第350話 戴冠式

「わぁぁぁぁ!!陛下ー!」

「ライ様ー!」

「王様になってくれてありがとー!」


 おおう…


 戴冠式の舞台であるベランダに一歩出ると、とんでもない歓声が巻き起こった。

 

 オレ人気者じゃん、そんなことを考える余裕なんて一切ない。眼下に広がる人、人、人、何人いるか数えることなんて不可能なほどの人たちがオレの戴冠式を見に来てくれていた。

 サンディアの言う通り、下の広場は満員で、そこだけで1000人はいるはずだ。門の向こうにも人だかりが見てとれる。


 すっごい数だ…


 心の中でそう呟き、みんなが見えやすいようにベランダぎりぎりまで歩いていく。


 ベランダの左手に司会をやっているマガティヌスがいて、オレのマントを持っているサンディアは、オレが足を止めると、マガティヌスの後ろに移動した。


 右手には、大剣を持って地面に突き立てているジャンがいた。


 ベランダから右手に見える少し離れた観覧席には、オレの妻たちがいる。


 ふぅ……大丈夫大丈夫だ。練習通りにやればいいだけだ……


「静粛に!」


 マガティヌスが声を上げると、先ほどまでの大歓声が嘘のような静寂が訪れる。そして、マガティヌスが声を張って話し出した。


「この度!第15代国王として!ライ・ミカヅチ陛下が!国王に就任されることとなった!

 陛下は!皆もよく知っているように!我が国が窮地に陥ったとき!救いの手を差し伸べてくれた方だ!そしてまた!我らを救おうと立ち上がってくれたのだ!

 従来!リューキュリア教国の国王は!エポナ教徒の大司祭から選ばれるしきたりだ!しかし私は!この異例の国王就任に一切の迷いを感じていない!

 なぜなら!ライ・ミカヅチ陛下が!我らを導いてくれることを確信しているからである!」


 マガティー……なんだよ……そのセリフ。


 オレは打合せのときには聞いてきないセリフにキュンとくる。そっか、マガティーもオレのこと認めてくれてたのか…


「皆もそう思うであろう!」


 マガティヌスが拳を上げて煽るように言うと


「わぁぁぁ!!」

「その通りだ!」

「いいぞー!大司祭!」


 町のみんながまた大きな声をあげてくれた。


「それでは!陛下からお言葉をいただく!静粛に!」


 シーン…


 また、静寂が訪れた。


「あー…」


 オレはフリーズしてしまう。頭が真っ白になった。キョロキョロと目だけを泳がせる。

 みんなが、1000人を超える人たちが期待の眼差しをオレに向けている。


 えーっと、なんて、なんて言うんだっけ?あわわわわ………


 オレがテンパっていると、


『ライ様!がんばってください!』

『あんたならやれるわ!』

『ライさん♪ちょっとくらい失敗してもわかりませんよ♪』

『おぬしは堂々としてるだけで良いのじゃ』

『カッコいいよ!ライ!』

『おにいちゃん…ミィ…応援してる…よ?』

『キミならできる、前を向け』

『パパ!がんばって!』


 みんなが意識共有で応援してくれた。そのおかげでオレは勇気が湧いてくる。そして、緊張もスッと引いていった。


「ありがとう…」


 そう小声でつぶやいてから、オレは、町のみんなに向かって話し始めた。


「リューキュリア教国!第15代国王に就任した!ライ・ミカヅチだ!

 この度は!歴史あるリューキュリア教国の国王に選ばれたこと!深く感謝する!

 みんな!ありがとう!」


「わぁぁぁ!!」


 声援を片手を上げて制す。


「オレは今まで!ただの一般人として生きてきた!

 だから!国の運営なんてものに正直自信はない!」


「ははは!」

「おいおい!大丈夫かよ!」


 なんて野次が飛んでくる。


「だから!オレのことをみんなで助けてくれ!

 オレもみんなの困ってることを全力で助けることを誓う!

 だから!力を貸してほしい!」


「任せろー!」

「どんとこいだ!」


「オレは!みんなのことをまだ全然知らない!知ってるのは一部の人たちだけだ!

 みんなのことを支援したのだって!友だちのためだし!

 あ!そういえば改めて謝りたいことがある!もう知ってると思うけど!オレからも!みんなと初めて会ったときのことだ!

 あのときは!オレの奥さんをエポナ様だと偽って無理に食事をとらせてごめん!」


 オレはベランダに両手をついて頭を下げた。王様という、みんなの代表の立場になると決めてから、ずっと謝りたいと思っていたことだった。


「この通りだ!」


「謝らないでー!ライ様ー!」

「そんなの気にしてるやついねーよー!」

「むしろありがとー!」


「ありがとう!

 オレはこれから!みんなの王様、いや!代表として!国を引っ張っていくことになる!

 でも!もし間違っていたら教えてくれ!そんなことで反逆罪なんて言わない!みんなの意見を活かして!国を良くしていきたい!

 それと!オレは!みんなと友だちみたいな関係であり続けたい!だからさ!陛下とかかしこまった言い方はしないでいいよ!

 また一緒に飲もう!

 そして!リューキュリアを!ウチナシーレを楽しくて!幸せな町にしよう!

オレからは以上だ!これからよろしくな!」


「……」


 少しの静寂があった。そして――


「わぁぁぁぁ!!」

「ラーイ!」

「ライ様ー!」

「よろしくー!」

「一緒にがんばろー!」


 そんな声が、みんなの声援が聞こえてくる。

 オレはそれを聞いて、オレを受け入れてくれる人たちの声を聞いて、鳥肌がたった。


 この人たちを裏切ってはいけない。


 そう、強く誓う。


 オレは、王になったんだ。


「国王陛下のご退場ー!拍手にて見送られよ!」


 パチパチパチパチ!!


 マガティヌスの号令と共に大きな拍手が巻き起こり、サンディアがオレのマントを持った。

 オレは手を振りながら建物の中に引き返す。


 建物に入って、みんなから見えなくなったところで、


「………はぁぁぁぁ…」


「お疲れ様です、陛下、素晴らしかったですよ」


「陛下呼びやめろ」


「お、いつもの調子を取り戻しましたね」


「ま、おまえのおかげもあるか」


「あれ?今日は素直なんですねー。よっぽど緊張してたみたいだ」


「……やっぱ、しばいておくか」


「はいはい」


 こうして、オレたちは軽口を叩き合いながら、控室へと戻っていったのだった。



『今晩、ノアールを寝かしつけたあと、ノアールのことを妻たちに相談してください』


『なんで?』


 オレが控室で王様の衣装を脱いでいると、またも唐突なアドバイスを攻略さんからされてしまった。

 最近はこういうよくわからないアドバイスが多い。この人はオレをどうしたいのだろう。


『余計なことは考えず、いいから従いなさい』


『……』


『従わないならノアールの攻略は不可とします』


『わかりました!』


 ということで今晩の予定が決まってしまった。


「ステラ、ちょっといい?」


 カーテンから首だけ出して、ステラのことを呼ぶ。


「はぁーい?なんですか?」


「この前の、ノアールのことを相談するって話だけどさ」


「ああ、みんなで話しましょうって言ってたことですか?」


「そうそう、それって今晩でもいいかな?ノアールには内緒で相談したい」


「わかりました♪みんなには私から伝えておきますね♪」


「ありがとう、頼むよ」


 そのあと、着替え終わったオレは、家族みんなで王様用の居室に案内された。ここに住むつもりはないけど、「自由に使ってください」、と言われたのでのんびりさせてもらう。


 なぜココに通されたかというと、今日はしばらく、王城内で過ごすことになっているからだ。

 もし今外に出ると、住民のみんなにもみくちゃにされるだろう、ということで夕方くらいまでは外には出るなと言われている。

 夜には屋敷に戻る予定だ。


「パーパ♪パーパ♪」


「んー?」


「えへへー♪なんでもない♪」


 ノアールがオレの膝に座って嬉しそうに何度も呼んできた。可愛い娘である。オレはよしよしと頭を撫でる。


「ノアは王様のパパのお嫁さんだから、お姫様だね!」


「ん?んー、たしかにそうだね」


「えへへー♪ノアお姫様になったんだー♪すごいねママ!ママもお姫様だね!」


「ママはずうっとパパのお姫様だぞ?」


 緊張から解放されたオレは、キザなセリフにブレーキがかからなくなっていた。


「そっか!そうだよね!」


「そんな…ライ様…恥ずかしいです…」


「ああん!私は?私はどうですか?ライさん!」


「もちろんステラもずっとお姫様だよ」


「やったー!ノアールそこどいてください」


「えー!やだ!ステラねぇはパパとずっと一緒にいたでしょ!」


「んー?この猫耳娘そろそろなんとかしたいですね。もう今晩の話し合いでどうするか決めちゃいたいところです」


「話し合いってなにー?」


「ノアールには秘密です」


「えー!なにそれなにそれー!」


 ノアールがオレの膝からおりてステラに詰め寄った。


「あ♪ありがとうございます♪」


 その隙をみて、ステラがひらりと身体を捻ってノアールをかわし、オレの膝に座る。なかなかの策士である。そんなところも可愛い。


「うふふ♪ライさんのお姫様ですよ♪」


 言いながら首だけ振り返り、ウインクしてくる。


「お、おお…かわいい…なでなでしてあげよう」


 オレはステラの頭もニコニコでなでなでした。


「あー!ステラねぇひどい!どいてー!」


 ノアールがステラの腕をぐいぐい引っ張る。しかしびくともしない。だんだん、ノアールの顔が怒り顔になっていく。


「んー!ステラねぇ力持ちすぎ!ゴリラ!」


「……は?」


 それはよくない。雷龍様とアリアさんの喧嘩を聞いていたせいで、それを真似したのか。どちらにしろそれはダメだ。


 ステラの笑顔が暗く曇っていく。ゴゴゴゴ…


「ステラ、ノアールは子どもだからさ。オレはステラのこと天使だと思ってるよ」


「……うふふ♪ありがとうございます♪

 ちょっと待ってくださいね♪あのクソガキ、わからせてきますので」


「あの…ステラさん?」


 オレのフォローもむなしく、すっと膝が軽くなる。


「あ!あいた!」


 ノアールがオレの膝めがけてかけこんでこようとするが、ステラに首根っこを掴まれてしまう。


「にゃ!?はーなーしーてー!」


「ステラねぇにごめんなさいは?」


「なんでー!いやぁー!」


「失礼な子どもにはお仕置きが必要ですね」


「こーわーいー!パパたすけて!」


「んー……今回はノアールが悪いよ、ステラにちゃんと謝りなさい」


「こわいこわい!やだー!」


 そしてノアールは連行されていった。なむ。


「ライ様、ノアールのこと、今晩話すんですよね?」


 オレが合唱していると、リリィママが隣にやってきてひそひそ話す。


「うん。真剣に、どうしようかなって…」


「わかりました。では、ノアールが寝たらみんなで話しましょう」


「うん、お願い。オレも考えをまとめておくから」


 ついに今晩、結論を出すことになった。


 だからオレは、頭の中をノアールのことだけに集中することにした。

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