スケッチ

雨田キヨマサ

第1話

 暇つぶしに自慰を三回ばかりしたところで、ようやく日が暮れる頃だった。カーテンの隙間から茜色が差し込んできて、目の奥がツンとした。

 流石にやりすぎたという実感はある。まだ一日は終わっていないが、結構な疲労感があった。しかし、今日は特別に暇だ。これだけやってもまだまだ時間はある。今日、元々一コマしかなかった授業が急遽休講になったのだ。いくらでも時間はある。シコるのは飽きたから、他のことでもしよう。僕はそう思い、よっこいせとパンツを履いた。

 僕の名前は石森いしもりタイガ。どこにでもいる大学生。21歳。人より性欲が強いことが数少ない個性の、なんてことない普通の大学生だ。

 スマホ片手に動画サイトを観る。暇を潰すにはもってこいのアプリで重宝している。

 サムネイルをタップしては消し、タップしては消しを繰り返しているうちに、二時間はたっただろうか。もったいない時間の使い方をしているなと後悔しながら、次に気になったサムネイルを適当にタップして動画を開く。すると広告が流れてきて、画面の右端にスキップできるまでのカウントダウンが表示された。広告は今話題の映画の宣伝だった。


「映画かぁ」


 独りごちる。以前ネットの記事を見かけたが、この映画どうやらかなり評価が高いらしい。気になってはいたが、中々映画館に行くようなタイミングもなくてまだ観れてないのだ。どうせ今日は暇だし、映画館にでも行くことにしよう。


「よし、行くか」


 そうと決まると僕の体はすぐさま動き出した。簡単なよそ行きに着替えてアウターを羽織り、鍵と財布とスマホを持って、7.5畳の1Kに鍵をかける。外に出ると、空はすっかり帳を下ろしていた。映画館は家から10分ほどのショッピングモールの中にある。

 歩道には枯葉が見受けられるようになっていた。もうすっかり秋なんだと実感する。

 大学に入ったタイミングで引っ越してきたこの街も、もう三年目になる。この街で過ごす三回目の秋は、やはり寒すぎて何年経とうが慣れそうにない。上着の襟に顎を突っ込んで、背を屈めるようにして歩く。こうすると幾分か寒さはマシになった。

 線路の上を走る高架橋を渡れば、目当てのショッピングモールはすぐに視界に入った。田舎特有の無駄に広い駐車場を抜けて、店内に入った。

 ショッピングモールの雑踏を縫って映画館に入れば、キャラメルの匂いが立ち込めた。特有の薄暗さに目が慣れきらないうちに、自動券売機でチケットを買う。

 買ったチケットはレイトショーで一番遅い時間だった。上映までに小一時間あったから、僕はショッピングモールの中のほかの店を見て回ることにした。普段はネットで買い物を済ませてしまうから、こうしてリアルな店を見て回るのは久々だった。

 立ち並ぶ様々な商品を扱う店の中に、画材を売る店があった。平日のピークを過ぎた時間帯だからか、その店内には数えるほどしか客はいない。これと同じ系列店が僕の地元にもあってよく通っていたのを思い出した。

 店内に入ると懐かしいインクの匂いがする。中学生ぐらいのころ、漫画家を目指していた僕は、ここの系列店に通い詰めていたのだ。紙とインクの匂いが、あのころのあこがれを思い出させた。いつから僕は画材店に来なくなったのだろうか。気づいたら大人になってしまったんだと、少しだけ鼻の奥がツンとした。

 懐かしい商品たちを見ていれば時間は一瞬で過ぎ去り、気づけばもう上映の時間が迫っていた。

 少々名残惜しい気持ちもあるが、画材店を後にする。このショッピングモールにこういう店があることを知れたのだけでも収穫だ。

 店を出て映画館の方に少し歩いたところで、すれ違った人の中にひと際目を引く存在がいた。

 きれいにブリーチされた金髪に最初目を奪われ、そのあと容姿が驚くほどに整っていることに気が付く。その女性は僕が来た方へ歩いて行ってしまって、一瞬しか拝むことができなかったが、僕が出会ったどの女性よりもきれいだった。今日画面越しに見た女優なんか霞んでしまうほどだった。

 いいものを見た。あれだけの美人、なかなか生でお目にかかる機会なんてない。それこそ女優やアイドルに街中で遭遇するようなものだ。実はほんとに芸能人だったりするのかもしれない。僕が顔を知らないだけで。

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