第96話 人間嫌いのエルフの気持ち
-ティナルビア視点-
わしは今、昨晩わしのことをめちゃくちゃにした男の寝顔を隣で見ている。
ひどい男じゃ、あんなに激しくするとは……
はじめてだったんじゃぞ?
しかし、こいつはただのひどい男ではなかった。すごいやつじゃ。
ライの寝顔を眺めながら、わしは昔のことを思い出していた。
わしは、エルフの里で生まれ育った。わしの家は、それなりに名の知れた、由緒正しき家系じゃった。
子どものころは良かった。両親も兄弟もみな仲が良く、楽しく暮らしておった。
しかし、あるとき、里に人族の行商人がきて、わしはたまたま人間の恋愛小説を手に入れた。
わし以外の同胞はその小説に興味を持たなんだが、わしの心にはなにか響くものがあった。
異国の地で、なんの縁もない男女が出会い、恋に落ちる物語。劇的な話では無かったが、とてもロマンチックに感じた。
でも、そのときは恋がどういうものか、自分ではよくわからなかった。
すると、しばらくして、両親からそろそろ結婚しろと言われた。
200歳のころじゃ。
相手は決めてある、お前の弟と結婚しろ。と言われた。
なぜだか、〈それは違う〉、と思った。
みなに相談したが、両親が決めたのならそれに従うものだ、と言われた。
唯一、弟だけが、「ねぇさんが嫌ならボクから断るよ」、と言ってくれた。
しかし、そんなことをしたら、弟の立場がなくなる。弟はうちの家を継がなければならないし、本人も家業に誇りを持っていた。
だから、わしはエルフの里を逃げ出した。わしが悪者にされればいい。そう思った。
里を出て20年、一人でフラフラと旅をして回った。特に誰とも関わらなかった。しかし、そんな時間を過ごしていると、ふと寂しさを感じた。
誰かと一緒にいたい。
すると、森の外れに人間の村を見つけた。
木の影から様子をうかがっていると、小さな子どもたちが、わしの手をひき、村を案内してくれた。
わしが精霊の力で畑仕事を手伝うと、人間たちは喜んでわしを受け入れてくれた。
わしはその村で10年あまりを過ごした。とても楽しい時間だった。
だが、あるとき村が襲われた。人間にだ。
わしはなにが起こっているのか理解できなかった。人間が人間を殺していた。わしに良くしてくれた村の大人たちも襲撃者に対してクワを突き立て、殺していた。
同族同士で殺し合うなど、エルフにはないことじゃ。とても恐ろしく、とても愚かな行為に見えた。
身体が震えて、うまく動かせなかった。
わしはなんとか子どもたちだけは匿ったが、ノアールを人質に取られ、奴隷に落とされた。
そのとき、子どもたちは助けてほしいと約束したが、そんなものはすぐに裏切られた。
わしは人間のことをわかっていなかった、と思った。
人間は大人になると醜い生き物になる、信じてはいけない。そう判断した。
そんなとき、わしを買ったのが、この男、隣で寝ている、ライ・ミカヅチじゃ。
この男は、わしを助けるために、わしを買った、と言った。
わしを助けたいから、子どもたちも助ける、と言った。
うさんくさいやつじゃ、と思った。
目的がわからなかった。
すると、なんども、なんども、〈わしのことが好きだから〉、〈わしを惚れさせたい〉、と言ってきた。
そんなことはウソだ、と思った。人間は信用できない。
しかし、この男は、子どもたちのために新しい商売を考えて、そして、自分の財産を使って、店を作った。
口だけの男ではないと理解した。つまり、本当にわしを惚れさせるためだけにここまでのことをしているのか?
ライは、わしのことを女の子だという。
だが、わしの年齢を知れば意見も変わるだろう。だから、不意をついて実年齢を明かしてみた。
「わしは230歳じゃ」
しかし、こいつは全く気にする様子もなく、「人間なら23歳だね」、とか訳の分からないことを言い出した。
なんじゃ?
こやつは本当にわしのことを女の子だと思っておるのか?
それからなるべく、この男の行動を観察するようにした。
ライについて行って話を聞いていると、色んな人間を巻き込んで、色んなことを考えて、子どもたちに危害がおよびそうな問題を全て潰しているのがわかった。
とても賢い男じゃ。
わしは賢い者が好きじゃ。
そんな男に、たびたび好きだと言われていたのだと振り返ると、なんだかドキドキした。
これはなんて気持ちなのだろう。
そう疑問に感じていたが、〈わしのことを妻にしたい〉と言われて、気づいた。
悪くない、と思ったのじゃ。
わしは、ライ・ミカヅチの妻になっても良いと思った。
弟のときは嫌悪感しか抱かなかったのに。
これが恋なのだろうか。
じゃから、この商売が上手くいくのを見届けたら、子どもたちが自立できることを確信したら、ライの妻になろうと決心した。
温泉宿に泊まる日、わしはライに身体を捧げるつもりでいた。
しかし、どう言い出せばよいのかわからず、温泉に入っていくライを見て、あとを追いかけた。
ライに裸を見られると、胸の鼓動が今まで感じたことのないくらい速くなって、すごく恥ずかしかった。
だから、強がってみせた。
なのに、この男は、そんなわしに優しくするどころか、言葉のあげあしをとって、激しくわしを愛した。
すこし怖かった。
でも……とても幸せを感じた。
わしは、あの小説のように、異国の地で恋をして、伴侶を見つけたのだと、そう思った。
そんなロマンチックなことを考えていた、わしを、コイツは……
あんなに……激しく…
昨晩のことを思い出して、恥ずかしくなってきたので、ライの頬のあたりを突いてやる。
「う〜ん……てぃなぁ……」
と間抜けな声を出している。
「ふふ、可愛いやつじゃ」
わしは改めて、この男が好きなんじゃと実感した。
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