第30話

「ふぅむ」


 腕を組み、考え込む駿介。

 怖いなら目をつぶって泳げば良いじゃないかと思うが、人間というのは怖いと思えば思うほど、つい見てしまうものである。

 多分このはの事だから、目をつぶれと言っても目を開けてしまうだろう。


 じゃあ排水口のないレーンを泳ぐのはどうだろうかと思うが、それでも遠くにある排水口を目で追ってしまうのは予想がつく。

 それに排水口、というかオバケが怖くて泳げないと言えば、このはがクラスや学校で笑い者になりかねない。ある意味では既に笑い者にはなっているが。

 どうすればいいか。そんな駿介の出した結論は。


「このは、背泳ぎなんてどうだ?」


「背泳ぎ?」


 背泳ぎなら、どうやっても排水口を見ることは出来ない。

 駿介に言われ、背泳ぎを試そうとして、このはがゆっくりと背中から沈んでいく。


「……浮かないんだけど!」


「力を抜け」


 もう一度チャレンジするも、ただ沈むばかりである。

 それならばと、見本として水面に仰向けで浮かぶ駿介。


「良いか。人間はこうやって力を抜けば水に浮くように、ごぼっ!?」


 水面に浮かぶ駿介のお腹にダイブをするこのは。

 当然その後に駿介に頭を掴まれ、水中に沈められたのは言うまでもない。

 そして監視員から「危険な行為はおやめください」と注意されたのも言うまでもない。


「ったく、ほら、背泳ぎの練習するぞ」


「ブクブクブク」


 気を取り直して練習を再開するも、このはは沈んでいくばかり。

 無駄な力を入れなければ浮くのだが、さっきから沈むことばかり経験してしまっているせいで変に力が入ってしまうこのは。

 仕方がないと、軽いため息を吐く駿介。


「ほら、支えてやるから」


 そう言って、駿介はこのはの背中に手を回し、抱えるような形で支える。


「えっ、駿介」


「力を抜け。余計に沈んでいくぞ」


「あっ、でも……」


「ちゃんと支えるから安心しろ」


 どうせこのはの事だから、急に離したりしないか不安で力が入っているのだろうとため息を吐く駿介。

 しばらくこのままでいてやれば、このはも安心して自然と力を抜いてくれるだろうから我慢比べだなと考える。

 だが、このはに力が入ってしまう理由はそうではない。

 水中でお姫様抱っこをされているのだ。力を抜けという方が無理な話である。

 

 駿介としては真面目に背泳ぎのコーチをしているつもりなのだが、傍目からはいちゃつくバカップルにしか見えない。

 

「このは。不安なのは分かるが、俺の顔ばかり見ていても仕方ないぞ。顔はちゃんと真っすぐ前な」


「う、うん」


 このはが何故自分の顔を見ているのか、駿介は気づかない。

 上達はしないが、やる気を見せるこのはのために、駿介は数日付き合い、このははなんとか背泳ぎをマスターすることが出来た。

 途中、手伝いを申し出た真紀が、駿介とこのはの特訓の様子を見て、それはそれはとても穏やかな笑みを浮かべたが、どうして真紀がそんな顔をしていたのか、駿介は分かっていない。

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