第4話 或いはエタノールでいっぱいのセレブロ

 あれはひどい事故でした。いえ、人災というべきでしょうか。


 当時我々はセレブロ指揮下で居住コロニー・イムドゥグドの改修を行っていたんです。なぜかというと、当初より人口が増えてきたので、コロニー内側を拡幅する必要がありました。

 母星を飛び立った当時のイムドゥグドは分厚い隔壁に守られたシリンダー状の構造で、この筒状の居住区を回転させることで内側の壁面に遠心力を発生させる仕組みでした。

 ええと、水、ありますよね。水って無重力状態ですと、こう球状になるじゃないですか。じゃあ、この無重力化の水、容器の中に閉じ込めて、振って撹拌させると、その後どうなると思います?やっぱり容器の中で丸くなる?ええ、そう思いますよね。ですが違うんです。表面張力の性質で、容器の内側に張り付くんです。

 この無重力状態だと壁に張り付く水の性質を利用して、外郭の資材を削って内側を拡げつつ外側の隔壁を水で満たして宇宙塵の衝突緩衝材に出来ないかというアイデアが出たのです。飲み水、洗浄、植物の育成、コロニーに水が潤沢に存在するメリットは沢山あります。異論はありません。

 セレブロも、最初のアムリルさん一人から十数人に増え、演算処理能力も向上しましたので、アームやクレーンを使った外壁の危険な修理や宇宙空間での資料蒐集ドローンの遠隔操作を任せる実験の検証を行うのにも最適なアイデアでした。

 そういうわけで、当時の我々は大量の水を欲していました。

 期待通り、セレブロの操作するドローンが宙域一帯の微小な岩石帯から液体成分含有量が多い欠片を回収してきた時はみんな大喜びでした。

 それが疑惑に変わったのは、氷塊を外隔壁に格納し、室内の温度を上昇させた時でした。

 まだそんな温度に達していないのに融解が始まったのです。水にしては妙に粘度が高い滴です。氷が解けるに連れてなんともいえない臭いが漂い始めました。いえ、鼻を衝く異様な刺激臭ではないです。微かにですが独特の甘みを感じる匂いです。

 誰かが叫びました。

「大変だ、これは水じゃない。エタノールだ」

 エタノール。つまりアルコールです。比重が軽く、揮発性のそこそこ高い液体です。物騒です。

 なぜそんなものを選択してきたのか、ドローンの成分分析に不具合でもあったのかとスタッフは青ざめました。

 調査機器担当が急いでメンテナンスをしたもののセンサー類に異常は見られません。

 ところがです。内側隔壁、居住区の上水道に繋がる部署からバキュームノズルが伸びて来てエタノールを吸い上げ始めたのです。セレブロの管轄する操作です。この上水道の一番最上部には、セレブロの活動を支える栄養、滅菌処理を施したブドウ糖溶液を製造するプラントがあります。

 それでみんながこの異常事態の原因に思い当たりました。一番最新のセレブロになった仲間が、無類の酒好きだったのです。

 つまり、セレブロは水ではなくエタノールを選んで曳航してきたのです。なんてことでしょう。シットです。

 居住区は酔っ払いだらけでてんやわんやです。道端には吸っただけで酔いつぶれた仲間が死屍累々と折れ重なって広場では酔漢が肩を組んで高唱放歌し、あちらこちらでラインダンスを踊りはじめ、セレブロにもエタノール交じりの溶液が沁み渡ったようで、操舵室から格納庫、作業用通路まで照明はまるで光のモールス信号のように明滅を繰り返しているといった、とっても絵にもかけない異常事態が広がっています。


 わたしたちもなにかいいきぶんになってきました。しかいがふわふわしています。きもちいいですねぇ


 この収拾のつかない酔っ払い騒ぎはコロニー七周ほど続き、イムドゥグドの異常に気付いた収蔵庫天磐舟と観測船ヴィマーナのクルーたちが、ほうほうのていで治めてくれたそうです。




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