episode.2

職場である魔王城に行くには、サイモンの用意した転移魔法陣を使って行くらしい。


サイモンは魔王の秘書兼宰相らしく、その腕前はニーナに敵わないにしてもそこそこのレベルがある。


「人間、名はなんと言う?」

「ああ、名乗るのが遅くなってすみません。私はニーナと言います」

「ニーナか。これから宜しく頼む」


そう言ってあどけない笑顔を見せる魔王にニーナの母性本能は最高潮。

一瞬で心を鷲掴みされた様な感覚だ。


魔法が使えない?そんなもの私が何とかすればいい。大丈夫、お姉ちゃんが守ったる……!!


そう心に誓い、いざ魔王城へ。



❊❊❊



「では、ここに血印を」


魔王城に着くなり契約書にサインを求められた。

これで、私は魔族の一員。

さよならブラック社会、こんにちはクリーンな現場。


「さて、これでニーナ様も我らの仲間です。丁度良いのでこちらをご覧下さい」


サイモンが差し出した書類に目をやると、そこには今まで来たであろう勇者の事が書かれた勇者名簿的なもの。

いつ何時、どんな風貌の勇者だったのか、身長、体重、髪色、特徴、強さに至るまで事細かに書かれており若干引くほどだが、仕事だと割り切れば何ら抵抗はない。


「ふ~ん。結構な数来てんだ」

「そうなんです。それこそ暇さえあれば、魔王とこ行ってみる?的なノリで来る者ばかり!!」


ん~まあ、否定はしない。

見た所どいつもこいつも大した事ない奴らばかり。

魔王とサイモンが言っていた通り、魔王の姿を見ただけで逃げ帰る者が多いらしい。


「──ん?この人は何度も挑戦してるのね」


ニーナが手にしてる書類には同じ勇者が頻繁に訪れている事が書かれていた。


「ああ、そいつは常連だが、我の姿を見るだけで毎度逃げておってな。最近になってようやく会話が出来るようになってきた」

「……なんで子供の成長を喜ぶ親みたいな顔してんの?」


勇者の成長を喜ぶ魔王が何処にいるんだ……と頭が痛くなってきた。


「多分そろそろ来る時期だと思うが―……」

「たのもうーーーーーー!!!!」

「ああ、来たな」


魔王は友達を迎えに行くように笑顔で部屋を後にした。


なんとも緊張感のない……


ニーナは呆れつつも魔王の後を付いていくと、外を眺め下ろせる踊り場へ出た。

下を覗くと大声を出している者が四人いた。


一人は記録にあった、常連の勇者。

二名は記録にない、新規の勇者。

そして、最後の一人は……


「クルト!?!?!?!?」


そこにいたのは美女を自分のモノにしたいと言う身勝手かつ、自身の身の丈を弁えていない元パーティメンバーであるクルトが腕を組んでこちらを睨みつけていた。


「なんだ?知り合いか?」

「ええ、魔王様と出会うきっかけになった奴よ」

「なに!?ならば、挨拶した方がいいのか!?」

「いや、絡み出すと割と面倒臭い相手だからこのままスルーでお願いします」


何処か不満そうな顔を見せたが、ニーナが睨みつけながらキツめに言うと大人しくなった。


(なんでクルトが?もしかして、私の居場所がバレた!?)


色々な憶測が脳裏を飛び交うが、答えが出ない。

そもそも美女を侍らかすと言っといて、両側に囲っているのはむさ苦しい男だけ。

まあ、クルトはこの状況に納得いっていないらしく終始不貞腐れた顔をしている。


「今日こそお前を倒すべく、仲間を連れてきた!!」

「…………ほお?」


常連勇者が珍しく強気に発言しているのを見て、魔王は綻びそうになる顔を必死に堪えているようだった。


「貴様が魔王か……」

「へぇ〜、大した事なさそうじゃん」

「話が違う!!お姉ちゃんが一人もいない!!」


新規勇者が自信満々に魔王を見ている中、クルト一人だけは斜め上の発言をしていた。


「おいしい話があるって言うから乗ったのに、魔王を相手にするなんて聞いてない!!俺は女の子を相手に──ッ!!!」


ヒュッ!!と音が風を切り、ゴンッ!!と言う音でクルトが額から血を流し倒れた。


ニーナが足元にあった小石に魔力を込め、クルトの額目掛けて撃ったのだ。

因みに、傷は浅い。


「熱くなったクルトの話は長いのよ……」


うんざりする様に呟いた。

それだけの理由で、元仲間を手にかけるニーナもニーナだ。と魔王は思っていた。


「──ちょ!!大丈夫!?」

「貴様ッ!!不意打ちとは汚いぞ!!!」


倒れるクルトに残りの三人の勇者が駆け寄り鋭い目付きをこちらに向けてきた。


「いや、我じゃ──……」と慌てた魔王が思わず否定しようとしていた所でニーナが尻を叩き、強気に行け!!と促した。


「──……あ~~~……ゴホンッ。我は魔王だ!!魔族相手にお前達人間の常識が通用するとでも?片腹痛いわ!!」


悪役に慣れていないせいか、お粗末な煽り方だが魔王にしては上出来らしい。その証拠に柱の陰からサイモンが拍手を送っている。


「やはり魔族はろくでもないな」

「街に被害が出る前に僕らで片付けとかないとね」

「全てはお二人にかかってるんです!!頑張ってください!!」


常連勇者は戦う気は微塵もなく、応援だけの存在。こいつは最早、いないも同然。


(問題はあの二人)


一人は剣の使い手、もう一人は魔法の使い手と見たが、どちらも本物。

危惧していた事が起こったと言う所だが、幸いな事に今の魔王にはニーナがいる。


「……大丈夫なのか?」

「ん~~、分からないって言うのが正直な感想」


足元に隠れているニーナに魔王は心配そうに問いかけるが、その答えは何とも煮え切らないもの。


「おいっ!!今更それはないだろ!!」

「初っ端から本物勇者二人相手にするなんて想定外なのよ!!」


「なにブツブツ言っている!!そちらが来ないならこちらから行くぞ!!」


ニーナと言い争っているのは勇者側から見えないので、仕掛けてこない魔王に痺れを切らした勇者の一人が飛びかかってきた。


キーーーーンッ!!!


寸前の所でニーナの防御が間に合った。


(あっっっぶねぇぇぇぇ!!!!)


危うく雇用主殺すところだった。

魔王の方は絶対死んだと思ったらしく、その顔は青を通り越して真っ白になっている。


今ニーナと魔王がいるのは城の踊り場。

二階相当の高さに悠々と届く脚力にも驚いているのだろう。


(まずは剣の方を片付けた方がいいな)


苦戦しそうなのは魔法の方だと分かりきっている。

ならば、先に剣の方を潰す事にした。


「……魔王様、魔王様。一応、それっぽく見せてくださいね」

「あ、あぁ……やってみる……」


少し困惑しながらも返事をした。


ニーナはあくまで影の人。実際に使っている風に見せるのは魔王の演技にかかっている。


「──お前の実力はその程度か?今度はこちらから行かせてもらう」


そう言いながら手をかざす魔王に合わせる様にニーナが魔法を撃った。


ドンッ!!!!!


大きな爆発音と衝撃音が響き渡った。


魔王は手をかざしたまま驚き固まっている。

勇者の方は、木の幹に激しく衝突したせいで気を失っていた。


「お前やり過ぎだ!!!死んだらどうする!?」


魔王が言う言葉では無いが、確かに死なれたら後味が悪い。

と言うか、最近平和ボケしていて魔力の調整がイマイチと言うのが本当のところ。


「へぇ~?中々やるねぇ」


そう言うのは、魔法使いである勇者。

その目は自信に溢れていて、何かある。そう直感が働いた。


「先に言っとくけど、僕は強いよ?それでも殺り合うつもり?」

「……………………無論………………だ」


口篭りながらも絞り出すように言葉を発した魔王。本当は言いたくなかったと言うのがバレバレだが、ニーナにせっつかれず言えただけ良しとしよう。


「そう。……じゃ、短期戦で行かせてもらう──よッ!!」


そう言うと無数の魔法陣が浮かび上がった。



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