第24話 恋人イチャイチャ ユウカ後編

 俺は姉さんと一緒に煌びやかなステージを見上げる。

 そこではトップアイドル『Miku』がファンの為に、と歌を歌っている姿だ。

 小さい頃からずっと見てきた姿。

 ずっとずっと応援して来た姿が、この大きなステージで披露されている。

 隣に居る姉さんはただじっと座り、真っ直ぐミクを見つめている。


「……何だか少し勿体無いわね」

「何が?」

「アイドルを辞めちゃう事」

「ああ……うん、そうだね」


 ミクは元気いっぱいに歌い上げ、ここに集まった何万人もの人たちを熱狂させている。

 周りからは歓声と声援が入り混じった声が入り乱れる。

 けれど、この空間を支配するだけの強い連帯感のようなモノを感じる。

 これだけの空間を作り上げる事が出来るアイドルの凄さを感じるし、何よりもミクがアイドルとしてこれまで積み重ねてきたものを感じる。

 すると、姉さんが俺の手をぎゅっと握る。


「後悔してる?」

「……え?」

「顔がちょっと不安そうだったから。ふふ、怖気づいたかと思ってね」

「そんな訳無いだろ? ちゃんと目に焼き付けようって思っただけだ。ミクの最後のステージをさ」

「そう」


 それから、俺の見たミクのステージをきっと一生忘れないと思う。

 ライブは滞りなく終わり、最後にトップアイドル『Miku』の引退が発表された――。






 ライブが終わり、ミクは色々な大人の関係で出てくる事が出来ず、俺と姉さんは帰路に着いていた。まぁ、ミクに関しては辞めるとなると、色々な所に迷惑が掛かっているだろうし、その挨拶周り等もあるのかもしれない。

 素人意見なので、良く分からないが。

 俺と姉さんは手を繋ぎながら道を歩いていると、姉さんが口を開く。


「そういえば、アヤト。この後、少し寄りたい所があるんだけど?」

「寄りたい所?」


 この時間から?

 ライブの終了時刻が10時。既に夜も更けて、寄る場所なんて無いはず。

 俺は疑問が浮かぶが、すぐに頷く。

 

「ああ、分かったよ。何処に行くんだ?」

「ついてきて」


 俺は姉さんに手を引かれるままに足を進める。

 夜の街を進んでいき、姉さんはピタリと足を止める。

 俺は目の前にある大きな建物を見上げた。

 

 そこには『HOTEL』と書かれていて、近くの看板には『休憩 3000円~』

 これを俺は見た事がある。確か、ラブホテル。

 俺は姉さんの顔を見た。姉さんはきょとん、とした顔をし、首を傾げる。


「どうしたの? 顔が青いけれど」

「いや、ここ、ラブホテルだよね?」

「ええ、そうよ。恋人同士なんだから入ってもいいでしょう?」

「えっと……え?」


 俺は困惑する。

 ここって確か、そういう事をする目的で宿泊利用がされる場所、だよな?

 俺が考えていると、姉さんは何かを察したのか、頷く。


「ああ、ごめんなさい。アヤト。大丈夫よ」

「大丈夫って何が?」

「別にそういう事をするつもりはないから。ただ、下見よ、下見」

「下見?」

「今度、三人で来るでしょう? その下見」


 えっと……それはつまり、今度三人で来る予定があるっていう事なのか?

 それが決まっている事実に俺は驚きを隠せないが、頭の中は冷静に姉さんに尋ねる。


「姉さん、本気、それ」

「ええ。本気よ。どうせ、貴方の事だからどっちかを選ぶなんて事は出来ないでしょう? だったら、もういっその事、両方を選ぶという前提で話を進めた方が楽よ」


 流石は姉さんだ。

 俺の考えている事なんて全部お見通しだ。

 結局の所、ミクか姉さんか何て俺には選ぶ事が出来ない。

 どっちも同じだけ大事だし、どっちも同じだけ愛している。

 だからこそ、それを選べ、と言われてしまうと物凄く困る訳で。

 姉さんはその俺が悩む事、そして、俺の中でもう答えが出ている事を見抜いていた、という事だ。

 俺は一つ息を吐く。


「分かったよ。じゃあ、入るだけね」

「ええ。一応、泊まっていくわよ」

「分かった」


 姉さんは受付で手続きを終え、鍵を貰ってくる。

 それから俺と姉さんはエレベーターで上の階へと上がって行き、部屋に到着する。

 姉さんは受付で貰った鍵で部屋を開け、中へと足を進める。

 俺も姉さんの後ろを付いていき、中の様子を見つめる。


 大きなベッドが一つあり、部屋はそんなに広くは無い。

 洗面所と浴室が隣接していて、部屋もこの大部屋一つらしい。

 姉さんはキョロキョロと辺りを見渡しながら、口を開く。


「何か中身は普通のホテルと変わらないのね」

「そうだな……でも、防音に優れてるんじゃないか?」


 ラブホテルという事は他所でおっぱじめている事が多く、その声が聞こえる、なんて事も起きるはずだが、どうやらそんな音が微塵も聞こえてこない。


「そうね。これなら、ミクちゃんが声を出しても平気そう」

「……聞かなかった事にしとくよ」


 姉さんがミクの何を知っているのかは良く知らないが、踏み込まないようにしよう。

 俺がベッドの上に座ると、姉さんも俺の隣に座り、身を預けてくる。


「ん? どうしたの? 姉さん」

「ちょっと疲れたのよ。だから、もたれさせて」

「うん」


 珍しいな。姉さんがこんなしおらしくなるなんて。

 姉さんはいつも凛々しくて、かっこいいのに。

 俺が姉さんの頭を優しく撫でると、姉さんは俺に身を預けたまま口を開く。


「ねぇ、アヤト」

「何? 姉さん」

「アヤトはこんな結果になって幸せ?」

「…………」


 いきなり尋ねられた事に俺は目を丸くしてしまう。

 こんな場所だから、いつもはしてこないような質問をしてくるのか。

 俺には良く分からなかったけれど、答えは決まっている。


「幸せだよ。だって、ミクも姉さんも居るから」

「そう? それなら良いけれど……」

「どうしたの? いきなり」


 俺の問いかけに姉さんは少しだけ俯いてから口を開いた。


「少し、気になったのよ。ミクちゃんのライブを見てね、あんなにもたくさんの人を魅了するあの子がアイドルって道を辞めて後悔しないのかなって。ほら、全ての始まりは私でしょう? 私が貴方に自分の気持ちを素直に伝えた事が始まりだったからね。ちょっと不安になっちゃったのよ」

「ああ、そうか……そういえば、そうだったね」


 全ての始まりは確かに姉さんが気持ちを伝えてからだと思う。

 俺が血の繋がっていない真実を知って、姉さんもそれを知った。そして、すぐに姉さんは俺に好意を抱いている事を教えてくれて、ミクもそう俺に伝えた。

 確かに言われてみれば、全ての始まりは姉さんだったと思う。

 けれど、俺は考える。

 確かに全ての始まりは姉さんだ。でも、決断したのは俺自身。

 俺は姉さんの肩に手を回し、軽く抱き寄せながら言う。


「でも、決断したのは俺だよ。姉さんはそんなに気負わなくてもいいし、気にする事も無い。何があったって、俺が姉さんを幸せにするから」

「アヤト……ふふ、立派になったわね、本当に」

「でしょ? いつまでも守られてばかりの弟って訳にもいかないからね」


 いつまでも姉さんに引っ張ってもらうばかりの男では居られない。

 俺だって姉さんを支えていけるような男にならなくちゃいけない。

 前まで姉さんには守ってもらっていたけれど、今度は俺自身が姉さんの為に頑張らなくちゃいけないんだから。

 

「本当に成長したわね、アヤト……ねぇ、アヤト。キスして」


 姉さんはそういいながら、物欲しそうな顔で俺を見つめる。

 その顔はズルいと思う。

 いつも強くてかっこいい人が、自分にだけ見せる弱さ。そして、自分を求めている顔。

 俺は姉さんの頬に手を添え、優しく口付けをする。

 けれど、それだけでは止まらない。

 俺は姉さんを優しくベッドに押し倒し、姉さんの唇を何度も自身の唇でむさぼる。


「んっ……アヤト……」

「姉さん……」


 互いに互いを求めるように何度も唇を重ね合わせる。

 姉さんは徐々に力が弱まっていき、ぼうっとした顔に変化する。

 姉さんの唇から自分の唇を離し、俺は姉さんの上にまたがる。


「もう少しだけ、良い?」

「……ええ、勿論よ。前みたいに……いっぱい、キスして」

「勿論だよ」


 それから俺はずっと姉さんの唇を奪い続けた。

 決して、その先のラインは超えないように。

 それは姉さんも分かっている事だ。

 それから俺と姉さんは何度も何度も、互いの存在を確認するようにキスを続けた。


 そう何度も、何度も――。

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