転生冒険者と聖女の幸せな生活 ~悪魔が降る街~
雪月風
1章.異世界転生と聖女様とサキュバス
第1話 爽やかな朝の山景
朝靄が立ち込める中。
一人の男が家で挽いて来たコーヒーの粉を、百均で買ってきた紙フィルターに入れている。
簡易的なコンロの上で湯気を立てている銀色のポットを持ち上げ。
時間を十分に掛けて細く伸ばしたお湯をゆっくりと回しながら注いでいく。
そして最後の一滴までが滴り落ちるのを待ってから、カップから立ち上る
(はぁ~落ち着く……)
まるで世界に自分しか居ないような静寂の中。
髪や肌に触れる微細な水の粒子や、山肌から湧き上がる土と枯れ葉の香り。
そして風が吹く度に訪れる草葉が揺れて擦れる音までを全身で感じ。
ようやく彼は、自分という存在を認めることが出来る。
この世界はどこまでも広く雄大である。
それに比べて、自分はなんと矮小な存在なのだろう。
そんなちっぽけな存在が、刻一刻と移りゆく世界の全てを見ることなど到底叶うはずがない。
それでも断崖の上に立てば、朝日が昇るにつれ靄が薄れ。
その遥か向こうに広がる、黄金色の輝く世界を、ここでは見る事が出来る。
その感動を味わいたくて、今日も彼は一人で山へ登る。
そんなある日、彼が谷沿いの細い山道を歩いていると、下から吹き上げる風に乗って小さな高い音が、彼の耳に届いた。
目を凝らし崖の下を覗いていてみると、微かに動くオレンジ色の小さな点を発見した。
どうにかこうにか岩肌を伝い谷底まで下りてみると、一人の女性がうずくまっていた。
昨夜降った雨に打たれて体温が下がり、唇が紫色に変色して話すことも出来ない様子。
彼女が左手で抑えている足を見てみると、不自然な角度に曲がっていた。
「すぐに助けを呼びますからね。気をしっかりと保ってください」
彼は急いでザックから身体を温める物を取り出し、彼女の身体に巻き付けると。
ちょうどタオルに引っかかり出てきたスマートフォンの電源を入れてみた。
(やっぱりダメか。電波が届かない……。このままだとまずいぞ)
一人登山を好むこの男は、山に入ってから一度もスマホの電源を入れた事がない。
なぜなら、日常の喧騒から離れるために苦労して山奥まで来ているわけで。
仲の良い知り合いと連絡を取って現実に戻るのは本末転倒だし。
わざわざ俗世にまみれた情報を見るなど、彼にとったら意味が分からないし論外なのである。
それでも遭難者が携帯電話から救助を呼び助かったというニュースを耳にしたことがあるし。
大手通信会社が山でも繋がると宣伝しているところも目にした事がある。
しかしここは上級者向けの山である。
平らなところは殆どない。
そしてこの女性が倒れている場所も例に漏れず、周囲には彼の身長よりも高い岩が散在していて見通しが悪く。
しかもここは谷底なのである。
携帯の電波が届くほうが奇跡と言えよう。
それに昨夜降った雨で川が増水していて、危険な状況であった。
土砂崩れでも起きたら、堪ったものではない
ならば彼が女性を背負って下山すればいい、と考えるかもしれないが。
骨折している足を何かで固定しなければならないし。
状況からして滑落したと考えられるわけで、他にも頭を岩に打ち付けるなどして、ケガをしている可能性が高かった。
下手に動かすのも危険なのである。
そして何よりも衰弱が激しかった。
いつから遭難していたのかは分からないが、とにかく顔色が悪く。
今にも意識がなくなってしまいそうなほど呼吸が浅い。
医師でなくても、急がなければ命が危ない事は分かる。
しかし彼がここに来るまでに13時間以上も要している山奥なのである。
ヘリコプターで救助に来てくれればいいが……。
「水を飲めますか?あと食べ物をここに置いていきます。無理をしないでゆっくりと食べてくださいね。僕は上まで登って救助要請を出してきますから。あっ、あとガスバーナーもありますから、寒かったら遠慮しないで使ってください」
彼はテキパキと指示を出すと、虚ろな表情の女性が頷くのを待ってから、崖を登り始めるのだった。
降りるときにも感じたが、雨が降った後とあり苔に覆われた岩はよく滑る。
それでもロープを使わずに急いで中腹まで登ると、そこに生えていた1本の松の木にしがみついた。
急ぎポケットから取り出したスマホの画面を見てみると、奇跡的にアンテナが一本だけ立っていた。
彼は慌てすぎてスマホを落としそうになるも、なんとか”緊急通報”ボタンを押すと。
必要と思われる情報を簡素に伝えることに専念した。
途中で電波が途切れてしまっては、元も子もないからである。
「良かった……、これで助けが来て……えっ」
安堵のため息を着き、ふと、気が緩んだ瞬間。
彼の顔のすぐ横を耳障りな音が掠めた。
反射的にスマホを握った手で振り払ってしまう。
手の甲に当たった硬い感触から、その正体に気が付くも時既に遅し。
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続きの第2話は、本日の夜7時に公開予定です。
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