第20話
「それでこのはちゃんは、どんな服が好きとかある?」
「これ!」
このはが手に持ったのは、先ほどのクソダサTシャツである。
駿介がトイレから戻って来たら会計を済ませようと持っていたのだ。
「そっか」
このはの手に持ったTシャツを見て、真紀の笑顔が固まる。
どうあがいても擁護出来ないダサさである。
無言でこのはからTシャツを奪う駿介。駿介からTシャツを取り返そうとこのはが振り返る。
しかしTシャツは既に駿介から真紀へパスされており、真紀の手により綺麗に畳まれ元の場所へ戻されている。
「じゃあ今日は私と駿介が選んであげるね」
このはの選んだ服をお揃いで買って、一緒に着ようと考えていた真紀。
その考えを一瞬で改め、自分がコーディネイトする事にしたようだ。
「よし、行くか」
真紀の反対側に立ち、このはを挟むようにして歩き始める駿介。。
友達と買い物に行くと言った娘を見送り、帰って来た娘があんなクソダサTシャツを買ったとあれば親もショックを受けるだろう。
なんなら自分たちのセンスや、このはとの付き合いを親に疑われてもおかしくない。
ファッションなんて、本人が好きな物を着れば良いと駿介も真紀も考えている。
だが、物事には限度というものがあるのだ。
二人に挟まれ、一度だけ振り返り、名残惜しそうにクソダサTシャツを見るこのは。
そんなこのはに対し、少しだけ心が痛む駿介と真紀。
「駿介、真紀ちゃんに言われて着てみたけどどうかな?」
「このはは顔が良いから、なんでも……大体なに着ても可愛いぞ」
ちゃんと大体に言いなおした駿介。なんでもではない。
「そ、そうかなぁ?」
「この可愛さは、記念に写真撮っておくべきだろ。待ってろ今カメラモードにするから!」
「もう、からかわなくて良いから!」
このはが顔を真っ赤にしながら、着替え用の個室のカーテンを閉める。
しゅんとしていたこのはだが、真紀の選んだ服を試着し、駿介に褒められ機嫌が直ったようだ。
このはの機嫌を直すために、駿介はわざとテンションを上げているのだから、成果が出たというものである。
決して素でやっているわけではない。……多分。
「このはちゃん、次はこれを着てみて!」
試着室のカーテンを少しだけ開け、このはに服を手渡す真紀。
駿介も真紀も、まるで可愛い我が子で着せ替えを楽しんでいるバカ親である。
「真紀ちゃん、これってどうやって着るの?」
「あぁ、じゃあ手伝ってあげるね。今入っても大丈夫? 大丈夫だよね!」
「えっ、きゃあ!」
「このはちゃん、お着替え手伝ってあげるからね」
「あっ、うん」
幼馴染の奇行に「やべぇ」と感じる駿介。
残念だが彼も十分にヤバイレベルに足を踏み入れている。
試着室の中からは慌てるこのはの声と、気持ちの悪い真紀の声が周りに漏れ聞こえている。
なんならスマホのシャッター音まで聞こえる始末である。
(警察呼ばれたりしないよな?)
駿介の不安をよそに、店員に叱られたり警察を呼ばれたりする事はなかった。
明らかに変な目で見られはしたが。
これで何着目かの試着をするこのは。
駿介が褒めたりスマホで写真を撮ったりするのにも慣れて来て、やや呆れ気味である。
「可愛い可愛いっていうけど、それじゃあボクがこの格好したら、駿介はデートしてくれるの?」
呆れてるような、むくれているような、そして照れているような顔で駿介に問うこのは。
予想外の問いに、駿介も目をぱちくりとさせている。
そんな駿介の反応に、やらかしたと思い、このはが慌てて「今のは無し」と言おうとするが、上手く舌が回らない。
「そんなの、するに決まってるだろ?」
そして、このはが取り消す前に、駿介は即答で答えた。
駿介の気持ちは今、可愛い娘に「将来パパと結婚するの」と言われた父親ような感じである。
「良いの?」
「良いぞ?」
数秒の間だが、このはの時が止まった。
「ボク、この服買って来るね」
「真紀が他にも選んでるが」
「ううん。これが良い」
ヒラヒラの白いワンピースを着たこのはがレジへと向かって行く。
「ちょっとこのはちゃん。レジ行くなら着替えないと」
このまま着て帰りたいというこのはのために、真紀がレジで説明し、バーコードを外し会計を済ませる。
そんな二人の様子を見て、うんうんと仏のような顔で頷く駿介。
(このはが自分から可愛い服を選ぶようになったのなら、一歩前進だな)
完全に勘違いである。
駿介がデートしても良いと言ってくれた服が嬉しくて、くるくる回ったりしながら自分の服を見ているこのは。
「ねぇ駿介。このはちゃん駿介の事好きなんじゃないのかな?」
「ははっ、そんなわけないだろ」
(頭撫でたり、肩に手をやっても否定されてない時点でそんなわけあると思うのだが!?)
「このは、そろそろ腹減ったし飯食うか」
「うん! カレーうどん食べたい!」
「新しいおべべなんだから、カレーうどんはやめとこうな!」
おにゅーの白い服を着てるのにカレーうどんを選ぶとは、アホ可愛いやつだなと笑って見守る駿介。
(あれだけこのはちゃんと距離が近いのに気づかないって、私の幼馴染はもしかしてヤバイ?)
残念だがヤバいのはお互い様である。
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