悪童

十二月の冬。


道端に、白くて丸いものが落ちているのを見つけた。


ピンポン玉か何かだと思ったけれど、拾ってみたらそれは柔らかくて弾力があって、赤黒い液体が粘り付いていた。


雪の精か、サンタクロースのオブジェだろうか。


その丸い物体を人差し指と親指で回しながら観察すると、黒い点とその周辺にセピア色で歪みのない円が描かれている部分もあった。図鑑で見た、アンドラダイトガーネットという宝石のようでとても綺麗だった。


サイレンの音がする。


 遠くで何やら人が集まって騒々しい。悲鳴があちこちで飛び交っている。地面を這って何かを探している人もいた。


ただ事ではなさそうだ。


僕よりも小さい男の子が、こっちを見た。目が合った気がする。


 もしかしたら、この宝石を探しているのかもしれない。


 せっかく手に入れた物を他人に返したくはなくて、僕は何食わぬ顔でコートのポケットにしまい込み、冷えた両手に息を吹きかけながら帰路を急いだ。


 こんなに綺麗な物を持ち帰れば、きっと父さんも母さんも兄さんも喜んでくれるはずだ。きいてくれない口も開いてくれて、こっちを見ようとしなかった目も向けてくれるだろう。


 僕達四人は広い屋敷に住んでいる。お金持ちで雇い人が十何人も毎日やって来ては掃除をしたりご飯を作ってくれたり、時々僕の遊び相手になってくれる。だから雇い人が帰ってしまうとたちまち僕は誰にも相手にされなくなり寂しくなる。


原因はわからないけれど、いつの間にか家族に嫌われてしまっている。母さんに抱き締められたり、父さんに褒められたりした記憶はない。


もちろん、特別な日のプレゼントも。着ている服は古くて汚れた兄さんのお下がりばかり。


もうすぐクリスマスだ。お小遣いをもらえていなくて何も買えない僕でも、神様がこんなに良いものをくださった。


夕食の時、料理の並んだダイニングテーブルの上に、さっき拾った綺麗な物を乗せた。


「これ、さっき拾ったんだ。綺麗でしょう?」


それを見た母さんは悲鳴をあげて食器を落とした。父さんは咄嗟に兄さんの目を手で隠した。夕食を口に運んでいた兄さんは、何が起きたのかわからず咀嚼し続けていた。


呆然とする僕は、母さんに首根っこを掴まれて引きずられながらダイニングを出た。そこからがひどかった。母さんは汚物を見るような目で僕を見下しながら箒で何度も叩いた。物置の傍にある、誰にも使われていない古い屋外トイレの中でだ。


一体何が悪かったのか。綺麗な物を見せて喜んでほしかっただけなのに。許してもらうために、わけもわからないままたくさん謝った。身を守るために頭上で掲げていた両手の甲は、何度も叩かれたせいで皮膚が破けて血が出ていた。


出入り口に走ろうにも、母さんが立っているから逃げられない。追い詰められていく僕は、両手両足を踏ん張ってコンクリートの床から身を起こし、洋式便座の蓋を開けて中に入った。とにかく、どこか隠れる場所にいたかった。身体中が痛くてたまらない。


便器は背中を丸めれば僕の身体がぴったりとおさまるサイズだった。汚れた水に浸る。黄色く汚れた液体が肌に付いた。臭いがひどく、息を止めた。


母さんはそれから叩いてくることはなく、トイレから出て行った。


僕は顔をあげて大きく息を吸い込んだ。痛くて臭い身体を便器から出して、床に転がった。しばらくそうした後、どうにか屋敷に戻った。玄関の鍵は閉められていたので、中には入れず仕方がないから物置小屋で寝るしかない。


ちらほらと雪が降る。あまりの寒さに耐え切れず、動かせるだけ身体を動かして、暖めてから寝ようと思った。


白い息を吐きながら庭を歩き回る。裏庭に回ると、生ゴミが入った大きなバケツを見つけた。そういえば、夕食を食べていない。お腹が空いていたので生ゴミを漁り何か食べられるものはないか探した。


変な話だ。自分の家の生ゴミを漁って食べ物を探すなんて。


パンの欠片やりんごの芯を取って口に入れる。すると、奥に丸い物が触れた。ガーデンライトに照らされたそれは、僕が拾った綺麗な物。父さんか母さんに捨てられたらしい。僕は泣きそうになり、綺麗な物を裾で拭った。


綺麗な物は、まるで僕を哀れんでくれるかのように見つめてくれた。考えてみれば、もうこれは誰にあげる必要もない。僕の宝物にしてしまえばいいんだ。


僕は嬉しくなり、綺麗な物を大切に両手で包んだ。


微かな温かみがある。僕は一晩握り締めて眠りについた。


その時は、それが人の眼球だと知らず、唯一無二の宝物にしたのだった。

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