第363話 空間魔法の修行
雷龍様の背の上で、また数時間のフライトを楽しんで、夜になる頃に地上に降りることになる。
山と山の間の崖沿いに着陸してもらって、周りの環境を確認する。モンスターが出ても対処できると判断し、今日はここでキャンプすることになった。
「ねぇねぇ!竜ねぇ!空間魔法のこと思い出した?」
ノアールが、雷龍様に元に駆け寄って話しかける。雷龍様はステラの料理を眺めるのをやめて、ノアールに向き合ってくれた。
「んー……ぼちぼちだな」
「なら教えて教えて!」
「とりあえず、現実にあるものを空間移動してみるところからやってみるか」
「わかった!」
そして、雷龍キルクギオスによる、空間魔法講座がはじまった。
もちろん、知的好奇心が強い、うちのロリ魔法使い2人も参加する。
雷龍様の説明をソフィアとティナが興味深そうに聞いていて、ノアールは元気よくうんうん頷いていた。
ちなみにオレはというと、雷龍様がなにを言ってるのか全く理解できなかった。ノアールが頷いているのが不思議でならない。
♢
-翌朝-
「できた!みてみて!竜ねぇ!」
「おぉ!おまえなかなかやるではないか!ノアール!」
朝食を作っていたら、ノアールが小さい扉のようなものを2つ具現化していて、その扉の片方に投げ込んだ石が、少し離れた扉から飛び出していた。
どちらの扉もスケッチブックに絵を描くことで召喚したようで、取っ手をひねって扉を開けると、もう片方の扉も開いて、そこに繋がるようになっているみたいだ。
「おぉぉ……あれってまさか…転移魔法?」
「パパ!見てた?褒めて褒めて!」
ノアールが駆け寄ってくる。
「おお!すごいな!ノアール!まさか昨日の今日で出来るなんて!天才だ!」
「えへへー!竜ねぇも褒めてくれたよ!」
「よかったな!雷龍様はなかなか褒めてくれないから、よっぽどすごいってことだぞ!」
「そうなんだ!嬉しいな!」
「おい!もっと色々教えてやるからこっちこい!ノアール!」
「はぁーい!」
そしてまた雷龍様の方に走っていった。
「ライ様、ノアールはすごいですね」
リリィが近づいてきたので、朝食の準備を進めながら会話する。
「うん、こんなにすぐ習得するなんて、正直驚きだ。自慢の娘だね」
「ふふ、そうですね……あの、やはり、ノアールに過去のことを聞くのはやめておくべきですよね?」
これは真剣に答えるべき話題だと思い、オレは作業の手を止めた。ステラに断ってから会話を続ける。
「……うん、オレはその方がいいと思う」
ノアールをお嫁さんにした夜、オレたちは雷龍様からノアールの正体について話を聞いた。
ノアールは、百歳を超える魔族であり、自らの意志で身体と心を幼少期に戻したのだという。そして、その理由はおそらく悲しい過去を忘れるためだというのだ。
オレたちはノアールがいないところでそのことについて話し合い、今はそっとしておこうと結論づけてはいた。
たぶん、リリィは、すごいスピードで空間魔法を習得していくノアールを見て、このまま過去に触れなくてもいいのか、改めて気になったのだろう。
「リリィの懸念もわかるよ。あれだろ?このまま空間魔法を習得していったら、突然記憶が戻るかも、とかそういうのを気にしてるんだよね?」
「はい……もしそうなって、突然人が変わったりしたら…そう思うと怖くて…」
「わかるよ……でもさ、もし、ノアールがすっごくイヤなことが昔あって、それで記憶を消したっていうなら、それを掘り起こすのは違うんじゃないかって思う」
「……でも、自然と思い出してしまったら、どうするんですか?事前に聞いておけば、なにか対策ができるかもしれません。記憶が戻っても、わたしたちはノアールのことを愛してるって伝えるとか」
「んー……でもさ、愛情を注ぐのは今でもできるよね?変に質問して、それがきっかけでノアールを苦しめるのは違うんじゃない?雷龍様の話だと、記憶を消してること自体を忘れてるみたいだし、突然、ノアールは記憶喪失で百歳だ、なんて話をしたら混乱すると思う」
「……そう、ですね…」
リリィは納得はしてそうだけど、やっぱり不安そうだった。
「あのさ、リリィ、やっぱりオレは今のままのノアールにたくさん愛情を注ぐのがいいと思う。もし記憶が戻っても、オレたちのことを大好きだって思ってくれるノアールは消えないはずだよ。ううん、消えないくらい愛情を注いで、もっともっとオレたちのことを好きになってもらおう?」
「ライ様……ライ様のお考えは、とても素敵だと思います」
難しい顔だったリリィが笑顔を見せてくれる。
「ありがとう。それにさ、今のノアールはあんなに楽しそうにしてるんだし、この楽しい時間だって忘れないよ。例え記憶が戻ったって」
リリィと一緒にノアールのことを見る。
ノアールはニコニコと雷龍様と会話していた。周りにいるソフィアやティナにも褒めてもらえて、すごく嬉しそうな笑顔を浮かべている。
その笑顔は、とても幸せそうな笑顔に見えた。
「もしも、ノアールの過去について聞かないといけない事態になったら考えるけど、今はその必要はないんじゃないかな?」
「そう…ですね…はい、わかりました。相談に乗っていただき、ありがとうございます」
「いやいや、オレたちの娘のことだから、当たり前だよ」
「ふふ、そうですね。これからもよろしくお願いします、パパ」
「こちらこそよろしくね、ママ」
お互いのことをそう呼び合って、くすりと笑い合う。
難しい話題だったけど、なんとか意見を統一することができた。
「なんだか〜……そのやりと嫉妬しちゃいます」
黙って聞いていたステラが割り込んできた。
「あ、ごめんね、料理任せちゃって」
「いえいえ、そこはいいんですよ。それよりもパパ、ママって呼び合うの、なんだか特別な感じ、というか、リリィに一歩先をいかれてる感じがして嫉妬しちゃいます」
「んー…って、言っても…」
じゃあ、子ども作る?とは言いずらい。オレはまだまだ冒険したい気持ちはあるし、王様を兼任しながら本当のパパになる覚悟はできていなかった。
「えー?そこは、〈ならステラもオレのことパパって呼んでくれ、つまり、オレの子どもを産んでくれ(キリっ〉、じゃないんですか〜?」
「あ、やっぱそういうことになるよね。ステラが真剣に子どもが欲しいっていうなら、真剣に考えるよ」
「うふふ♪冗談ですよ♪私ももうちょっと、ライさんの彼女でいたいんです♪でもでも、やっぱりリリィには嫉妬しちゃいます!」
「ステラ、ライ様のことあまり困らなせないでください」
「え〜、リリィがそれを言います?ママって呼ばれてニヤニヤしてるくせに」
「…ニヤニヤなんてしてません」
「いいえ、してます」
「むっ……」
「まぁまぁ、2人とも、オレは2人とも大好きだし、平等に愛してるよ」
「……」
「……」
本気で言った言葉だったのに、軽薄だと捉えられたらしく、2人にジト目を向けられる。
「えっと……」
オレが怒られるかな、とあわあわしていると、ステラがにこっと笑い、
「なら今晩、平等に愛してもらいましょうか♪」
なんて、素敵な提案をしてくれた。だがしかし、
「え…でもみんなが…」
そう、周りにはみんながいるのだ。
「ノアールはもうお嫁さんですし、おねえちゃんはアホなのでほっときましょう。みんなにはリリィから説明しておいてください」
「なぜわたしがそんなことしないといけないんですか?」
「え〜?逃げるんですかぁ〜?なら、不戦勝で私の勝ちですね。リリィママも大したことないですねぇ」
「……そんな適当な挑発、乗りませんよ」
「じゃあ、今晩は私とライさんが2人で寝ますから」
「……それとこれとは話が違います」
「うふふ♪結局こうなるのに、ぐだぐだ言っちゃって」
「……」
「えーっと、じゃあ、オレの気持ちを態度で2人に示すってことでいいかな?」
オレはワクワクしながら口を挟む。
「もちろんです♪」
「……わかりました。受けてたちましょう」
笑顔のステラに対して、リリィは神妙な顔をしていた。セリフも相まって果たし合いのようだが、実態は全然違う。
いや、ある意味、オレと2人との戦いか。
そしてその晩、オレは2人にそれはもう平等に愛情を注がせていただいた。
結果は、オレの一人勝ちであった。
まだまだ負けぬよ、お嬢さん方。
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