人が苦手な僕と陰キャな彼女は、恋人(偽)だけど自分の部屋でゆっくり自由に過ごしたい
時田唯
君と僕は、顔を合わせない距離が心地いい
朝起きてスマホを確認すると、彼女から朝四時頃に『おはよう』のメッセージが届いていた。
時刻表示につい、くすりと笑ってしまう。
彼女のことだ。きっと深夜まで作業に熱中し、朝起きれないと思ったから先に挨拶を送ったのだろう。
制服に袖を通したのち、もう一度スマホを手に取る。
『昨夜はお疲れ様』と返信しようと考え、まだ寝てるかもしれないと思い、遠慮した。
夢心地の彼女を着信音で起こすのは忍びない。
部屋を出ると、しんと静まり返ったリビングが僕を迎えた。
自然と足音を抑え、まだ寝てるであろう彼女を起こさないよう、朝食の準備をする。
ピピ、と、トースターのタイマーが切れた後、冷蔵庫からバターを取り出しつつトーストを皿に載せ、テーブルへ。
スマホを立て、朝の動画を小音で流しながら食事を取りつつ、ふと、自分もずいぶんこの生活に馴染んだなぁと考える。
朝食はいつも、一人。
学校に行き、帰宅したあとの夕食も、一人。
僕はとある理由により、同い年である彼女と一つ屋根の下で同居しているけれど、下手すれば一日ずっと顔を合わせない時もある。
……普通の人が聞けば「それって本当に同居してるの?」と怪しむだろう。
「仲が悪いのか?」と、疑われるかもしれない。
けど僕らの関係は、決して険悪という訳ではない。
むしろ良好だとすら、僕は思っていた。
顔を合わせないことは不仲である理由にはならず、お互いの意識を尊重し合った結果として、そうなっただけだから。
互いの自由を邪魔しない、それが同居相手と僕の約束。
趣味にのめり込みたい時は放っておくし、朝寝坊したいなら問題のない範囲ですればいい。
相手が顔を見せたくないなら、一日二日、放っておいても気にしない。
好きに。
自由に。
ひとつ屋根の下で同居してても、自分の自由はなるだけ邪魔せずやりたいように生活する。
けれどもし、どちらかに困ったことが起きたり、何となく話をしたいと思った時には、相手の了承を得てから話をする――
そんな風に相手を尊重しつつ、きちんと合意に基づいて話し合う関係は、心のどこかで人間不信を拗らせている僕にとってとても心地いいものだった。
だから僕は、朝が一人きりでも気にならない。
朝食のトーストと牛乳を片付け、顔を洗い、鞄を肩にかける。
よし、と静かな自宅に別れを告げ、学校に行こうとしたところで、スマホがぴこんと音を鳴らした。
『行ってらっしy』
打ち間違いと思わしきメッセージ。
静かにしていたつもりだが、物音で起きたのだろう。
で、布団の中でもぞもぞしつつ、寝ぼけて挨拶をした……そんな姿が浮かんで、何だかおかしくなる。
僕はくすっと笑い、
『行ってきます』
と書いて、返信。
既読なし。
また寝落ちしたかなと苦笑しつつ靴を履き、トントンとつま先を叩いて踵をはめる。
返事を急ぐこともない。
そのうち気づくだろうし、もし返事がなくてもまあ、忘れたんだろうな、程度にしか思わない。
そういう、ゆるくて束縛しない関係こそが、僕らの間を保っている。
結局、返事は昼前に届いた。
『ごめん、寝落ちしてた』
『昨晩は忙しかったみたいだね。お疲れ様、深沢さん』
『大丈夫。作業したあと徹夜でゲームしてただけだから』
『了解』
『ごめんだけど、今日も引きこもってていい?』
『いいよ。夕ご飯買ってく? いつものでいい?』
『ごめんね。お願いしてもいいかしら』
『了解。じゃあ買って帰るね』
『ん』
『ん』
端的なメッセージ。
ちなみに最後の、ん、が何なのか、じつは僕もよく分かってない。
けど、その末尾は僕ら特有の〆の挨拶で、何となく使っている。
思わずにやついていると、隣の男子から「にやついてんじゃねーよ葉山、彼女からかぁ?」とからかわれ、適当にあしらいながらスマホを閉じる。
僕らは恋人ではない。
もちろん家族でもないし、親戚ですらない。
それでも、今の関係は僕にとってそう悪くない。
――いや。
はっきり言うなら、心地いいなとすら思う。
心の隅で人間不信をこじらせている僕にしては、奇跡的なくらい有難いことに。
今日帰ったとき、深沢さんは起きてるだろうか? それとも三度寝の最中だろうか?
そんなことを考えながら授業の準備をしつつ、ふと、彼女とはじめて顔を合わせた時のことを思い出す。
他人に興味を持てない僕が、他人を怖がる彼女と出会ったのは、今年度の初め。
肌寒さの残る、四月上旬のことだった。
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新作ラブコメ始めました!カクヨムコン参加作品です。
本日中に4話ぶん更新予定。
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