第18話 捜索と探索
「あ、危ない……。ヴァイスさん、上です!」
聖女であるサーラの澄んだ高い声が、赤茶色の洞窟に響くと同時に。
天井に潜んでいた小型で黒いソルジャー・アントが氷漬けになった。
敵に囲まれ危険を避けようと。
大きく後ろへ飛んだヴァイスの前に、凍りついた小型のソルジャー・アントが落下し、衝撃で粉々に砕け散る。
知らない人が見れば、わざと彼の頭上に落下するように仕向けのでは?と疑いたくなるかもしれない。
しかし戦闘中の二人は、息がピッタリなのをサーラは知っている。
「ありがとう、二人とも。これが終わったら休憩にしよう」
流石に危険を感じたのか、額に滲んだ汗を拭ったヴァイスが、慎重に盾と槍を構え直す。
しかし二人の女声に掛けれた声は、平素と変わりない。
その間も、彼はジリジリと横方向へ動き。
取り囲む3体の赤い巨体を視界に収めている。
そして先に、しかも同時に動いた2体のソルジャー・アントの触覚を、横薙ぎにしたワイバーンの穂先で切断し。
遅れて前に出てきた一番大きなソルジャー・アントの額を、振りかぶった穂先で両断した。
後は動きが止まっている2体の首を跳ねるだけである。
「ふ~~、大分、槍の使い方も様になって来たかな?」
「そうですね。あっ、でもギルドに戻ったら、ちゃんとした人に教わったほうがいいと思います」
このダンジョンに入ってから、まるでイノシシのように猪突猛進していた彼に焦燥感を感じていたサーラは、笑顔で話しかけられ事でほっとした。
それに意見を求められた事が嬉しくて。
自分が素人だと分かっているのに、偉そうに助言までしてしまった。
ほんの少し後悔をしている。
「そうだね。ベレッタさんに聞いてみるよ」
しかし彼は嫌な顔もせずに耳を傾けてくれる。
それが無性に嬉しくて、サーラはいそいそと休憩の準備に取り掛かるのだった。
簡単な軽食を準備し、彼女が飲み物と一緒に渡すと。
サンドイッチを口に頬張ったヴァイスが、地面に広げて地図を使い。
現在地を指で示し、そろそろ2層目が終わる事を教えてくれた。
「あの……なぜクイーン・アント(女王蟻)が居る、大部屋を目指しているのですか?」
そう、今回の目的はあくまでも冒険者ギルドで受付をしている、クラリッサの捜索と救出である。
ボスを倒す事ではない。
しかし彼はダンジョンに入ってからというもの、脇目もふらずにそこを目指していた。
もしかしたら冷静に見えても、まだ興奮状態が残っているのでは?とも疑いたくなる。
なお、この蟻の巣ダンジョンは確認されているだけで10層まであり。
クイーン・アントが5体も存在する事が判明している。
「ああ、そうか。説明してなかったね。実は戦った跡が少なすぎるんだよ」
「???」
このダンジョンに入ってからというもの、ヴァイス一人が先行して戦っていた事も有り。
後衛のサーラは気がついていなかったが、先に入った8人パーティが戦ったと思われる痕跡が少なかったのである。
ヴァイスが気が付いたのは5箇所しかなく、そのどれもが2層を目指す最短距離の通路上にあった。
つまり、彼らは先を急いでいたことになる。
ただ不思議なのは、2層に入ってからはその痕跡がパッタリ消えてしまっていた。
彼らが倒したソルジャー・アントの死骸を、ワーカー・アントが片付けた可能性はある。
しかし緑色の体液だけは残るはずである。
では引き返したのでは?と思うかもしれないが、ダンジョンの外に馬車が有った事から、それも考えにくい。
なお8人組がダンジョンに潜ったのは2日前である。
もしも何らかの事情により馬車を置いて引き返したとしても、街までは徒歩で半日の距離しかなく。
既に街へ付いているか、途中でヴァイス達に出会っていたはずである。
またここケープマウンテンにあるダンジョンは。
隣国に現れた金をドロップするスライムに、若手冒険者を奪われた事からも分かる通り。
人気が在るとは言い難い。
なぜなら、ワーカー・アントは数も多く倒しやすいが、取れるのは小ぶりの魔石しかなく。
ソルジャー・アントなら、甲殻は硬いだけでなく軽く、素材として優秀なのでそれなりの値段が付くのだが。
低ランクの冒険者が倒すには強すぎた。
つまり、儲けが少ないのである。
そうなると、8人パーティーが目指したのは、ボス部屋ということになる。
なおクイーン・アントを倒せたパーティーは、自動的にDランクとして認められ。
更にCランクへの挑戦権も得ることが出来る。
そのため、ここは新人冒険者の登竜門的な存在であった。
とは言え、無秩序に広がった蟻の巣状のダンジョンであるため、入れ違いになった可能性もあるし、何処かで全滅している可能性だってある。
だからヴァイスは、まだクラリッサが生存している可能性に賭けて。
ボスであるクイーン・アントが居る大部屋を目指しているのだった。
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聖女の独り言。
「こんばんはサーラです」
「まさかヴァイスさんが、そこまで考えて行動しているとは知りませんでした」
「私の方が周りを見たり、考える時間があったのに、お恥ずかしい限りです……」
「でも、そんなヴァイスさんも素敵だなと思うのです」
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