第3話

 ボクはいつまでこの演技を続けていけばいいのだろうか。それがわからなくなった。久井にあの話を持ち掛けられたときにボクは心臓が跳ね上がるような思いだった。

 ボクの何が足らなかったのだろうか。久井が感じた違和感というものははたしてなんだったのか。ボクは自分ではわからない小さな矛盾を作り出していたのだろうか。それがいつどこでかがわからない。

 ボクは久井をどう思うか。久井は友達としてといった。じゃあ、ボクにとっての久井は? 友達なのか? 前までは友達といってもよかったかもしれないが、今は友達なんていう言葉はつかえない。ボクがいうと安っぽく感じるからだ。こんなボクみたいなやつにそういった存在がいるのはおこがましいというものだ。

 あの日あの時。やっぱり、ボクが変わってしまったのはその日その時なのだろうか。



「「春お兄ちゃん。相談ごとがあるんだけどいいかな?」」

 土曜日の昼前に妹たちが声をかけてきた。双子の妹で上の方が秋葉あきはで下の方が冬雪ふゆきだ。妹たちは本当によく似ている。家族でも判別がつきにくい。妹たちは後ろで髪を束ねている。それに使っているヘアゴムの色で判別をつけるしかない。秋葉が赤色で、冬雪が青色だ。それとこの二人は少し変わっていて、空手の道場に通っている。だから、ボクよりも体術に優れ、ケンカになったときはボクが一方的にやられる。二人がかりでくるもというのもあるが、単体でも勝てないだろう

 ボクがこの二人を少し変わっていると思うとこは、この二人の独特な癖だ。二人は一人の人間なのではないかと思うぐらい、意思疎通がはっきりしている。要するに言動全てが同じになるのだ。本人たちは無意識の内だが、自然と動きが重なる。

 妹たちは朝早く起きて元気に外へ遊びに行っていて、ボクはその時間に録画していた昨日のロードショーを、麦茶を飲みながら見ていた。半分を見終わった時に、妹たちが帰ってくる。やかましいなと思っていると、妹たちはボクの元へやって来る。

 ボクは録画を一時停止して、妹たちの話に耳を傾ける。妹たちは詳しく説明しなかった。ボクの腕は右腕を秋葉に、左腕を冬雪にそれぞれ引っ張られる。ボクは妹たちに引っ張られながら、厄介事か、とうなだれた。

 ボクたちは靴を履いて、外へ出る。玄関から出て、ボクは妹たちの言いたいことを理解する。言葉など使わなくても、簡単に察する事が出来てしまう。

 ニャーニャーと、大きな黒猫が横になりながら、可愛らしい声でないていた。首輪はつけていなかったから、野良猫だろう。

「飼えないぞ」

「「えー! どうして?」」

 二人は飛び跳ねて驚きを大げさに体で表現した。ボクは腰に手を当ててため息をついた。ボクの親は、猫アレルギーを持っている。ボクもその遺伝は少しだけ受け継がれている。もちろん、妹たちも。だから、猫を飼うことなど不可能なのだ。妹たちにその事を説明すると、思いだしたかのようにそろってくしゃみをする。

「「でも、この猫、お腹に赤ちゃんがいるみたいなの。無事に産ませてあげたいの」」

 妹たちは猫の首元と頭を撫でまわした。猫は朗らかな表情でそれを受け入れていた。

「赤ん坊は勝手に生まれてくるさ。この猫も一人で産むんだよ。ボクたちが手を出すべきことじゃない」

「「うーん……」」

「それならさ、この家に置くのは無理だけど、どこか安全な場所でかくまってあげればいいよ。それで、毎日様子を見に行けばいいさ」

「「安全なところって?」」

「そうだな。やはり、元のいた場所に戻すのが正解だろうが……。ああ。近くに廃工場があっただろう? そこは誰も来なさそうだし。いいんじゃないかな?」

 ボクはポンと手を叩いた。妹たちは「「あそこか」」と顔を見合わせながら言った。

 廃工場は、家から少し離れた所にある。家を出て右に曲がってまっすぐ行くと川がある。そこを川の流れに沿うように歩いていくとそれがある。

 妹たちは猫を抱きかかえ、さっそくそこへ向かうようだ。猫アレルギー持ちが、持って大丈夫なものなのかと心配になったが、ボクが注意をしようとした時にはもういなくなっていた。

 ボクは「うーん」とうねる。前髪をいじり、これでよかったのか、と考える。でも、良い答えがうまれなかった。だから、録画の続きを見ようと、家の中へ戻るのだった。


 妹たちが帰って来たのは一時間ほど経ってからだった。無邪気に笑い合いながら、リビングへ入って来る。猫と触れ合ったのが利いてきたのか、くしゃみばかりをしていた。でも、そんなことは何ともなしに無心な笑みのようなものを浮かべる。二人は手を繋いで、頬をよせあわせている。

 ボクは椅子にもたれ掛りながら、鋼よりも固い二人の絆を見守っていた。それを見ているとなんだか不安な気持ちになる。


「「どうしたの? 春お兄ちゃん」」


 ボクは妹たちに言われてハッとする。どうやら自分でも気がつかぬうちに、誰にも見せないような険しい表情をしてしまっていたらしい。妹たちはその雰囲気に不穏を感じたのか身を構えていた。

 ボクは頬を軽く緩ませ、「なんでもないよ」と優しく言う。妹たちは口をとがらせてなにかを言いたそうだったが、結局何も言わなかった。妹たちは洗面所へ逃げるようにして出ていく。

 ボクは妹たちがいなくなったのを確認してから、深いため息をついて天井を見上げる。白い景色が広がる。自分の頭の中のようだった。ボクは奥歯を噛みしめた。そして軽く舌打ちした。

 ボクは妹たちが嫌いではない。それは今までもそうであった。だけど最近は、二人を見ると醜悪な気持ちに犯されていくようになった。何がボクをこの気持ちにさせるのかは分からないが、そんな自分を許せないことには違いない。少なくとも、家族であり兄妹であるあいつらにこんな気持ちを抱きたくない。これが本音。

「もう、よそうか」とボクは独り言を呟いた。言葉は投げられただけで誰の手にも届かずに地面へと落ちていった。

 ボクは立ち上がり、気分を落ち着かせるために水を飲みに台所へ向かう。「ふう」と気持ちを落ち着かせたボクに今度は空腹がやって来た。そういえば昼はまだだ。

 今日は親がいない。なので、昼食は兄妹三人で取ることになる。週末はこうなることが多い。当番も決めている。今日は妹たちがその当番だ。妹たちの料理は美味い。しかし、妹たちの味覚に少し困った所があり、激辛料理が好きなのだ。ボクはそういった料理は好まない。そういった味覚の幸福感の相違が喧嘩につながる。

 人の好みはそれぞれあるが、理解できないものはとことん理解できないものだ。その溝は一生埋まることはないような気がする。

 やがて妹たちが戻って来る。腕まくりをして「「やるぞ」」と張り切っていた。ボクは「よろしくね」とだけ言って椅子に座る。テレビをつけて、昼のニュースを妹たちの陽気な会話と同時に聞いていた。

 ニュースは、この橋里町の近くの町で起きた事件を取り上げていた。女性を狙った連続殺人事件で、今までに四人もの女性がその犯人の餌食になっている。死体の横に菊の花が献花されているようで、それが同一犯による犯行であると断定されている。断定はされているが、捜査は難航しているようで、犯人逮捕にはまだまだ時間がかかるようだ。次の犠牲者を出させないためにも、早く犯人の逮捕を急いでもらいたい。

 ボクは頬杖をついて、画面をぼんやりと眺める。軽く目をつむり、もの思いにふけった。


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