第29話
「ふむ……」
まずはバタ足をと、このはに文字通り手取り足取り教えた駿介。
普段からアクティブに動き回っているだけあって、あっという間にちゃんとしたバタ足を覚えるこのは。
これならクロールくらいすぐにマスターするだろう。そう思っていた駿介だが。
「どうしてこうなる」
それならばバタ足だけで泳がせてみようとすると、結局「個性的」な泳ぎ方になってしまう。
何故このははそんな泳ぎ方になってしまうのか、指導していく内に駿介はおおよその見当がついた。
「このは、ちゃんと水に顔をつけろ」
「うっ……」
このはが水面に顔を絶対に付けたがらないからだ。
水面から必死に顔を出すので、体が変な姿勢になってしまい、個性的な泳ぎ方になってしまうのだ。
しかも変な姿勢で無理に顔を水面から出そうとするせいで、傍目にはおぼれてもがいているように見えてしまうのだ。
逆にいえば、ちゃんと顔を水につければ解決するのだが。
「もしかして、水恐怖症とかか?」
「別に水なんか怖くないし!」
純粋に心配する駿介に対し、むっとした表情でそのまま水中に潜り込むこのは。
水中から見上げられ、このはが目を閉じていない事も確認できる。
「どうよ!」
「そうだな。ちゃんと目も開けてるな」
ふふんと胸を張るこのは。
じゃあ、何故泳ぐときは顔を水つけられないんだと駿介は思考にふける。
「じゃあ、なんで泳ぐときは顔を水につけられないんだ?」
考えても分からないので、さっさと本人に聞くことにした駿介。
もしかしたら想定外にアホな理由かもしれないので。
「笑わないって約束できる?」
「前向きに善処します」
駿介の反応に「むぅ」と唸り声をあげ、眉をへの字にするこのは。
あまりにアホ過ぎたら流石に笑いをこらえる自信がないので、駿介としては約束が出来ない。なので彼なりの精一杯なのだ。
それと、ちょっとのからかいも兼ねている。
「あれ、あるでしょ?」
しばらくもじもじした後に、このはが水面を指さす。
先にあるのは、鉄格子がはめ込まれた排水口である。
「あれがどうした?」
「もしあの中にナニカがいて、目が合ったら引きずり込まれて殺されちゃうって昔言われて」
「あー……」
バカバカしい、そう言い切るには少々難しい問題だなと駿介は思う。
子供の頃に教え込まれた怖い話というには、歳を取っても苦手なままな場合が多い。
駿介も小さい頃に、ふすまやドアを中途半端に開けてたら、隙間からお化けが迎えに来ると親に脅され、必死に隙間を作らないようにしていた時期があった。
もちろん今ではそんな事信じてはいない。だが、ふすまやドアが中途半端に開いているとどうしても気になってしまい、閉めてしまう癖がある。
以前、駿介の家に来た時も母親の手を幽霊の手と言ったら、このはが本気で怖がっていたのを思い出した駿介。
このははお化けやホラーといったものが苦手なのだろう。
「いや、勿論そんな事は信じてないよボクだって。でもさほら、やっぱり万が一って事もあるし」
目の前で、早口に弁明の言葉を次々と口にするこのはを見て、駿介の中で疑惑が確信へと変わっていく。
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