第3話 オタクに優しいギャルから殴られる100の方法 その2

 昨日、安達エリカがホームルームの後に石川先生のところに向かっていったことをサトシに話した。こいつならどう思うのだろう。

「安達さんが?生徒会に?なんか別の用事でもあったんじゃね?正直生徒会役員って感じの人じゃないだろ。たしかに慕われはするだろうけど、お堅い仕事は似合わねーかなぁ。」

 てっきり生徒会に立候補するのを肯定すると思っていたが、淡々と分析する姿は冷酷な裁判官のように見えた。しかしとても現実的な意見ではある。

 んー。やっぱりボクの思い過ごしなのかもしれない。向かうタイミングがたまたま重なっただけということも十分にあり得るし。

 そんなことを話していると、テクテクとこちらに近づいてくる足音が。小太りの男だった。話したこともない。サトシの友人だろうか?

「あだ…エリカさんが生徒会に入ろうとしてるのは、ほ、本当だよ。多分。」

なんだこいつ。いきなり、てか盗み聴きとは感じの悪りぃ野郎だな。

「君は…この前安達さんとゲームしてた、えと…」

サトシの言葉で気がついた。こいつはオタク連中の1人か。見覚えあるなぁと思ったんだ。

「ひ、日村。クラスメイトなんだから顔くらいはわかるでしょ…」

 そう言ってボクの方にチラッと目線をよこす。

誰だろうってポカンとした顔でもしてたんだろうか。今の目線は「クラスメイトの顔も覚えてないなんて感じの悪い奴だな」って意味だろうな。お互い第一印象はよくないみたいだ。

「それで、日村君。その話本当なの?」

「あ…エリカさんが言ってたんだから多分本当だよ。昨日石川先生から生徒会の話が出る前から言ってたんだ。だから気持ちは確かだと、思う。」

 まぁ本人が言ってたのなら納得はいく。気になる点はまだあるが、安達エリカの生徒会への執念は確かなものだろう。

「君たちも、同じクラスなんだし応援してあげなよ。」

 そう言い残し自分の席に戻っていく日村。昼休み終了のベルが鳴った。




 午後の授業はどこか上の空なまま放課後を迎えた。

「おーっす、帰ろうぜのりを。駅前のキングバーガーのクーポンもらったから食いに行くべ。」

「今日は掃除当番。悪いけど他の誰か誘ってくれ」

「あー了解、早めに終わったらお前も来いよなー。」

 ぞろぞろと放課後へ解き放たれていく。教室には、え。ボク1人?他の掃除当番の奴らは?ボクを含め5人いるはずの教室にはポツンとボクだけが残されていた。

「なんで?もしかしてバックれ?ボク以外?おいおいおい勘弁してくれよなんで1人で掃除しなきゃいけねんだよ!ボクやだよ机運ぶの。テキトーに箒でパサパサやってたいのにさぁ!てか、あれか。ボクもバックれようかなぁ!?みんないねーしよぉ!?」

 ため息が漏れる。でも、根がいい子だから。ボクは。時間がかかってもやるんだい。いいかお前ら。こういう善行を積んだ奴にこそ!空から美少女が降ってきたり!雨の日に公園で立ち尽くす謎の美少女と出会ったり!リトさんならなぁって展開に巡り合えるんだよ!ほら!こうしていると今にも教室のドアが開いて美少女に「あ!この人!1人でも掃除頑張っててカッコいい〜〜!!」ってなる気がs

 ガラガラと唐突にドアが開いて一瞬呆気に取られた。

「只野?君?」

 美少女改め、安達エリカがそこには立っていた。




「安達…さん?」

困惑の思いが籠った声が空虚に響く。噂のあの子の登場ってやつだ。

「どうしたの?忘れ物とか?」

「え?ううん?あーし今日掃除当番だから。…って、あれ?なんで箒持ってるの?」

「なんでって…ボクも当番だし…」

「え!?まじ!?もしかしてクラスライン見なかった?一応メッセ送ったんだけど。」

 クラスライン?ポケットからスマホを取り出してアプリを開いた。そもそもクラスラインなんてあんのかって話だ。え、ハブられてる?ちょっとやめてよ泣くから。履歴を遡ると結構前にグループへの招待はサトシから届いていた。しまった入るの忘れてたな。

「うわ、ごめん見てなかった」

クラスラインにまだ入ってないことは言わなかった。

「で、なんて送ったの?」

「『明日の掃除は私がやるからみんなは放課後楽しんでね〜!』って。みんなから反応きたし全員見たのかと思っちゃった。」

(……てんめぇえええええええの仕業か!!!)

吐き出しかけた怒号を胸に抑えた。

「ちなみに、な、なんで?そんなメッセ?」

ピキピキとした声音と共にその意図を問う。

「え?んー?内緒♡」

なにそれ可愛い。じゃねーんだわ。

「んーとね、まぁ生徒会のため?かなー。」

引っかかる単語が本人から出た。

「生徒会?」

「うん!入りたいなって思って!ほら、知ってると思うけど、うちの生徒会ってなんか凄いらしいじゃん?待遇とか、なにからなにまで。だから憧れるなーって!」

「それが…掃除当番引き受けることに繋がってるの?」

正直、意味がわからない。

「掃除当番っていうか…んー、とにかくあーしの中では繋がってるの!!」

「…あーしにできることはそれくらいしかないから。」

 最後にボソッとなにか言った気がした。ボクも難聴系主人公になる前兆かもしれない。早めに病院へいこう。

「あ、只野君も帰っちゃって大丈夫だよ?どーせ今日1人でやるつもりだったし。」

「いや、やるよ。あんまり借りとか作りたくないんでね。それにレディー1人に重たい机何十個も運ばせるのも漢が廃るってもんさ。」

「なにそれ笑!変なの!まあいいや!じゃ2人でやろ!てかさ!あんまり只野君と話したことなかったからいい機会かも!前から話したいなって思ってたし!」

 ニッコニコ笑いながらそんなこと言うんじゃねぇよ。勘違いしちゃうだろ。こんなボクでもワンチャン…!とか思っちゃうだろ。てかなんかいい匂いすんだけどお…甘いバニラみたいなあぁ…あぁあかん。なんか急に頭ん中がピンク色に溶ろけてぇ…お父さん、お母さん。この気持ちはなんでやんすか??

 

 


 えんしょえんしょと机を運んぶボクの後ろで、鼻唄混じりに床を掃く安達エリカ。新妻のエプロン姿とか似合うんじゃないっすかね。ボクの部屋も掃除して欲しいです。

「ねえ、机運ぶの手伝おうか?こっちもう終わるし」

「え?あーうん。」

曖昧な返事を返してしまった。

「あのさぁ」

 まだまだある机を運びながらボクは話を切り込む。

「さっきの、掃除当番が生徒会に繋がってるって、あれどういうこと?少し気になる。」

「え?んー、まぁたいしたことじゃないんだけどねーほんとに。只野君ってもしかして結構疑り深い笑?まあ別に言ってもいいんだけどね。掃除当番ってゆーか、人望?人気?みんなから頼られる?みたいな?そういうのになりたいなって。ていうか、ならなきゃって感じ。」

 その瞳はなにを見つめているのか。眩く感じた瞳の底が深くなったような気がした。

「生徒会に入る人ってさー、めっちゃ凄い人ばっかなんだって。勉強とかスポーツとか他にも色々。」

それはサトシも言っていた。まさしく選ばれしエリート達ばかりだと。言い方は悪いが凡百なCクラスからはまず選ばれないだろう。

「でもね、選ばれる方法は案外普通ってゆーか、全校生徒の投票なんだよね。」

「へー、知らなかった。」

「うん。だからね、みんなから頼りにされる人気者になれば投票率もあがるかもって。」

「なるほどね。」

「だからさ!只野君もなんかあーしにして欲しいことあったら言ってね!できることなんでもするから!」

 なんなんだこの言われたいこと全部言ってくれる生物。歩くギャルゲーかよ。かー!卑しか!卑しか女ばい!たまんねぇや!

 しかしなるほど、概ね疑問が解消されたな。

おそらく日村含めオタク連中もこんな感じで言いくるめられたんだろうな。安達エリカのこの感じにあいつらが耐えられるわけないだろう。

…ボクは耐えられましたがなにか?

「応援してあげなよ」ってのはつまり投票してあげなよってことか。

 オタク連中だけじゃない。他にもいろんな人に手回ししていることだろう。上級生にも手が回っているのも考えられる。



「まぁがんばりなよ。安達さんに投票するからさ。」

「ほんとに!?ありがとー!」

口ではそう言ったが、生徒会に入るのはそんな簡単な話ではないだろうとも思った。今までにも、そんな作戦を考える人はいたはずだ。にもかかわらず、生徒会の絶対なる威厳と能力は保たれている。それに、安達エリカのやり方は個人的にはあまり気持ちのいいものではない。



「よし!全部終わったし帰ろ!ありがとね!1人でやるより全然楽しかったよ。」

「ありがと。じゃ気をつけて。」

「うん、また明日!」


 夕日に映える彼女の笑顔は薄暗い中でも輝いていた。快活な足音が遠ざかっていく。彼女にあるのは裏ではなく志高い野望だった。ただただ、優しい。オタクにも優しいギャルなだけだ。

 だが、過剰な優しさの果てに優しい世界があるとは限らない。その笑顔が曇らないようにと、本当にそう思った。

 同時に、この先に起こる事をボクはなんとなくわかっていたような気がした……。



——生徒会役員、まもなく投票開始…!

次回、オタクに優しいギャルから殴られる100の方法その3———

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