第11話 癒しと嫉妬の猫カフェ
「んふふふふ……」
「…………」
周りからの視線が突き刺さる。
それもそのはずだ。
今、俺の両腕には姉さんとミクがガッチリとホールドしている。
右をチラっと見れば、いつも通り澄ましたクールな印象を与える姉さんの美人顔。
表情の変化は乏しいものの、何処か嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。
そして、左にチラっと視線を向ければ、そこには真っ黒なサングラスを掛け、頭にはベレー帽を被るミクの姿があった。
変装するのは当たり前だ。
ミクは日本中を虜にするトップアイドル。
もしも、男と一緒に歩いている所を見られたら、それこそ大バッシングは免れない。
その変装もなかなか力が入っていて、顔だけに留まらず、服装もダボダボでサイズ感の合っていない奇妙奇天烈な格好をしている。
「ミク、歩きにくくないか?」
「大丈夫。アヤトは優しいね~」
「そんなダボダボな奴履いて、もたれかかってるんだから、そう思うだろ」
「大丈夫」
そんな事を言いながらも、ミクは決して俺の腕から離れる様子は無い。
姉さんは俺の腕をほんの強く掴み、口を開いた。
「……私の心配はしてくれないの?」
何処か伺いを立てる子犬のような眼差しを姉さんが俺に向けてくる。
身長が俺の方が高いせいで、必然的に上目遣いになるのが卑怯だと思う。
「心配してるよ。姉さんも足元気をつけてね」
「ええ。アヤトも気をつけるのよ」
「うん」
という、現在、俺は両手に花とも言うべきデートをしている訳だ。
これがまぁ、周りからの視線が痛いの何のって……。
当たり前だ。他人から見ても間違いなく姉さんは美人であるし、ミクはスタイルが良すぎる。
ダボダボな服を着ていても、主張する胸が俺の腕に当たり、形を変える。
……ぜってー見てるよな。
視線を感じるのは、間違いなくミクの胸。
見せもんちゃうぞ、と言ってやりたい所ではあるが、それで騒ぎが大きくなり、ミク本人だという事がバレてしまうとより面倒くさい事になるので、放置するしかない。
些か、憤りを覚えるがしょうがない。
そう納得していると、姉さんがミクに声を掛ける。
「ねぇ、ミク。今から行く場所は何処なの?」
「あ、そっか。まだ行ってなかったっけ?」
今日のデート、というか、お出かけはミクの行きたい場所をチョイスしたのだが、その行き先までは教えてもらっていない。
ただ、ついてきて欲しいと引っ張られてやってきた次第だ。
「猫カフェだよ。猫カフェ」
「猫カフェ?」
猫カフェ。
読んで字の如く、猫と戯れながら、お茶を楽しむ事が出来る。
中には猫と一緒に遊ぶスペースがある、と聞いた事があり、現代社会に疲れた人たちが癒しを求めて足を運ぶ場所、と聞いた事がある
癒しを求める、か。
その言葉を考え、俺はミクを見つめる。
「ミク、お前、疲れてるのか?」
「そうね。猫に癒しを求めているほど疲れているのなら、仕事はセーブするべきよ」
「ち、違う違う!! 違うから!! そ、そりゃ、最近は物凄く忙しくて毎日疲れてるけど。そういう疲れは全部、アヤトと会えば吹っ飛ぶもん」
「俺はヒーラーか何かか?」
「それは分かるわ。アヤトの笑顔を見るだけで、私も元気が出るもの」
「だよね。さっすが、ユウカさん。分かってます」
また変な所で意気投合する。
そんな人の顔を見るだけで元気になる事が出来るのなら、この現代社会、疲れた人ばかりで溢れていないだろう。
昨今は癒しを求める人が多いと聞き、世の流れで猫カフェが人気という話も聞く。
ミクは俺の腕にしがみ付いたまま、言葉を続ける。
「私が猫カフェに行きたいのは、友達に薦められたからです」
「へぇ、同業者?」
「はい。猫が大好きな子が居てですね、その子が猫カフェは癒されるだけではなく、猫と友達になる事もできるので、是非、と。それで一人で行くのも面白くないから、アヤトとユウカさんを誘おうかなって」
「なるほどね……」
「ほら、ユウカさんって猫好きでしょ?」
「そうね」
クールな印象が強い姉さんではあるが、意外と姉さんは可愛い物好きで部屋の中もぬいぐるみなどの可愛らしいモノが多く置かれている。
つまり、猫カフェという場所は可愛いもの好きである姉さんにもピッタリという事か。
「気が利くな、ミクは」
「えへへ、でしょ? もっと褒めて良いんだよ、アヤト。何ならナデナデもして」
「それはしない」
人目の付く所で頭を撫でられるか。
俺の言葉にミクが唇を尖らせる。
「ぶーぶー、けちー」
「けちで結構。お? ここか?」
可愛らしい猫の看板がある建物の前に到着する。
どうやら、ここが猫カフェという場所であるらしい。
最近出来たばかりらしく、店先はとても新しいように感じる。
「とりあえず、二人共。一旦離れてくれ。扉を開けたい」
「分かった」
「分かったわ」
二人に声を掛け、とりあえず離れてもらう。
それからお店の扉を開けた。中は結構賑わっていて、カップルなども居る。
そして、猫が沢山居た。
本当に種類が豊富だ。寝てる猫に駆け回っている猫、今居るお客さんに仕方なく触らせている猫など、本当に個性様々。
そんな店内の様子を見て目を輝かせるミクと姉さん。
「これは……凄いね」
「え、ええ……」
いつもはクールな姉さんもちょっとばかり興奮した様子だ。
すると、店員さんに声を掛けられた。
猫と触れ合う際のルールや飲み物の注文方法等を聞いた。
これに関してはとりあえず、俺が把握しておけば良いだろう。
一時間は触れ合えるようにし、俺達は店内へと足を運ぶ。
ミクと姉さんは適当な場所に腰を下ろし、遠めに居る猫たちを眺めていた。
「良いね。この空間は……癒される……」
「そうね。無理に触れ合わなくても、遠くから見ているだけで……」
姉さんとミクは遠くから猫を見ているだけで癒されているらしい。
しかも、この二人、猫との接し方を弁えているのか、決して凝視せず、ちらちらと猫の様子を伺うように見ている。
すると、一匹の猫が近づいてきた。
のそ、のそ、とトロトロと歩く、どん臭そうな猫は姉さんとミクの前にちょこんと座り、観察している。
「うわはぁ!! かわいい……」
「そ、そうね……」
何だろうか。
二人のテンションが変わってきた。
猫の可愛さを前に完全に頭の中がやられ始めている。
しかし、確かにとも俺は思ってしまう。
目の前に居るのは白猫だが、ちょいとぽっちゃりしていて、まるまるとしていて可愛らしい。
若干、太り気味なんだろうか。
俺がそんな事を思っていると、ミクが口を開く。
「ね、ねぇ、さ、触っても良いかな?」
「良いんじゃないか? 嫌がらない程度にな」
「う、うん!!」
ミクはそのぽっちゃり猫に近付いていき、人差し指を差し出す。
ぽっちゃり猫はその指をくんくん、と鼻を動かして嗅ぎ、ペロリと舐める。
何というか……この子、貫禄があるな。
どっしりとしていて、ミクが近付いても全く動じない。
ミクは人差し指で軽く頭を撫でると、ぽっちゃり猫はされるがままになっている。
「ああ、イイ……これは……」
「み、ミクちゃん。私も良いかしら」
「も、勿論だよ!!」
姉さんも触りたくなったのか、ゆっくりと猫に近付いていく。
出来るだけ驚かせないように、と。
しかし、ぽっちゃり猫は動じない。ただ、座り込むだけで微動だにしない。
ただ、何だろうか。気付かなかったけれど、ずっと視線が俺に向いてるのは気のせいか?
姉さんはぽっちゃり猫の頭を優しく触り、撫でる。
ぽっちゃり猫は若干煩わしいな、という顔をしながらもされるがままだ。
その姿に姉さんは優しく笑う。
「ふふ、可愛い……」
「うん、可愛いねぇ……」
二人に可愛がられるぽっちゃり猫。
何というか、ミクも姉さんもとてつもなく幸せそうだ。
これは来た甲斐があった、というものだ。
俺がそう思っていると、ぽっちゃり猫が動き出した。
ぽて、ぽて、と足を進め、俺の目の前に鎮座する。
それからじーっと、ただ真っ直ぐに俺を見つめている。
「ん? どうした?」
「…………」
ぽっちゃり猫は答えない。代わりに答えたのはミクだった。
「アヤトも触って良いんじゃない?」
「そうなのか?」
俺はぽっちゃり猫に伺いを立てる。
しかし、ぽっちゃり猫はペロペロと自分の手を舐め、それで顔をゴシゴシと擦っている。
何というか、マイペースなのか?
にしては、ずっとこちらを見てくるけど。
俺は人差し指を立てて、ぽっちゃり猫の顔に持っていく。
くんくん、と匂いを嗅いでから、ぽっちゃり猫はそれを舐める。
すると、すぐさま駆け寄り、俺の膝の上に飛び乗った。
「おお!? どうした?」
あまりの唐突な事に俺が目を丸くすると、後ろから店員さんの声が聞こえる。
「あら? 珍しいですね」
「え?」
「その子、気難しい子なんです。だから、あんまり触れ合えるような子ではないんですけど。膝の上に乗るなんて猫に愛されるんですね」
「そ、そうですか?」
女性店員の言葉を聞き、俺は猫の背中を優しく撫でてやる。
グルグルグル。
と、猫の甘えるような声が聞こえてきた。
「何だ? 甘えたがりなのか?」
「…………」
「…………」
俺は徹底的に猫を可愛がる。
頭を優しく撫で、背中を撫で、首元をこしょぐってやり、尻尾の付け根辺りをとんとん、と優しく叩いてやる。
ぽっちゃり猫は完全に寛ぎモードになり、俺の膝の上から一切動こうとしない。
まるで、ここが俺の居場所だと言わんばかりに。
何だかその姿が可愛らしく思えてきた。
「可愛いな、お前」
「…………」
「…………」
な、何だろう。
さっきから姉さんとミクが静かな気がする。
そ、それに何か負のオーラみたいなものまで感じるし、物凄く嫌な予感がするのは気のせい、だろうか。
俺はチラっと二人を見た。
姉さんは別段変わった様子はないけれど、ちょっとだけ眉間に皺が寄っている。
ミクはああ、ダメだ。
頬をぷくーっとフグのように膨らませて、プリプリと怒った様子を見せている。
「……猫ちゃんばっかりずるい」
「ええ、そうよね。本当にずるいわ」
「え?」
え? そっち?
お前、猫に愛されすぎ~ではなく、猫じゃなくて、私を構えってそういう事!?
いや、猫に嫉妬っていうのは如何なものかと俺は思ってしまう。
「えっと、お二人さん? 猫に嫉妬するのはちょっと……」
「そう? あんなにも私もされた事無い手つきで撫でられるのを見ていたら、羨ましいと思うのは普通じゃないかしら?」
「そうだよ。何で猫ちゃんにはやって、私達にはやってくれないの? 全然、頭撫でてくれないのに。さっきも撫でなかったのに……」
「え、えっと……あーっと……」
まさか、猫に嫉妬するとは思わなかった。
しかし、そ、それだけ愛情深いと考えれば、可愛らしいものだ。
「えっと……あ、後でやるって言う事で手を打ってくれませんか?」
「約束よ?」
「約束だよ?」
「ああ、ふ、二人の気が済むまで……」
「フフ、ありがとう」
「やった、ありがとう。猫ちゃ~ん、私達とも遊んで~」
割と現金なんだな。
俺はそう思い、膝の上に居る猫と戯れる姉さんとミクを見る。
まさか、猫にまで嫉妬するとは思わなかったが、まぁ、これはこれで。
愛されている実感があって悪くない。
俺はそう思いながら、二人が幸せそうに猫を可愛がる姿をずっと見ていた。
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