第十章 クリスマス

四十五話 カップルシート

 今日はクリスマスイブで、ちょうどよく日曜日だった。そのため、朝からとしくんとデートである。


 いつものように手を繋ぎながら、街をぶらぶらと歩いていた。いつものことながら、私服がとてもオシャレである。


 イケメンは何を着ても様になってしまうが、彼はどこの誰よりもカッコいい。すれ違う人が、彼を頬を赤らめて見ているのが目に入ってくる。


 少し前の僕なら自信を無くして、悲しくなってしまっていただろう。でも今は違う、彼と一緒にいるのは僕だから。


 これまでもこれから先も、それは変わらないから。自分がこんなにも独占欲が強いなんて、思ってもみなかった。


 こんな感情を知られたくないなと思いつつ、僕のだよと見せつけるように彼の腕に自分の腕を絡めて笑いかける。


 そんな僕の感情を知ってか知らずか、彼は僕にとびっきりの笑顔を向けてくれる。この笑顔を誰にも見せたくない。


「陸、どこ行きたい?」


「としくんの行きたいとこ」


「陸の行きたいとこが、俺の行きたいとこ」


 そんなことを甘い顔をしながら、言ってくるから恥ずかしくなってしまう。歩いていると、映画館を見つけたからなんとなく見たいと思った。


「映画なんて、どう?」


「いいな、何やってんだろ」


 二人で微笑みながら、映画館に入る。何がやっているか分からないけど、適当にスクリーンを見る。


 タイトルだけじゃどんな作品か、分からないなあ。僕がそう思っていると、としくんが適当なことを言い出した。


「よく分からないから、待たずに見れるやつにしようぜ」


「なるほど、いいね。ホラーやってるといいね」


「……それはなしで」


 ホラーと言った瞬間に、彼の顔が引き攣っていてからかい甲斐があるなあと思った。それから僕たちは、チケットを買いにカウンターに向かう。


 クリスマスイブで日曜日だからか、カップルが物凄く多くて尻込みしてしまいそうになる。


 それでも彼と繋いでいる手は、離したくないと思ってしまう。自分でも驚くくらいに、色々と変わっているなって感じている。


 でもそれは悪い方向にじゃなくて、僕たち二人にとってとてもいい方向だから。僕がそう思って、彼の綺麗な横顔を見つめていると目が合って微笑み合った。


「陸、暑くないか」


「そういえば、ちょっと暖房効いてるのかな?」


「人も多いしな」


「そうだね」


 そんなたわいない会話をしていると、自分たちの番になったからカウンターのお姉さんに聞いてみることにした。


「待たずに見れるのがいいんですけど」


「そうですね……でしたら、この映画はどうでしょう。ただ、今混んでおりましてカップルシートしか空いてないのですが」


「えっ?」


 お姉さんの言葉を聞いて僕は驚いていたんだけど、彼は何やら考えて微笑みながらこう言った。


「構わないですよ。カップルですので」


 屈託ないそんな笑顔で言われたら、怒るに怒れないじゃないか。僕は恥ずかしすぎて、周りを見ることができずにいた。


 そんなことを考えている間に、いつの間にか会計が終わっていたようだった。黙って俯いている僕の手を、終始笑顔のままで引っ張っていく。


 恥ずかしい気持ちと、嬉しい気持ちがあってふわっとした感覚に陥ってしまう。そんな僕の気持ちをお構いなしに、彼はとてつもなく笑顔でニコニコしている。


「陸、ポップコーン食べるか」


「うん、食べる。飲み物は、コーヒーで」


「オッケー、俺はオレンジで」


 ポップコーンと飲み物を買って、始めるまでまだ時間があったからソファに座った。そこでもニコニコして、僕を見つめてくる彼を直視できずにいた。


 恥ずかしさでどうにかなりそうだったけど、迷わないと決めたのは自分自身。そのため、こほんと咳払いをして話をすることにした。


「どんな映画なんだろうな」


「パンフレット、買う?」


「んー、ネタバレ見たくないからやめておく」


「そっか、そうだね」


 そんな会話をしながら、僕は考えていた。そういえば、幼稚園の時か小学一年の時か定かじゃないけど見に来たような気がする。


 確か保護者として、兄貴と五十嵐先生が一緒に来た記憶が微かにある。アニメ映画だったような気がする。


 僕がそんなことを考えていると、突然口にポップコーンが放り込まれた。見てみると、ニコニコ笑顔のとしくんが目に入る。ほんと、今日はいつにも増して機嫌がいい。


「美味か?」


「うん、久しぶりに食べたけど美味しいね」


 僕がブラックコーヒーを飲みながら、そう答えると彼は少し苦そうなそぶりを見せて言ってきた。


「おう、でもよくそんな苦いもの飲めるよな」


「そう? としくん、朝寝坊するから飲んだ方がいいよ」


「えー、準備してる暇があったら陸の家に迎えにいく」


 そんなことを笑顔で僕の目を見て言ってくる彼が、物凄くカッコよくて心臓がどうにかなりそうだった。


 確かに、コーヒー飲んで遅刻はカッコ悪いからねと思った。そんな感じで終始和やかムードで話していると、入れる時間になったため列に並ぶことにした。


「さて、並ぶか。俺、持つよ」


「大変だよ、重いよ」


「いいから、カッコつけさせて」


「うん……」


 そんなことをとびっきりの笑顔で、僕だけに向けて言ってくれる。嬉しくてそれだけで、前を向いて歩いていける。


 自分たちの席を探して見つけたから、座ろうとしたんだけど……。カップルシートって、思っていたよりも二人っていう感じなんだな。


 席っていうよりソファって感じで、密着しそうで映画に集中できそうにない。それはそれとして、なんか変な目で食い入るように周囲の視線を感じる。


「陸、先に座って」


「うん、分かった」


 とりあえず言われた通りに、奥の方に座ってみる。すかさず隣に体を必要以上に、密着させて座ってくる。


 その時に映画の前の広告が流れ初めて、辺りは暗くなった。微笑んで耳元で、甘い声で囁いてくる。


「陸、カップルシートっていいな」


「あっ……う、うん」


 僕を手をいわゆる恋人繋ぎをして、僕の顔をまじまじと見つめて微笑んでくる。僕は急激に恥ずかしくなって、思わずそっぽを向いてしまった。


 すると彼は僕の肩に自分の頭を乗せてきて、より一層身を寄せてきた。周りから、九条さんと同じような視線を感じたけど気にしないことにする。


 ポップコーンを食べながら予告を見ていた僕たちは、今が最高に幸せに決まっているなあと感じていた。


 映画が始まり……。最初は男性同士の、友情ものを描いたアニメだと思っていた。


 しかし、物語中盤に差し掛かりそこで僕は気がついてしまった。この映画、恋愛ものだということに。


 待って……恋愛ものなのはいいけども、男同士で付き合っている話って……。隣で見ているとしくんを見ると、穏やかな笑顔で見ていた。


 そんな彼を見て僕は、周りからの視線の意味に気がついてしまった。それでも彼が笑っているのを見て、楽しいみたいだしいいかなと思った。


 映画の中の二人がとても幸せそうに、微笑んでいる画面を見て僕たち二人と重なって見えた。


 僕たちもこんな風に、心の底から楽しいって幸せだなって顔してるのかな? もしそうだったらいいなと思ってしまった。

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