡した。柴田刑事は受け取った素振りを見せずにますます上機嫌になった。
背筋が凍った。今渡したのは何だ?
三田刑事の言葉が頭をよぎった。BLANCで福に声をかけてきた上品な客の様子。交わしている言葉。
福は麻薬の売人だ。
探偵を隠れ蓑にして麻薬を売っている……。
僕は微笑んだ。何たるスリル! 僕のさいわい横丁の友人が麻薬の売人だなんて、大したエンタテインメントじゃないか? 僕はこれからも福についていくぞ。
さいわい横丁のBLANCに寄ってから家に帰ると、祖母が僕を待ち構えていた。僕はため息をつき、彼女の横をすり抜けようとした。
「またさいわい横丁に行ったのね」
それが何か? とは訊かずに僕は彼女をじっと見つめる。祖母は苛立ったように僕を見返す。
「何よ。あそこは危険だし、何よりあなたのような人間が楽しんでいい場所じゃないのよ。あの人たちの人生を何だと思っているの」
僕はふっと笑う。それから彼女の横を歩く。僕は彼女が大嫌いだ。孫に異様に厳しく、人を下に見、僕たち家族を忘れて他人にかかずらってばかりの彼女が。
伊藤ツタ。彼女は僕の祖母で、医師だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます