第88話 釣りのアイデアにいくら出す?

「1億で買わせてください!」


 ……すんごい。

 すんごい値段がついてしまったんご。


 宿の自室で、ディグルムと一対一で商談をはじめたところ、興奮気味のディグルムから発せられた第一声はとんでもない価格提示であった。


「よろしいのですか?」


「はい!むしろ1億でいいのでしょうか!?

 このディグルム!これほど値付けに悩んだのは初めてです!

 正直に申し上げると、この商品は1億などすぐに取り返せるポテンシャルがあります!」


 まぁ、釣りブームを起こせればいけるのかもしれないが、どうなんだろう。素人のオレには商売のことはわからないが、ベテラン商人のディグルムが価値を見出したのなら、きっと価値があるのだろう。


 有り難く受け取っておこう、と結論付ける。


「わかりました、その金額で大丈夫です。

 ただ、今回は現金での受け取りではなくて、建物を2つ作ってもらいたいのと、店舗の営業についてお願いごとがあります。そこに、その1億を使ってほしい」


「ほう?と言いますと?」


「まずは、一つ目の建物、釣り堀を運営するための店と、それを兼任する釣具屋です。その釣具屋に併設して食堂を設け、釣り堀で遊んだ客を食堂に誘導する計画を立てています。

 そして、この建物には、子どもたち5人が暮らせる居住スペースを作りたい。これがイメージ図です」


 オレは、ディグルムにノアールの絵を渡す。


「ほほう、これは分かりやすい、素晴らしい絵ですな。なるほど、この建物でしたら3000万ほどで作れるでしょう」


「あとは、このウミウシが観光名所になることを想定して、温泉宿を作りたい。これがイメージ図です」


 崖の上の灯台前に建てる予定の純和風温泉宿のイメージ図を見せる。


「ほう!これは独特なデザインで面白いですな!それに、これは外に風呂を作っているのですか!こんな宿は見たことありませんぞ!さぞ高級な宿になさるおつもりでしょうか?」


「いえ、普通の宿より少し高いくらいにするつもりです。こちらも儲ける目的ではないので」


「ほう?ミカヅチ様はホントに欲がない方だ。この宿ならば、かなり稼げるでしょうに…」


「それで、この宿はどれくらいの金額で建てれそうですか?」


「うーむ……あまり見たことのないデザインですので、5000万か…てんいっても6000万くらいでしょうな」


「なるほど、でしたら両方とも建てても、ディグルムさんが提示してくれた1億に収まりますね」


「えぇ、そうなりますな。それで、店舗営業に関するお願いというのは?」


「はい、お願いごとというのは、この釣具屋にディグルム商会の名前を貸してほしいというのが1つ、

 そして、売上をディグルム商会で預かってほしいというのが1つ、この2点をお願いしたい」


「ほう?当商会の名前を使うのはもちろん良いのですが、なにが狙いなのでしょうか?」


「はい。目的は、この店舗がディグルム商会の傘下であることを喧伝し、下手に手を出したらマズいと思わせることにあります。

 この店舗は、子どもたちだけで運営させます。なので、店舗の安全を守るのが第一なのです」


「なるほど、あとは売上については?」


「はい、売上についても安全面、防犯のためです。おそらく、この店舗は一定の儲けを出すでしょう。そんな店に子どもしかいないとなったら、どうなります?」


「……強盗にあう可能性が高いですな」


「ですよね、なので、子どもたちの生活費以上に稼いだ売上は、ディグルム商会に預かって欲しいのです。

 外部から見れば、ディグルム商会が子どもを雇って働かせて売上を回収しているように見えるので、店舗の中に金銭がないと思わせられます」


「なるほど、しかし、売上を預かるとなると……

 ワタクシどもも初めての取り組みとなります。ですので、すぐに考えつくリスクとして、回収する者のネコババなどが心配ですな…」


「そこは回収の前日までに今回の売上はいくらだと、あなた宛に手紙を出すように指示しておきます。

 そうすれば、回収額との違いがすぐわかりますし、悪い奴も炙り出せますよ」


「なるほど、承知しました。この辺りは、お互いに信頼して取り組んで参りましょう」


「助かります」


 そう、この手法を使うと、オレたちが手紙にウソの売上を書いて、回収金額と合わない、みたいなことも発生し得るのだ。


 ディグルムも、もちろんそのことは分かっている。だから、お互いを信用しましょうね、という一言だった。


「もしトラブルになったら、宿で働いてもらう方に連絡してもらえればと思います」


「わかりました、その方とは?」


「まだ決まってないので、決まり次第お伝えしますが、そちらは大人ですので、ご安心ください」


「承知しました」


「ちなみにですが、この金銭を預かるというのも商売になるかもしれません。例えば、お金を預かって安全を保障する代わりに入会金を貰う、とか」


「ふむ、面白いですが、需要は低そうですね。それに信頼関係を気付くのか難しい」


「まぁそうですよね、ホントは商売に融資して金利を貰うのが1番儲かるんですけどね」

 オレは銀行について詳しく説明してみた。


「なるほど、品の良い金貸しという感じですな。こちらも、かなり治安が良くないと難しそうですし、貸しっぱぐれがこわいですね。いや、色々とアイデアをありがとうございます。とても勉強になっております」


「いえいえ、私もこのアイデアは難しいだろうと思っていたので、世間話程度に思っててください」


「わかりました。建物の件は、すぐに手配しましょう。それに、お願いごとの件もお任せください」


「ありがとうございます、助かります」


「いえいえ!こちらこそ、ミカヅチ様には数々の素晴らしいアイデアをお売りいただき、大変感謝しております!このご縁!是非とも今後とも!よしなにしていただきたい!」


「はい、こちらこそ、よろしくお願いします」


 ディグルムから右手を差し出されたので固い握手を交わす


 今日のディグルムの手は汗ばんでいなかった。

 ぬめり、という感触を覚悟していたので嬉しい誤算であった。

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