第45話 ファビノ食堂の娘さん

 オレは攻略さんの指示通り、町の中を一周するようにジョギングする。


 せっかくなので、立派な城壁を眺めながら走っていくと、騎士団の駐屯所らしき建物を見つけることが出来た。人間2人分くらいの高さの石壁に囲まれていて、2人の騎士が門番を勤めていた。石壁の向こうに立派な屋敷が見える。


 あそこに彼女がいるんだよな。会うのが楽しみだ。と思いながらジョギングを続けた。


 1時間ちょっと経っただろうか。宿の近くまで戻ってきたので、ファビノ食堂に向かう。

 すぐにファビノ食堂の入口にはついたが、やはり室内は暗くて営業しているようには見えなかった。


 でも、攻略さん曰く、ここで食事が取れるんだよな?

 オレは不思議に思いながらもドアの取手に手をかけた。鍵はかかっておらず、ドアはすんなりと開く。


 室内には誰もいないように見えた。


「すみませーん」

 控えめに声をかけてみる。


「はーい。おまちくださーい」

 若い女性の声が聞こえてきた。


「はーい。なんでしょう?」


 奥から出てきた女性は、水色の長い後ろ髪をおさげに纏めており、肩から前に垂らしていた。頭には三角巾を巻いていて、エプロン姿。エプロンでは隠しきれないほどの膨らみが上半身に確認できた。

 お顔には大きな丸メガネを掛けている


 ぱっと見は食堂のウェイトレス。かわいらしいので、看板娘になれそうだ。


 彼女の特徴についておさらいしてみよう。


 おそろしく精巧な変装。オレでなきゃ見逃しちゃうね。


 騎士団長さんであった。


「……??」


「あのー?」


 オレは頭の整理が追い付かず、黙りこんでいたので、騎士団長さんに覗き込まれる。


「あ、あー!えっと、ここってあのファビノ食堂ですよね!?」


「え、えぇ、そうですが」


「えと、食事をとりたいのですが!」


「……申し訳ありません。この食堂は父が切り盛りしていたのですが…昨年他界しまして…今は営業していないんです」


 あれ?エプロン姿だし、何か作っていたのでは?と疑問に思うが、まずはそれよりも、


「そうなんですか、それはお悔やみ申し上げます。

 実は、友人からリングベルに来たらファビノ食堂さんでご飯を食べないと一生後悔するから絶対行けよ!って言われてたんです。もう営業されてないとは、とても残念ですね」


「……一生後悔…」


「あの?」


「え?あぁ!大丈夫です!もし私でよければ何かお作りしましょうか?」


「え!いいんですか!嬉しいです!」


「父にはまだまだ劣るとは思いますが、心を込めて作りますね!」


「はい!お願いします!」


 どうやら騎士団長さん直々に作ってくれるようだ。


 整理すると、騎士団長の実家はここファビノ食堂で、お父さんが他界したので閉店したが、娘である騎士団長が代わりに食事を作ってくれる。


 でも、お店として営業しているわけではなくて、今回だけ特別ですよ、ということだろうか?

 今日は騎士のお仕事はお休みなのかな?


 食堂のテーブルでしばらく待っていると、彼女が食事とロウソクを持ってきてくれた。窓を閉め切っていて薄暗いため、ロウソクの光はとても助かる。


「朝ですので軽めのものを〈キノコとベーコンのガレット〉。それと、〈カボチャのスープ〉になります」


 ガレットと呼ばれた料理を見ると、クレープ生地のうえに炒めたキノコやベーコンが並べられていて、真ん中には目玉焼きがのっている。クレープ生地は四方から折り曲げられており、具材を包むようになっていた。


 なんだか、すごくオシャレだ。こういうオシャレな料理は食べた覚えがあまりないのでワクワクする。フォークとナイフが置いてあるので、切って食べるみたいだ。


「それでは、いただきます」


 彼女は立ったままジッとオレのことを見ている。


 ガレットを切ってひと口食べる。よく味付けされたキノコとベーコンに目玉焼きの卵が絡み、少し味がついているクレープ生地と合わさって、とても美味しかった。


「すごく美味しいです!これがファビノ食堂か!」


 そんな小並感な感想しか言えなかったが、オレなりに喜びを表現する。


「ホントですか!よかった!」


 彼女は手のひらを合わせて嬉しそうにしてくれた。


 スープの方も飲んでみる。


「カボチャ以外にも牛乳の味がしますね。まろやかになってて、とっても優しい味がします。こっちも美味しいです!」


 こちらは精一杯のボキャブラリーで感想を述べてみた。


「お〜、お客さん、いい舌をお持ちですね〜。そうです!隠し味で牛乳を使ってるんですよ!」


 指を立てて、へへん!と説明してくれる。


「娘さんも料理が上手なんですね!こんな料理、毎日食べたいなぁ!」


「ええ!?毎日!?プロポーズですか!?」


「あ!いや!そうではなく!すみません!変なこといって!」


「うふふ、冗談ですよっ♪わかってます」


 意外とお茶目な一面もあるようだ。馬上で凛としていた彼女とはだいぶイメージが違う。


「でも、そうですねー、毎日ですか~。そういえばですね?今ちょ~ど私、料理の練習をしてるんです。なので、朝ごはんでしたら、毎日実験台になってくれてもいいですよ?」


「ホントですか!それは嬉しいな!こんなに美味しい朝ご飯が毎日食べれるなんて幸せですよ!」


「そんな~、大袈裟ですよぉ」


「いやいや!そんなことあります!」


 オレたちは笑顔で会話をしながら、食事を進める。彼女もいつの間にか席について、嬉しそうに料理の説明をしてくれた。

 しかし、軽食だったので、あっという間に平らげてしまう。


「ご馳走様でした!いやー!ホントに美味しかった!それに見た目も可愛いのが目に楽しくていいですよね!」


「ホントですか!盛り付けにもこだわってるので!そう言ってもらえると嬉しいです!」


「あの、また明日もこれくらいの時間に来てもいいですか?」


「えーと、明日からはもう1時間くらい早くても大丈夫ですか?」


「はい!大丈夫です!」


「では、その時間にお待ちしてますね♪」


「わかりました!あ、お代はおいくらでしょう?」


「いえいえ!まだ試作品ですので結構ですよ!」


「そんなのダメです!こんなに美味しいんだから絶対払います!」


「え、えと、では700ルピーでどうでしょう?」


 700ルピー、ずいぶん安いように感じる。ふくろうの朝食は900ルピーだった


 味は全然負けてないし、むしろ勝ってるとさえ思えた。自信がないのだろうか。


「いえ、無理をいってお店を開けていただいているので、少し多めに出しますね」


 オレは1000ルピー、銀貨1枚を渡すことにした。


「両替するのも手間ですしね」


 相手に気を遣わせないようにそう付け加える。100ルピーの銅貨を大量に持ち歩くのは煩わしいよね、という意味合いだ。


「ありがとうございます。では、ありがたくいただきますね」


「はい!それではまた明日!」


 ファビノ食堂から出て、少し歩いて振り返ると、食堂の前にはまだ騎士団長さんが立っていた。見送ってくれてるのかな。

 そう思い、嬉しくなって手を振ると、彼女も振り返してくれた。


 なんていい子なんだ。料理もできるし最高かよ。これから毎朝が楽しみである。

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