第51話 こんな場所にキミを置いていけない

 リリィとソフィアと一緒にファビノ食堂に通いはじめて、2週間が経った。


 今のステラの好感度を攻略スキルで確認する。

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ステラ・ファビアーノ・エルネスタ

 好感度

  70/100

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 素晴らしい。少しずつではあるが、着実に好感度は上昇していた。


 オレたち4人は、朝から夕方まで一緒にいることで、ずいぶんと仲良くなった。

 朝はファビノ食堂でみんなで食事、昼からは騎士団の巡回とモンスター討伐で夕方までかかる、といった具合だからだ。


♢♦♢


「ソフィア!足止めをお願いします!」


「わかったわ!」


「リリィ!負傷者の治療をお願い!」


「はい!」


 巡回中、特級クラスのモンスターに遭遇し、そいつは群れで行動するタイプだったこともあり、苦戦を強いられていた。

 いつものステラ単騎のゴリ押し作戦では、敵の連携を崩せなかったのだ。


 しかし、オレたちは毎朝たっぷりと話す時間があった。つまり、それぞれの役割は完璧に理解し合っているし、連携の取り方を相談していたのだ。

 活かすとしたら今しかない。


「ステラ!ボスを挟み込むぞ!」


「はい!」


 言いながら、2人して剣を構えて駆けだした。


 ボスの周りに群がる下位種は無視し、2人してボスめがけて斬りかかる。ほぼ同時に届いた刃は、やつの首と心臓に届き、緩やかに絶命させた。


 これをきっかけに群れの連携はバラバラになり、騎士たちによって駆逐されていく。


「オレたち、いいパーティになれるかもな」


「…そうかもしれませんね」


 ステラは難しい顔をしている。


 食堂では楽しそうに話したり、笑ったりするのだが、騎士団では楽しそうにしているところを見たことがなかった。心配である。


 あ、あと、この数日で、オレの彼女の呼び方が〈ステラさん〉から〈ステラ〉へ変化した。

 モンスターとの戦闘のときだけでなく、日常でもステラと呼び捨てにすることを許してもらっている。


 毎朝一緒にご飯を食べているときに、オレたちのことを見ていたステラが

「みんな仲良くて羨ましいです…」

と呟いたもんだから、

「なら呼び方から変えてみよっか!もっと仲良くなれるよ!」

と提案し、こうなったのだ。


 その流れで、ステラ自身も、リリアーナさんからリリィ、ソフィアさんからソフィア、ライさんからライさんへと……変化が…


 ん?オレだけ変わっていないんだが…


 というのも

「ライさんはライさんですから!もう慣れちゃいました!」

 と言われて、オレだけ変更されなかった。


 ま、まぁ?好感度は順調に上がっているし?きっと問題ないだろう。



 特級クラスのモンスターとその群れの討伐が終わったあと、リングベルに戻ると、そこには大勢の騎士たちが町に入っていくところだった。


「…オズワルドたちが戻ったようですね」


 オズワルドというのは、騎士団の副団長だ。ステラを嫌い、化け物だのなんだのと陰口を叩く陰湿な貴族のぼっちゃんであった。そいつが率いる遠征部隊が今まさに任務を終えて戻ってきたようだった。


 オレたちも後に続き、駐屯地に戻ると、オズワルドのやつが話しかけてきた。


「ただいま帰還しました」


 そういうオズワルドは片目に包帯を巻いていた。帰還した騎士たちも包帯を巻いているものが多く、何人かは重症のように見えた。


「遠征お疲れ様でした。こちらの被害は?」


「3名の騎士が殉職…怪我人は…この有り様です」


 実に適当な報告ではあるが、詳しく報告したくない戦果なのだろう。


「残念です…殉職者の家族には手厚い対応を」


「はっ!」


 特に文句を言わずオズワルドが下がっていった。


「あの、皆さんの治療をいたしましょうか?」

 リリィが提案する。


「いえ、こちらにもポーションの備蓄はあります。それに冒険者のことを見下している者もあの中にはいます。リリィには嫌な思いをして欲しくないので」


「わかりました。ありがとうございます。ステラ」


 ステラは「いえ」と難しい顔をしたまま建物の中に入っていく。


 オレたちは報酬の受け取りを待っていたのだが、遠征部隊が帰還したことでバタバタしているのか、いつもよりだいぶ時間がかかっていた。


 以前も座った訓練場がよく見える大きな窓の近くの席に座っていると、外から声が聞こえてきた。窓を見ると少し開いていたようだ、そこから声が漏れてくる。


「おい!私が留守の間、あの化け物を始末する計画はどうなった!?」


「す、すみません。何度も実行しようとしたのですが、隙が見つからず…」


「くそっ!この無能め!これではいつになっても私が団長になれないではないか!」



「……あいつら、さすがにどうかしてるわ」


「ステラに報告すべきでしょうか…」


 リリィとソフィアが怒っている。


 当たり前だ。友人の殺害計画を堂々と聞かされているのだから。



「巡回中に隙をつくのが難しいのなら、次は毒でも使え!私が王都からとっておきの毒を取り寄せてやる!」


「は、はっ!次こそは必ず」



「……ねぇ!ちょっと!ライ!もう我慢できないわ!あいつらぶっ飛ばすわよ!」


 ソフィアが杖を取り出し、今にも立ち上がろうとするのを見て、なにも言わず、手だけで待って、とジェスチャーする。


 オレ自身もキレそうだったが、一旦、「ふー……」っと息をつく。


 ここでオレがキレて暴れたとしてどうなる?

 ステラの立場が悪くなるんじゃないか?


 考えるために目をつぶったところ、念じてもいないのに、攻略スキルのアドバイスが表示された。


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我慢しなくていいですよ。

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 ガタッ


 ブレーキを失ったオレは、すぐに椅子から立ち上がった。クソヤローのところへ向かう。


「おや?冒険者の諸君、なにか用かな?」


 とぼけた顔をしたオズワルドの胸ぐらをつかみ、

「おまえいい加減にしろよ!」と口を挟んだ。


「おやおや、一体どうしたんですか?野蛮ですねぇ」

 やつは両手をあげて降参のポーズをとる。


「誰を毒でどうするって?」


「いやー?なんの話です?ずいぶんと物騒なことだ」


 オレたちの騒ぎを聞きつけて、騎士たちが集まってきて、ざわざわし始めた。


「なにごとですか!」

 そこにステラも現れる。


「おぉ団長殿、あなたが雇った冒険者殿がなにやら錯乱しておられましてね。どうにかしていただけないでしょうか?」


「ライさん、その手を離してください」

 言われて一旦、手を離す。


「ふぅー、やはり、野蛮人が連れてくるのは野蛮人か…」


「どういう意味だ?」


「……」

 ステラはなにも言わない。


「いえいえ、なんでもありませんよ。ところで団長、貴族であるこの私に手をあげた平民に罰を与えてもよろしいか?」


「……なにかの行き違いでしょう。許可はできません」


「はっ!同族にはお優しいことで!」


 ヘラヘラとする目の前の男に怒りのボルテージがどんどんと上がっていく。


「さっきから、てめぇはなにふざけてやがる!」


「ライさん!やめなさい!」


「やめれるか!だってこいつはキミを毒殺するなんて言っていたんだぞ!」


 ステラが驚きの表情を見せるが、それよりも、オズワルドのニヤケ顔が気になった。〈待ってました〉と言わんばかりだ。


「なんという恐ろしいことを!私が団長を毒殺だなんて!そんな身も蓋もない話を!これは不敬罪にあたります!ここで処刑してあげましょう!」


 オズワルドは言いながら剣を抜いた。


 オレも剣を抜く。


「やってみろよ」


「2人ともやめなさい!」


「貴族のしきたりに口を出すな平民風情が!」


「おまえ!ふざけんな!」


「やめなさい!!」


 剣を交えそうになっているオレたちの間にステラが滑り込む。


「なんで止めるんだ!」


「騎士団での争いごとは許しません!」


「なにが騎士団だ!この騎士団に守る価値なんてあるのか!この組織は腐ってる!」


「……それでも私は…エルネスタ王国騎士団の団長なんです…」


「そんな肩書き捨てちまえ!こんなところにキミはいちゃダメだ!キミの身が危ないんだ!オレたちと来い!」


 言いながら、手をのばす。この手を今すぐ握って欲しかった。


「っ!」

 それを見て、彼女の目が少し揺らいだような気がした。


「おやおや!騎士団を愚弄しますか!これは陛下に陳情して一族郎党根絶やしにしてやりませんと!」


「……ライ、あなたに決闘を申し込みます」


「は?決闘?」


「あなたが勝てばオズワルドを罰しましょう。しかし、私が勝てば……もう2度と私の前に現れないでください…」


「なっ!私を罰する!?平民風情がなんの権利があって!?」


「彼が勝ったら、騎士団長権限であなたを国家反逆罪で処刑しましょう!静かに見てなさい!」


「なっ!?なにを…!」

 やつはステラの本気の目を見て静かになる。


「オレはキミと戦いたくない」


「なら、わざと負けて2度と私には関わらないでください」


「断る。キミはオレと来るんだ」


「では、決闘を…剣を構えなさい」


 戦意がないオレに向かって、ステラが殺気を放つ。


 あまりの殺気に、とっさのことでオレも強く剣を構えてしまった。


「それでいい…」


 彼女は言うなり、一瞬で間をつめ、斬りかかってくる。


 オレはなんとか剣の鍔で受けることができたが、そのまま剣を振り抜かれ後方に吹き飛ばされた。

 おもいっきり、背中から石壁に激突する。


「ぐっ!?……」


「ライ様!」

「ステラ!あんたなにするのよ!」


「来るな!」


 2人が駆け寄って来そうになったがそれを制す。


「はぁはぁ……オレが勝ったら、一緒に来いよ?」


「……」

 ステラは答えない。


 オレは全力で駆け出し、ステラに斬りかかる。何度か剣戟を繰り出すが、全て止められる。彼女は疲れる素振りさえ見せない。


「もう……わかったでしょう…」


「まだまだ!」


 オレはさらに剣を振り回し、ライトニングも惜しみなく繰り出す。


 絶対に負けれない。


 こんな騎士団にステラを置いてなんていけない。


 強い思いを持って戦っているつもりだった。しかし、彼女のスピードにはついていけず、1発も当たらない。


 そうしているうちにオレの動きは鈍くなり、


「さよなら……」


 という彼女の言葉と共に、身体に何発もの峰打ちを貰うことになった。



 オレは地面に倒れて、天を仰いでいる。身体は動かない。


「これでこの騒ぎは終わりです!オズワルドの罪は不問とします!解散!」


「ライ様!」

「ライ!」


 2人が駆け寄ってきてくれて、リリィが治療をしてくれる。


 この日、オレは自分の弱さを何度も後悔した。





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エルネスタ王国騎士団西方支部を壊滅させ、ステラを攫ってください。

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 リリィとソフィアに肩を貸してもらいながら駐屯地の門をくぐると、オレの瞼に新しいアドバイスが表示され、オレは静かにその内容を嚙み締めた。

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