二話 普通を装う女子高生 其の弍

***


 放課後のチャイムが鳴り響き渡るとゾロゾロと学校から帰る生徒達の姿を見ながら舎人子とねりこ有紗ありさに軽く挨拶をし、自らが身を粉にして打ち込んでいる部室へと足を運ぶ。


 遅れて来た舎人子とねりこはそさくさと自分の弓具を引きずって、弓場に向かうと十人ほどの人が既に的に目掛けて矢を放っていた。


「遅いぞ、リコ。何故お前はそう遅れてくるんだ? 」


 舎人子とねりこが遅れて来たのを見つけた荒波与一あらなみよいちは纏め上げられた長い青髪を靡かせながらピシャリと声を上げた。それに対して舎人子とねりこは素直にぺこりと頭を下げて口を開く。


「すみません、荒波先輩」


「理由はきかんから速く準備をして打ち始めろ。後少しで大会もあるし、お前は夜桜第二高校アーチェリー部のエースなんだから。もっと部員の模範となるように行動しろ。分かったか? 」


「はい〜」


 舎人子とねりこは元気よく応えると弓具を速攻で組み立てると急いで準備運動をし、終えた途端に弓の弦を弾き始めた。


 そして、彼女は射線に立つと矢を弦に番え、的に目掛けて機械を合わせる。

 弦から手を離すとトンと言う音共に矢は消え、的にそれが吸い込まれていく。


「九点左五時の方向。最初にしては上出来だ。集中して打ってけ」


 荒波の言葉は舎人子とねりこには届いておらず、彼女の目の前には的と自分だけの世界になっていた。


 番えては打つ。

 番えては打つ。


 繰り返す後、矢が重なり合いながら点が上がる。


 試射が打ち終わると舎人子とねりこは額に滲んだ汗を拭い、弓具を置きながら口を開いた。


「矢取りお願いします! 」


 舎人子とねりこの的には一本たりとも黄色以外が無く、それを見た他の部員も驚きの声を上げた。


 しかし、それを見ながら舎人子とねりこは溜息を吐くと矢をすぐに取り、パッパと歩いてスタンドラインへと戻っていく。


 そんな彼女を見ながら後ろでスコープを眺めていた荒波が喋りかけた。


「リコ、集中力が切れてたぞ。サイトをしっかり合わせるんだ」


「了解です。次行きます」


 舎人子とねりこはそう言いながら全員が射線から後ろに行ったことを確認し、弓を握り締めると彼女は再び自分だけの世界へと足を踏み込む。


 高校アーチェリーは七十メートル四分六射で、七十二本の矢を打ち切る競技であり、簡単の様に見えて実は奥が深くとてつもない集中力が要求されるスポーツである。


 しかし、舎人子とねりこはそれを100%以上の集中力で打つ事が出来た。


 天賦の才と言えばそれまでであったが彼女はそれを良いものと思っていなかった。何故なら、普通ではないからである。舎人子とねりこは普通に憧れているのである故に、この才能がとても疎かった。


 そうアーチェリーと言うモノに出会うまでは。


 このスポーツは一射一射に多大な集中力を用いるのに対し、舎人子とねりこはその事に体力を使わず、それを自然と出来てしまった。


 周りは打つたびに集中力と体力を削がれるのに対して、彼女は一才の息切れなく打ち続ける。


 去年は新人戦で周りを寄せ付ける事なく優勝すると、そこから一気に注目の選手として名前が上がり、様々な推薦やら何やらが殺到した。


 しかし、それら全ての一切合切を彼女は蹴ったのである。

 普通じゃないからと言う理由で拒否したのであった。


 そして、何やかんやいざこざを乗り越えて今に至る。

 彼女は夜桜第二高校アーチェリー部エースであり、部の未来を担う者としてその射場に立っているのであった。


 七十二射全ての矢を打ち終えると皆が自主練をしだす中、舎人子とねりこは荒波に近づき彼の近くで休み始め、そんな彼女にに横目をやらず、彼は淡々とスコープを読み続ける。


 少しして舎人子とねりこは暇になったのか荒波に問いかけた。


「荒波先輩はもう打たないんですか? 」


「また、それか。お前が負けず嫌いなのは分かる。だがな、あの一回、負けた位で俺に固執するな。今のお前は去年と違って弱点はないし、あの時はお前のほんの少しだけ空いた意識の穴を通した一回限りの大博打だ。もう勝てないよ。それに俺は腕の怪我で当分は無理だ。お前は俺と違ってまだ先がある。だから、自分の事をもっと考えて練習しろ」


「それでも先輩は私に勝ったのです。普通の女子高生は多少勝ち負け拘ります。ならば、自分も拘りたいのです。まだ、腕が怪我しているなら致し方有りませんが。腕が治ったら必ずリベンジさせて下さい」


 舎人子とねりこは話が終わるとそさくさと再び弓具を握り、射線へと立った。


***


 夕方を告げる烏の鳴き声が聞こえると荒波が練習の終了のホイッスルを鳴らす。


 彼の一言で練習が終わり、部員らは帰りに何処を寄るか、今日の宿題の事をなどの話をしながら帰る準備をする中、舎人子とねりこは一人残って練習する事を全員に告げた。


 荒波はいつもの事と分かると舎人子とねりこに鍵を渡すと彼も彼女が一人練習する光景を見た後に少しして姿を消した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る