第2話 其れは水のごとく宇宙を往く

 其の三重螺旋を持つ構造体は星より大きく、全長、全身の姿を掴むのはしばしの時間を必要としました。

 観測船ヴィマーナの操舵航海クルーが疑似星系の中心、人工恒星ヘリオスの可視光がぐにゃりと屈折した。と母船イムドゥグド艦橋に報告してきました。

 あらゆるセンサーを周囲360°に走らせ、初めて視認できない何かが疑似星系を取り囲んでいる事態が発覚したのです。

 視認できない、というのは厳密には間違いかもしれません。正確には非常に透明度の高い何かが可視光を屈折させる瞬間、または構造体の一筋一筋がヘリオスからの電磁波に反応して、濃淡の明るい青、緑のかった青、淡い群青に輝き存在が浮かびあがって見える、といった感じです。放射線計器類に際立った狂いはありません。主成分は水。ですがここは宇宙空間。水が液体で存在するはずがありません。

 つまりこの構造体は、真空でも水を液体のままで保有できる何か、ということです。

 便宜上、進行方向を向いた先端として、星系後方からヘリオスを追い、三重の螺旋を靡かせ回転しながらゆったり揺蕩う姿はまるで玉を追う竜のようです。

 その謎の物体と呼んでいいのか分からない物がヘリオスから離れていくまで艦内には奇妙な音が響いていました。響くと言っても地響きの不安を覚える嫌な重低音や耳を塞ぎたくなる不快な音波ではなく、どこまでも澄んだ高温域、ザーと不思議なくらいよく伸びる中音域、それらを包み込むように深く響く低音域が静かに混じりあうように構成された、複雑で豊かで不思議な音。時折、リューン、リューン、リイィーンと物悲し気な鳴き声にも似た音色が響き渡ります。


 詩心のある住人は「まるで体の内側に響いてくるような心地よい波動」「その音に包まれていると細胞が震え活力が溢れてくるように感じた」と表現し、音楽家はあの構造体が発していた音を再現しようとプロジェクトを立ち上げ、今は試行錯誤の日々を送っています。


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