彼らの冒険はここで終わり

こしょ

 冒険に出て二週間も経っただろうか。四人パーティーの一人として深い森の中まで侵入した俺だったが、悪魔の呪いで女体化してしまった。踏んだのか、食べたのか、傷を受けたからなのか、何が原因なのかよくわからない。こんなことが自然現象で起きるはずもない。だが悪魔ってのは意味もなくこういうことをする。……畜生!

 変化が起きたのは行軍中だった。歩くごとに鎧が重くなっていったのだ。他人が客観的に外見を見たらすぐわかるが、自分ではどうなっているのかわからなかった。それに、仲間のそれぞれが自分の担当する方向を見張りながらだったから、様子のおかしさになかなか気づかれなかった。そんな中でしまいには突然に俺が倒れた。

「どうした? 敵襲か?矢でも飛んできたか。いや、おい!誰だお前は!」

 重心の関係から、急に背中を引っ張られたみたいに仰向けにひっくり返って動けなくなっている俺の顔を見て、慌て者の仲間がそう叫んだ。リーダーは油断なく辺りを探りながら寄ってくる。人間の姿は維持していてよかったが、これが魔物に変えられていたら危なかったかもしれない。

「俺だ、カイロスだ、誰だってのはどういうことだ、俺どうなってる?」

「本当か? いつのまに攻撃を受けたんだ?」とリーダーが尋ねた。

「それが全然わからない。なあ、俺は今どうなってる? 動けないんだ、麻痺か毒を受けたみたいだ」

「お前、女になってるぞ。ていうか完全に、別人」

 慌て者がそう言った。

「じょ、冗談だろ……? なあ、動けないんだ、とにかく助けてくれ! 起こさせてくれよ」

「むしろこっちが起きそう」

 ケンのわけのわからん発言に怒りで血管が切れそうになった。さすがにリーダーに怒られて、やっと助け起こされた。もうひとり無口なやつがいるのだが、そいつは周囲を警戒していた。


 手を借りながら鎧を脱ぐと、シャツとパンツもブカブカで、とりあえず紐を使ってそれが落ちないようにした。

「なんだよこの身体、力もないし小さくて剣のひとつも持てないよ」

「ああ、これは治らないのなら冒険の続行は絶望的だ。無事町へ戻れたらいいが……」

 四人パーティーだが、仮にひとり死んだからといって戦えなくなることはない。むしろ負傷などで足手まといになる方が厄介だ。さて自分がどこまでついていけるのか、強い不安を覚える。

 リーダーのジェイはさすがに自制心が強いようだが、慌て者のケンと無口なシムは無遠慮にこちらを見てくる。舐め回すような不快な視線だ。

「なんだよ、お前ら! こっち見るんじゃねえ!」

 シムは慌ててそっぽを向いたが、ケンはこの時は慌てないでむしろ開き直った。

「だって、そりゃ男ばかりでこんな殺伐とした場所に二週間もいたところに、いきなりとんでもない美女が現れたら見てしまうのもしょうがないだろ。むしろお前が悪い。罠なんかにかかりやがって」

「運悪く俺が狙われただけだ。罠にはかかってねえ」

 俺はまたカッとなって殴りかかったが、ジェイに腕をつかまれて止められた。

「今はそんな場合じゃないだろう、団結して、無事に帰ることだけを考えなくては」

 チッ、と俺は舌打ちした。もちろん正論だ。ましてや、俺が足を引っ張ってしまうことになるのだ。今は大人しくしておくしかないだろう。たまに話に聞くような悪質なPTだと、足手まといは見捨てられたり殺されてもおかしくない。たいてい発覚するのがオチだが。ただ、そうしなければ全滅していたという合理的説明ができる場合は許される場合もあるのだ。抵抗しようにも、小さなナイフしか持てないような状況では、とにかく目立たず邪魔せず相手の癇に障ることだけはしないようにと自分に心得る。

「いつまで手をつかんでるの」

 シムが言うと、ジェイはそれで気がついたように手を離した。自分も考え事をしていたから、ちょっとぼーっとしていたようだ。


 隊列はシムが戦闘に、リーダー、俺、ケンとなった。全員があらゆる武器を使えて、前衛も後衛もない。魔法使いはいない。いればこの場で呪いに対して多少はなんとかなったかもしれないが……言っても仕方のないことだ。

 帰還の徒につく直前に、幸運があった。冒険の目的のひとつでもある、レアモンスターを発見したのだ。かわいさなどまったくない猿に似た生き物だが、臓器のひとつに価値がある。見つけるまでが苦労だが、倒すのは簡単である。しかも親子だったので、大きな収入になる。

「よかった、これで収支はプラスだな」と俺は言った。

「でもこれだと荷物が多くなるな。カイロス、お前の装備はここに置いていくしかないかもしれん」

「ええ! そんなのないだろリーダー……なんとか持って帰っておくれよ、これだって俺の戦友なんだよ」

「しょうがないだろ、いいじゃんかもう着れそうにもないし……」

 ケンが口を挟んだ。

「着れるって! またこれを着て冒険に出るんだ!」

 そう叫ぶと、ジェイが俺の身体を上から下まで見た。

「カイロスが少しでもこれを運ぶのに貢献できるならともかく、その体格では、無理だろう」

「そんなの、やってみないと……」

 シムが俺の剣と弓を抱えて持ってきた。

「これ、持てるか?」

「持てるとも」

 それを受け取ると、予想以上に重たく、取り落としてしまった。

「い、いや、これはちょっと慣れてなかった、準備ができてなかっただけで、もう一回今度はちゃんとやるから」

 とはいえ本当は装備は自分の身体の一部というほどに慣れている。慣れてないのはこの身体そのものだ。結局、まともに持つことができなかった。


 幸いというか、感覚はさほど鈍っていなかったので、身軽になった分、周囲の警戒に全力を尽くした。度々モンスターを発見した。俺が頼りにするのは二振りのナイフだけだが、幸い、巧みな位置取りが俺を守ってくれたので、傷つけられることはなかった。時にはこちらから襲った。囲まれないことが第一だから、その前に網に穴を空ける。

 こうして何もかも順調に思われたが、また突如限界が来た。俺の足が動かなくなった。疲労に気がついていなかったのだが、最初は木にもたれ、そしてうずくまってしまった。

「ちょっと、待ってくれ」

 前を行く二人に声をかけたが小さくて聞こえていない。後ろにいたケンはさすがに気がついて、大声で二人を呼び止めた。

「どうした?」

 寄ってきたリーダー、ジェイの声に俺は青ざめた顔を向ける。

「疲れすぎたらしい」

 ケンが代わりに説明する。ジェイは眉をひそめた。

「もう歩けないのか?」

「歩ける……」

 俺の言葉より様子を見て、無理そうだな、と彼は首を振った。はあとため息をついて、シムを呼んだ。

「おぶってやってくれるか?」

 シムは一番体格がいいので、確かに最適ではあろう。良いも悪いもない、紐でぐっとシムの背中にくくりつけられた。

「苦しくないか?」

 リーダーが尋ねた。

「苦しい……」

「我慢しろ」

 当然ながら鎧の上からでありとにかく硬いし、完全に固定されて胸が潰されてしまう。

 シムも気遣わしげに頻繁に後ろを向こうとするが、顔が近く逃げ場がないからやめてくれと、苦しい中、やっとのことでささやくように言った。

「す、すまん。よし、い、行くぞ」

 シムは顔を真赤にし歩き始めた。こいつ、照れてるのか。

 行きの道で夜を過ごした拠点まで今日は目指すことになっているが、そう遠くはないはずだ。

「重くないか?」

「軽いもんだよ」

「お前さあ」なぜかケンが恩着せがましく言った。「これだけ俺たちに迷惑かけてるんだから、せいぜい俺たちに媚びておかないとだめだぜ」

「どういうことだ?」

「わかるだろ、お前、ああまだ自分の姿を見てないのか。すげー美人だぜ」と急に褒めてきた。

「それで?」

「こんな美人はたぶん町にもいないだろうな。胸も尻も大きいし……」

「…………」

 黙っているとケンがいきなり身動きの取れない俺の尻を撫でさすった。嫌悪感で怖気がさして変な声を出してしまった。

「うわわわわっわ、何するんだてめえ、この、クソ野郎が!」

「もっとおしとやかに喋れよ」

 からかうようにケンが言って、ジェイが怒鳴った。

「ケン、いい加減にしてくれ! 今は遊んでる場合じゃない!」

「リーダー、もっと言ってやってくれよ!」

「カイロスもあまりじゃれるな、とにかく目的地まではお互いおとなしくちゃんと協力するんだ」

 ……チッ、と内心の舌打ちが止まらない。怒りで手が震えるあまり、シムの背中を叩いてしまった。思わずのことで焦ってしまったが、シムは気づいてないようで安心した。が、やはり気づいていたのか、それともまったく別で思うところがあったのか、しばらく後でシムが話しかけてきた。

「大丈夫? うまくしがみつけてるか?」

「ああ、がっちりすぎるほど固定されてるよ」

「ちゃ、ちゃんと背中にいるんだぞ。お、俺はお前を守るから。怖い思いはさせないから」

「いや、すでにすげー怖いよ、自分で動けないっていうのはもうそれだけで。それに元々お前より俺の方が感覚は鋭いしな」

「そうか……」

 彼が落ち込んだかもしれないのを敏感に感じたので、それでは困る俺としてはフォローをする。

「でも、俺、お前を信じてるから」

「……おう! 任せてくれ!」

 はりきった様子で俺を背負い直す。急に動きがきびきびしたが、こいつ、こんな性格だったのか。


 無事、前回の拠点についた。三人とも、非常に疲れているようだ。中でもシムが一番疲れてるはずだが。

「おい、せめて飯の用意くらいはしてくれよな」

「わかったよ……」

 シムの背中からおろしてもらった。疲れ知らずのはずが、結構疲れているようだ。

 俺も元気ではないが、確かにそれくらいはしないとさすがに悪いのかもしれないという気持ちになった。

 使ったかまどがそのまま残されているから、火を起こして飯を作った。半分は現地調達であり、生で食べるのは難しい。

 できた料理はいつも通りまあ野性味あふれるといったところだ。味が濃いので動き続けて疲れた身体には良い。

「しかも女の子に作ってもらったと思い込めばすごくおいしく感じるな」

 ケイが言って、「確かに」とリーダーが賛同した。疲れてツッコむ元気もない。


 それから、夜の予定の話になった。俺は戦力に数えられていない。三人で一人ずつ交代して見張りをする。ケンがジェイとひそひそ話をしてからこうのたまった。

「カイロスは何の役にも立たないんだから、せめて夜の世話をしてくれよ」

「せ……世話……?」

「当然、子守唄でも歌って寝かしつけてくれって言ってるわけじゃないぜ、わかるだろ?」

「わからない、おかしいぞ、俺たち今日までずっと戦友だっただろ? こんな男臭いパーティでこんなところまで来たのに、お前はそういう趣味でもあったのか?」

「いや、それどころか、こんな荒々しい血にまみれた生活をしていた中で、お前の雌々しい尻をずっと見せられたら、我慢できる方がおかしいだろ」

 わからん、そうなのか? そうだとしても、認めるわけにはいかない、非常な危機感を持って言い返す。

「お前ら、俺はカイロスだ! 俺の顔を思い出せ、お互いの股間まで見た仲だろうが」

「なんと言われてもその股間が騒いでるんだからしょうがないんだよなあ」

「まあ、お互い明日を知れぬ身なんだから、言う事聞いてやってくれよ」

「リーダーお前までかよ!」

「言っとくが、ここに置いて行ってもいいんだぜ」

 ケイがダメ押しにそれを言うと、俺は何も言い返せないどころか、ひどい恐怖を感じた。

「それは人間として最低だろ……」

 俺たちはどうやら仲間ではなかった、いや、急に仲間でなくなったのか?

「だって、俺たち別に仲がいいから組んでるわけじゃなく、利益が一致してるだけだからな。カイロスが今から戦力になってくれるっていうなら全然いいけど……」

 リーダーの言葉に俺は言い返すことができない。力がなくてはどうしようもないのだ。シムは、そうだシムはどうだ?

 彼の方を見ると、「え、俺……?」と迷惑そうな様子だった。

「守ってくれるって言ったよな! どうなんだ?」

「確かに言ったけど、こんなことになるとは……。でも、わかったよ。ふたりとも、僕は反対だ。いくらなんでもかわいそうだよ、今までは平気だったじゃないか、女がいなくたって」

「それとは状況が変わっただろ」

「いいや、例えばだけど仲間が負傷した時はみんなでかばって連れて帰るじゃないか、絶対見捨てないのが冒険者の信義だったはず」

「てめーは純愛派か?」

「……どうやら意見は一対一かな?」

「リーダーはこっち側じゃなかったのかよ」

 ケンが不平を言うが、リーダーは「俺は中立だから」などと言っている。まるで枯れ葉のように俺の運命がいったりきたりしている。いったいどうすれば生き残れるのか、あるいは、もうなりふりかまうべきではないのか。

「俺はたぶん悪魔に呪われた。俺にあまり接触がすぎると、呪いが感染するかもしれない」

「なんだと」ケンは意表を突かれたような顔をした。

「でも、そうだ、町に戻ればどうにかなるかもしれない。解呪できるかもしれないし、解呪できなくても感染しないようにできるかもしれない。そういうことになったらこの姿でもなんだってしてやるから、それに、報酬も、俺の財産だろうがなんだろうがすべてやるから、だから今は許してくれ」

 そう言ってみっともなく懇願した。

 一番怖いのは、こいつらが俺のことをどうでもよくなって置いていってしまうことである。心底に嫌で嫌でたまらないのだが、生き残るためにならなんでも利用し、媚びることもしよう。……そして可能な限り尊厳も守る。

 朝になった。自分の疲れが全然抜けていない。目覚めたらシムが隣にいて頭を撫でていた。怖い。

 朝食は作っていてくれていたので、受け取るままに食べた。この身体にはちょっと量が多い。今まで気にもしていなかったが、この三人の男はみんな醜い動物に見えてきた。


 女冒険者とは特別な存在ではない。だが、もちろんそれぞれ武器があり、魔法を使うもの、遠距離からや死角から攻めることを得意とするもの、下手な男よりもはるかにたくましいものなどがいるし、何より最低限、自分の足で移動することができる。しかし、今の俺からはその体力が突然奪われてしまった。頑張ってどうにかなるレベルではない、ふっくらと美しい芸術品のようだが、歩くための足ではない。

 そんなわけでまたシムの背中に張り付いて旅を行くのである。この男は味方につけておく必要があるために、ささやきかけた。

「なあ、感染するかもって話だけどさ、あれでまかせだよ」

 シムは急に声がしてびっくりしたようで、顔を激しく動かしお互いの顔面がぶち当たるかと思った。

「あ、ああ、そうなのか。まあ、もともと感染するならとっくになってるだろうと俺は思っていたし……」

「確証はもちろんないけど、とりあえず俺が言ったのは大嘘ってことで、これはお前を信頼してるからこそ言うんだぜ。な、これからも頼りにしてるからな」

 俺は背中に張り付いた状態で、手を伸ばしてシムの頭を撫で返してやった。たぶんこれで多少頑張ってくれるだろう。撫でた右手は自分の背中の服で拭いた。


 つらい旅になった。この三人はみんな体格が自分よりはるかに勝っている、ということからくる本能的な恐怖感がある。ただ手を振り回しているのを見るだけでも恐ろしい。頭の中で今、この状態から戦うイメージを浮かべてみても勝てそうにもない。モンスターが時々出てきて、身動きが取れないまま戦いに入るというのも、大昔に敵への心理戦としてあったとかなかったとかいう、盾にくくりつけられた猫のような気分だ。猫と違って、モンスターは手加減もためらいもしてくれないけど……。

 しかしくくりつけ方に工夫をして、いざとなれば自分でも外せるようになった。それで一度尻や身体を触ってくるケンにビビって思わず外して逃げた。さすがにケンはリーダーに怒られたが、その後、もう一度結んでもらう時に俺まで小言を言われたのでうんざりした。

「あまり面倒かけないでほしいな。ただでさえ何も役に立っていないんだから」

「なんなら俺の背中に来るか?」ケンがまた軽口を叩く。

「お願いします、許してください」

 言いながら悔しくて腹立たしくて涙が出る。


 そんな感じでやっと町まであと一日、明日には帰れるだろうというところまで来た。ここまで来れば危険も少ない。さすがにみんな気を抜いていたし、俺なんか、ここまでの道で疲れすぎて、背中から降りるとすぐうつ伏せに倒れて息を整えるのがやっとだった。

 しかし、シムがぽんぽんと肩を叩いて「大丈夫か」と聞くので、俺は「大丈夫だ」と答えて、気力だけで立ち上がって、少し離れた場所に座った。弱みも見せたくないし、近くに寄られるのも怖いのだ。自分より身体がはるかに大きいのがいるというのは。その気になればいつでも、素手ですらこちらを殺すことができるのだから。


 奴らが考えていたのはおそらく、俺をなぶれるのも今日が最後ということだ。嫌がらせのようにずいぶんと嫌らしい言葉を吐きかけてきて、その結果、彼らが寝付くのがいつもよりずいぶん遅くなった。一人だけ、シムが外で見張りをしているが、単に順番の結果であって深い意味はない。俺はテントの外へ這い出して彼のそばに来た。

「シム、お疲れかな?」

「ちょっと疲れたかな。ずっと君を背負っていたしね。でも、やりきれてよかった」

「お前には本当に無理を強いてすまなかった。大変だっただろう……」

「なに、軽いものだったさ。ただ、あいつら全然交代したり手伝ってもくれないとは思わなかった、それが少し感じが悪かったな」

「俺としては交代なんてしない方がありがたかったけど……あいつらにしがみつくことこそ不愉快、いや、この道のりの間、怒りで腕が震えるほどだったよ」

「そ、そうか……」

 シムはあまり喋る方ではなく、静かな夜の時間が流れていく。気がついているが、腕の動きが何度も俺の肩を抱こうとしている。

「なあ、シムは家族とか恋人はいるのか?」

「え、いきなりどうした」彼はでかい身体で急に恥ずかしがった様子だった。「いないよ、俺も流れ者だし、故郷に帰れば親族がいるかもしれないけどなあ……。カイロス、お前はどうするんだ、これから。今までの仕事はできないだろうし、人脈はあるのか、今までの人脈をこれからも維持できるのかな?」

「わかんないな、俺は先のことを考えるのが、得意じゃなくて。だが、生きるだけならどうにでもなるだろう。でも身体は鍛えないとなあ」

 彼は俺の顔に正面から視線を合わせた。

「自分を安売りだけはしない方がいい。お前は美人だから……あいや、それは関係ないんだが、もし良ければだけど……しばらくでもいいから、俺の家にこないか?」

「下心でもあるのか?」

「そんなことはない!……と言いたいが……でも、戦友じゃないか。それにずっと守ってあげたろう?」

「俺に触るな! その提案はありがたいと思うよ。だけど……なあ、見ろよ、星が綺麗だ。まるで降るようだ」

 シムはその言葉につられて空を見た。

 俺はその隙を逃さず、後ろから首をナイフで刺した。彼は言葉を発することもできず、やや苦しんでから絶命した。いくら強い人間でも……首にナイフが刺さればさすがに死ぬ。

 テントの二人はとっくに始末していた。まあ、こうなる運命だったのだ。俺にとって、こいつらは極めて厄介な障害になると判断するしかなかったのだから。

 実益もある。三人から装備も含めた金目のものや戦利品を持てる限り集めると、結構な財産になる。残りは近くに埋めて隠してもいい。これなら新しく人生を始められるかもしれない。換金するには多少の注意が必要だが、まあ問題ない。

 俺はようやく安心して、ふたりの身体を追い出してもまだ血の臭いの残るテントで熟睡できた。ああ、今まで本当に恐ろしかったが、俺は彼らに勝った。


 数日後、町のそばにすでに事切れている三人の冒険者が発見された。食い散らかされていたが、おそらくは人間に殺されたと考えられる。必然的に、もう一人いたはずの最後のパーティメンバーが容疑者として浮かび上がったが、その男はまるで煙のように消えて、二度と人間世界に現れなかったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼らの冒険はここで終わり こしょ @kosyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ