9.もうじき嵐がやってくる。

『ヒナ、笑って。じゃないと私、おかしくなってしまいそう。ずっと奥にしまっていた物が、プツリと切れてしまいそうなの。もう、諦めてしまう。無駄だって』



 弱音を吐くのは幾年ぶりだろうか。軍に入ってからは弱音なんて吐かなかった。一度記憶を失いかけた日から、なんだか変わってしまったような気がする。


「……」


緋夏汰ひなたはただ笑った。歯を見せて、にかっと笑った。その笑顔は私の精神を安定させてくれた。少しずつ落ち着いてきた。つられて笑えるくらいには。


「おっ、笑った笑った。ササは戦ってるときの真顔もかっけぇけど、やっぱ笑ってるのが一番お前に似合ってるよ」


「ありがと、ヒナ。ちょっと落ち着いた」


その言葉に緋夏汰は親指を立てて答えた。


「話がちょっと戻るけどさ、この世界って本当に変な世界だよな。俺たちの親がまだちっちゃかったころはさ、平和で、昼も夜もあって、廃墟なんてこの首都にはなくて…」


「じゃあ、全部ぶっ壊しちゃおうよ」


 不意に言葉を発した。普段の自分なら絶対に言わない言葉。


(ぶっ壊す?この世界を?…バカバカしい。私たち政府軍はこの首都に住む人たちのために戦ってるのに)


案の定、緋夏汰は目を見開いてはあ?とでも言いたそうにしている。


「ぶっ壊すって、この街をか?……なんか、それはそれで楽しそうだな」


「違う!!今のは忘れて!!」


必死に弁解するが緋夏汰は悪い笑みを止めないうえ、こっちを見て破壊神だな、とか言っているので、背中を思いっきり叩いてやった。




 毎週行われる終礼が始まった。終礼では、決まって表彰が行われる。何の表彰かというと、どれだけ活躍したか、何人殺したか、で点数がつけられその点数が規定数に達した者の表彰である。


「今週、規定点数に達した者は……」


それ以外にやることは特にないので、適当に聞き流しておく。


(士気のアップには効果あるだろうけど、これって人を殺した数、自己申告制なんだよね)


中には、勝手な数を申告して表彰してもらおうとする奴がいる。今のところ、あまりにも数があり得ない場合は少将が表彰対象から外しているが、それでも防ぎきれない。まあ、これで表彰されたからといって位が上がったり給料が変わることはないんだが。


「今日の終礼は終わりだ。夜勤当番以外の兵士は速やかに部屋に戻り、明日に備えるように。あと、准尉以上の将校と特殊狙撃兵は残るように」


 他の兵士は自分の部屋に戻っていく。残ったのは准尉より上の階級である20人と特殊狙撃兵5人である。

私と緋夏汰は特殊狙撃兵であり、咲蘭さくらは上級准尉であるため残った。


「お前たちには1週間後に行う作戦の仔細を伝えておく。この件はくれぐれも他言しないように」


少将がいうには、1週間後にゴーストビルに対して大規模攻勢を仕掛けるらしい。今日の殲滅作戦で敵の戦力が大きく削がれたため、この機を逃さず一気に畳み掛け、あわよくば内部奥まで攻め込むのだ。上層部は、宗教連盟最大組織の"黄界"を潰してこの戦争を終わらせる気でいる。


(そううまくいくかな…?)


宗教相手の戦いというのは手こずりやすい。一人ひとりの練度はこちらのほうが圧倒的に上だ。しかし相手は自分の信じる宗教に命さえ捧げる覚悟であり、追い込まれれば追い込まれるほど強くなる。


(まあ、やれと言われたからにはやるんですけど)


解散命令が出たため、私は自分の部屋に戻り、束の間の休みをとった。




ゴーストビル 20階

 また幹部たちが騒がしい。どうやら隊の1つがのこのこと外に出ていき、そのまま全滅させられたらしい。


「そなたたちは静かに出来んのか」


「しかしですな、教主様。この攻撃により我が兵力の5分の1が失われたのですよ!?」


「それがどうした。我らが泰然自若としていなければ他の信者が混乱する」


幹部たちを宥めつつ、現在自分が置かれている状況について考えを巡らせていた。


(だが幹部の言う通り兵力がなくなるのも時間の問題だ。腕のいい将校も次々死んでいく。そして、それは全て狙撃されて死んでいる……ん?ああ、そういうことか)


つまり、政府軍には狙撃手がいる。そいつを潰せば、損害はもっと少なくなる。そして、被害が少なくなった時期から察するにそのうち1人はこのビルからの脱走者だ。



『脱走者め…絶対に殺してやる。そうしたら、私は、この"黄金の機界"で、この世界全てを染め上げてやる…!』

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