第13話 両手に花
勉強を終えた俺たちは夜ご飯を食べ、ゆったりとした時間を過ごしていた。
そんな時、ミクが何かに気付き、口を開いた。
「そういえば、お風呂ってどうするんですか?」
「私はアヤトと一緒に入るわ。家族だもの」
「…………」
さらり、とさも当たり前のように言う姉さんにミクが目を丸くする。
「え? 一緒に入ってるんですか?」
「ええ、そうよ? 何か変かしら?」
「えっと……え?」
何を言われたのか全く理解できていない様子のミク。
まぁ、確かに。ミクならばこういう反応はするだろう。
こう見えても、ミクは割りと貞操観念というか、そういう所は物凄くしっかりしている。
ある種、身持ちが硬いとも言えるかもしれない。
「い、一緒にお風呂に入るのって夫婦にならないとダメなんじゃないの?」
「貴方、いつの時代の価値観を持ってるのよ」
「だ、だって、そういうもんだってお父さんとお母さんが……」
ああ、そうか。
ミクの両親はちょっと過保護な所があるし、ミクが変な事されないようにこうした知識は徹底的に植えつけたんだっけ。
だから、婚前交渉なんて絶対にしないし、それどころか、男女が裸で同じ空間に居る、という状況を異質と捉える。
それは俺としては非常に有り難い。
それは何故か。
風呂に入ると何だかんだ言って、男の俺からすると色々と毒なのだ。
こう目のやり場に困るというか。ただでさえ、姉さんですら昔の感情にタイムスリップしなければならなかったのに、見た事もないミクの裸、それもトップアイドルともなれば、俺の頭が沸騰して爆発してしまう所だった。
俺が安堵していると、姉さんは顎に手を当てる。
「でも、ミクちゃん。その考えというのは身を守る上でとても大事だけれど……貴女はどうなの?」
「え……えっ!?」
姉さんの突然の質問にミクが目をまん丸にする。
それから、チラチラと俺の様子を見てから、ほんのり頬を紅く染める。
「え、えっと……ど、どう、とは?」
「皆まで言わなくても分かるでしょう? 貴女はアヤトとお風呂、入りたくないの?」
「あ、ああ、アヤトとお風呂……は、裸で?」
「当たり前じゃない。お風呂で服を着る人は居ないでしょう?」
もう、姉さんの中では俺と一緒に入る事は確定している事らしい。
それに逃げられそうもない。俺はミクを見た。視線が合い、ミクがふっと視線を逸らす。
「ミク、無理しなくてもいいんだぞ? むしろ、ミクの価値観を大事にすべきだ!!」
「……あら? アヤトはミクちゃんと一緒に入りたくないの?」
「いや、この場合は姉さんがちょっと変わってるんだぞ?」
「そうなの? 好きな人と一緒にお風呂に入りたいなんて当たり前の事じゃない。毎日、色々と頑張ってる貴方を労える場でもあるんだし」
さも当たり前のように言う姉さん。
それは昨日も言ってたけど……。それにしては刺激が強すぎるのが問題なのだ。
それに、と俺は新たなる逃げ道を思い出す。
「流石に三人は無理だろ? うちの風呂、二人でも割りとギリギリだぜ? ミクに無理に入ってもらう必要も無いだろ? ミクだって、色々あるんだろうし」
「それを決めるのはアヤトではなく、ミクちゃんよ。どうする? ミクちゃん」
「え、えぇ~……」
チラチラ、と俺の様子を伺いながら考えているミク。
頼む!! 一人で入ると言ってくれ!! そうじゃないと、俺の頭がどうにかなっちまう。
ミク、君の答えは俺の心と体を助ける事にもなるんだ。だから、頼む!!
ミクはう~ん、と唸り声を上げる。
「一緒にお風呂、裸……アヤトと一緒……抜け駆け……」
ん? 雲行きが怪しくなってきたぞ?
「ええ。そうね、抜け駆けね。でも、私は入るわよ? だって、アヤトと入りたいもの」
「……姉さん。平等に行こう。ここはミクの倫理観が正しい。やっぱり、年頃の男女が一緒にお風呂入るのは良くないよ」
「あら? アヤトは姉さんの裸、嫌い?」
「いや、別に嫌いじゃないけど……」
「なら、いいじゃない。余すところなく、全部、舐め回すように見ても良いのよ?」
……そう言いながら、姉さんは頭と腰に手を当て、セクシーポーズをする。
そういう問題じゃあない気がするんだけど……。
僕が困惑していると、ミクが意を決した表情になる。
「わ、私も……」
「え?」
「あら?」
「私もアヤトと一緒に入りたい。は、裸を見られるのはす、凄く恥ずかしいけど……ユウカさんが一緒に入ったのに私だけ入れないのは公平じゃないもん!! うん、そうだよ!!」
「だ、そうよ。どうする?」
ニヤっと不敵な笑みを浮かべる姉さん。
これはどうやら、逃げられそうにないらしい。俺は思わず天を仰いだ。
それから、数分後。俺は浴室の中に居た。既に隣には姉さんが居る。
姉さんはぐぐっと背筋を伸ばし、両手を上に上げる。
「はぁ~、良い湯ね」
「ソウダネ」
「……いい加減覚悟決めなさいよ」
「いや、覚悟を決めるのは向こうじゃないか?」
俺は未だに浴室の外に居るミクの様子を見る。
確かに一緒に入る事は了承したのだが、じゃあ、すぐに入ろうか、となる事が出来ず、ミクはずっと浴室の外で立ち往生していた。
そこで、俺と姉さんだけは先に入り、ミクを待っているのだが、既に10分くらい時間が経過している。
一応、曇りガラスの向こうは肌色しか見えていないので、衣服は脱いだんだろうが……。
そこからの一歩を踏み出せないという感じか。
「ミクちゃん、入らないの? 風邪、引くわよ?」
「ちょ、ちょっと待って下さい!! あ、後一分!!」
ずっとこの後一分を繰り返していて、なかなか中に入ろうとしない。
流石に裸のまま脱衣所に居たら、風邪を引いてしまう。
俺も外に居るミクに声を掛ける。
「大丈夫か? 本当に無理なら無茶しなくてもいいんだぞ?」
「……あ、アヤトは何で平気なの!? ゆ、ユウカさんとはち、血が繋がってないのに」
「何でって……姉さんと入るときは姉だと思ってるから?」
今でも極力姉さんを女とは見ずに昔のように姉として見るようにしている。
そうする事で、俺の心はギリギリ平静を装う事が出来ている。
「……な、なるほど。お、思い込みね。思い込み……」
そう呟いてから、ゆっくりとミクが浴室の扉を開ける。
身体にはきちんとタオルを巻いているが、その豊満かつダイナマイトなボディは全く隠せていない。低い身長に見合わない柔らかそうな胸とくびれた腰つき。そして、日々のレッスンの影響か、引き締まった身体付き。
なのに、出ている所は出ている。
言うなれば、そう。ドスケベボディである。
俺は鼻に熱が集まる感覚があり、思わず抑える。
「アヤト?」
「な、何でもない……」
「あ、ああ、あんまり……見ないで……」
もじもじ、と太股を擦り合わせ、恥ずかしそうに身じろぎするミク。
いや、ダメダメ、えっちすぎます。
俺が困惑していると、グイっと脇腹を抓られる激痛が襲う。
「いった!? ね、姉さん!?」
「何、ミクちゃんの体をじろじろ見てるのよ。私と違いすぎないかしら?」
「え!? いや、だって……あの身体は……」
エロ過ぎるでしょうよ……。
俺がそう言うよりも前にミクはしゃーっと軽くシャワーを浴びる。
その時には既にタオルを外していて、ミクの裸が露になる。
お、おかしい。
昔はただ小さくて可愛らしい幼馴染のはず。
こ、こんなにも実っていて、柔らかそうで、抱き締めたら、絶対に気持ち良いドスケベボディになっているなんて、そんなはず。
俺が現実逃避をしていると、ミクが既に二人入っている浴槽の中へと足を踏み入れる。
「み、ミク!? 流石に入らないんじゃないか? 三人は!!」
「あら? 私がこうすれば良いじゃない」
「ね、姉さん!?」
姉さんが俺を椅子代わりに座ろうとすると、ミクが目を見開く。
「ゆ、ユウカさん!? そ、それは……」
「何かしら? 三人浸かる為には誰かが椅子になるしかないのよ。なら、アヤトが椅子になって、私がそこにすっぽり収まれば問題ないはずよ」
「そ、それだとアヤトがユウカさんを抱き締められますよね?」
「そうね。アヤト、ほら、ぎゅってしてよ」
「あの……そういう問題では……」
姉さんの柔らかくも優しい温もりが目の前にあって、俺の理性を溶かしてくる。
ダメだ、女と意識したら終わる!! 姉さんは姉!! 姉さんは姉!! 姉さんは姉!!
念仏のように心の中で唱えると、ミクが頬を膨らませる。
「わ、私も……アヤトに包まれたい」
そう言ってから、湯船の中に浸かり、じーっと俺の顔を見つめる。
その顔は物欲しそうに見つめる子犬のよう。
だ、ダメだ。ここで抱き締めたら、絶対にミクにもやらないといけなくなる!!
そうなれば、俺の末路は色んな意味で地の底に叩き落される。
俺は理性を総動員し、口を開く。
「二人で入ってなよ。俺は身体洗うからさ」
「……あら? 私が洗うわよ?」
「え!? じゃ、じゃあ、私も!!」
「いや、大丈夫!! 本当に大丈夫だから!! マジで!! 二人はゆっくり入っててよ!!」
俺はそう押し切り、一旦浴槽の外に出る。
それから身体を洗っていくのだが――。ずっと視線を感じる。
もう、それはそれは居た堪れない視線が。
「…………」
「ミクちゃん? 何見てるの?」
「ふ、ふえ!? み、見てませんよ!?」
動揺しすぎるあまり、声裏返ってますよ?
「嘘よ。見てたわ。もしかして、アヤトに滅茶苦茶にされる想像とかしちゃった?」
「っ!? な、なななな、何、何言ってるんですか!!」
「あら? 妄想するのはしょうがないじゃない。恋する乙女なんだから」
「だ、だからって、そ、そんな声にだ、出さなくても……」
あ、あのぉ、それだと肯定になってしまうんですが、良いんですかね?
ていうか、何でそんな想像してんの? 貴女のたいそう立派な倫理観は何処に行ってしまったんですか?
俺が困惑していると、姉さんが言葉を続ける。
「良いわよね。アヤトの身体。私達みたいにしなやかっていうよりも、こう強そうという印象が強いわ。実際に硬くて、ゴツゴツしていて……包まれると本当に安心するのよ」
「……ゴクリ」
いや、ゴクリじゃないが?
「ミクちゃんはまだ抱き締められた事無いわよね? 一度、抱きしめられるといいわ。もう、彼無しじゃ生きられないくらいに暖かくて、心地良いから」
「……ゴクリ」
いや、だから、ゴクリじゃないが?
あれ? これ、俺もしかして、襲われる?
何か選択肢どこかで間違えたか?
ていうか、それを率先している姉さんの暴走を何とかしないといけないのでは?
しかし、世の中の道理として。
弟は姉に勝てない。俺は無心のまま身体を洗い続ける。
「アヤトに……抱き締め……はぁ……はぁ……」
何かやばい気がしてきた。
全然様子は分からないけれど、この場に居たら、多分、やばい事になる。
それを直感で感じた俺は身体に付いた石鹸を洗い流し、立ち上がる。
「お、俺、先に出てるわ!! それじゃ!!」
「ちょっと。待ちなさい」
「……あ」
姉さんの慌てる言葉とミクの悲しげな声を最後に俺は浴室の扉を閉める。
あ、危なかった。
全然、様子を見る事は出来なかったけど。
何か、ミクの雰囲気が怪しかった。
「……な、何を企んでるんだよ。姉さん」
あんな焚き付けるようなことして。もしかして、力づくなのか?
しかし、そんな結果にさせるほどの事はしないはず。
俺は一つ息を吐いた。
「はぁ……なんか別の意味でのぼせそうだ。部屋で少し休もう」
そうして、俺は二人からの逃亡に成功した――。
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