欲望の神さま拾いました〜お迎えの後に〜

一花カナウ・ただふみ

お迎えの後に

 約束通りに迎えにきてくれるのだから、なかなかしっかりしたやつだと感心してしまう。スマホを持たせていないのに、概ね時間通りに駅にくるあたり、神様というものは想像以上に都合よく動けるものらしい。


「できることもたくさんあるけれど、できないこともたくさんあるよ。時間を遡って事象を変えることは僕にもできないし」


 部屋に着くなり、感謝を述べた私に神様さんは明るく答えた。


「それに、君の心ひとつ動かすこともできていないでしょう?」

「そこは神様さんが本気出していないからでは?」


 玄関に靴を並べて、私は彼を見上げた。出会った頃と同じような暖かそうなジャケットを脱ぐ神様さんはやっぱり格好がいい。

 顔もいいけど、スタイルもいいんだよな……

 つくづく見た目は好みである。アルコールをほどよく摂取しているから、余計に彼が魅力的に映るらしかった。欲求不満という状態なのだろうか。


「本気を出してしまったら、君が君じゃなくなってしまうからね。僕は弓弦ちゃんが大好きだから、そのままの君に愛されたいよ」

「見た目はこだわらないってことですか?」


 立ち上がってコートを脱ぐと、神様さんは私のコートを受け取っていつもの場所に掛けてくれた。こういう日常の動作に声掛けが必要ないくらい、私たちは仲良く共同生活をしている。


「うーん。どうだろう。僕は弓弦ちゃんの見た目も好きだけど、僕とは違って年齢に応じて見た目は変わるものでしょう? 時間の流れも違うから、僕からしたら変化はあっという間なんだよねえ。だから、弓弦ちゃんが弓弦ちゃんらしいことが僕にとってはとても大事なんだ」

「ううーん、難しいこと言ってる……」

「酔っ払いさんには難しかったかな」


 頭痛を覚えて頭を抱えた私に、神様さんは苦笑した。

 やっぱり彼は、人間じゃないのだな。

 何度か奇跡を見せてもらっているので、そういうものだと思ってはいるのだけれど、実感を伴うことがあまりないのだった。ちょっぴり距離を感じる。疎外感。

 いつか、この関係も終わるのだろうと覚悟しているし、彼の気まぐれでここに居着いているだけなのだからと自分に言い聞かせてはいる。いつまで愛を囁いてくれるのか、わかったものではないのだ。


「……シャワー浴びてくる」

「一緒に入るかい?」

「十分経っても出てこなかったら様子見に来てください。力尽きてるかもしれないので」


 ひらひらと手を振って浴室に足を向ける。


「着替えは?」

「バスタオルがあれば充分では?」


 どうせこのあとはベッドで寝るのだ。わざわざ着てから脱ぐのは面倒である。

 私がさらっと返せば、脱衣所に入る前に後ろから抱き締められた。


「ちょ……お風呂入れないってば……」

「寒くなってきているんだから、パジャマは着るべきだと思うよ」

「あなたが暖めてくれるんでしょ?」

「そういうこと言われたら、加減できなくなる」


 彼はそう返して、私のへそのあたりを優しく撫でてくる。その手はするりと下りて、股に手を差し入れた。


「ま、待って。シャワー浴びてからがいいですって。逃げませんから、ね?」

「ふふ……積極的だね。ここで一度挿れてからにしない?」


 指先が刺激を与えてきた。耳元で囁いて、耳たぶをはむっとされる。くすぐったい。


「やっ、ダメだってば」

「感じてるんでしょ?」

「ん……それは認めるけど、仕事帰りだからさっぱりしたいの!」


 なんとか一歩踏み出したが、指の刺激で足に力が入らなくなった。ふらついて、彼に体を預ける。


「観念しよう?」

「わかった、一緒にシャワーしましょう。体を清めてからに、ね?」


 私は懸命に説得を試みる。私の体を支えていた腕が持ち上がって、体勢が整えられた。


「うんうん。そうしよう。僕がシャワーしてる間にぐっすり熟睡されたらまたお預けになってしまうからねえ」


 確かに昨夜はそんな調子でサクッと先に寝てしまった私である。今朝はビンタをして彼を拒絶してしまったわけで、警戒されるのはごもっともだ。

 ゆっくりと見上げれば、ご機嫌に笑う神様さんの美麗な顔があった。


「……明日はお休みなんですから、そうなったら朝は付き合いますよ」

「じゃあ、夜も付き合ってもらうし、朝も堪能させてもらおうかな」

「そんなに体力ないですよ……」

「弓弦ちゃんは体力あると思うけどなあ。まあ君が動かなくても僕が奉仕するから、身を任せるだけでいいさ」

「それも疲れるんですよ……」


 やっと解放された。私は脱衣所に辿り着いて服を脱ぐ。オフィスカジュアルの服は洗濯がラクでいいけれど、スーツの方が服装に悩まなくていいのになどと思った。


「ふふふ。まずは全身のマッサージからだったよね。朝の約束、ちゃんと覚えているよ」


 確かにそんな約束を交わしたなと思い出した。私は彼の顔を見て目を瞬かせる。そしてにこりと笑った。


「そういう律儀なところは好きですよ」

「それ以上の奉仕がご希望であれば、命じてね」

「それは……まあ、そのときに?」


 色っぽい視線を受けて、私は慌てて彼に背を向けた。これからシャワーだというのにそれどころじゃなくなってしまう。


「遠慮しなくていいんだよ?」


 彼も服を脱ぐと浴室に一緒に入る。大人ふたりが入ると狭い。密着しないと動けないというわけではないけど、互いの体を意識せずにはいられない距離なのだ。


「遠慮はしますよ」

「ふふ。そうだね。そのくらいがいいかもしれないねえ」


 彼の手がボディソープを取って泡を出す。その手が迷わず私に触れた。


「ん……」

「ここは僕に任せておいてよ」


 そう促されてしまうと、私は抵抗できないのだった。


《終わり》

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