二十六話 海での冒険
どこもかしこも混んでいて、何に乗るにしても一時間待ちの状態だった。僕たちは海に入って冒険をするというアトラクションに並んでいた。
こんな時に何か趣味でもあると、少し違うんだろうなと思うんだけど特に趣味ってないからなあ。
そこで僕は隣で上機嫌で待っている彼を見て、そういえばとしくんって何か趣味ってあるのかな? そう思って聴くことにした。
「としくんって、何か趣味ってあるの?」
「んー……強いて言うなら、陸かな」
「――――どういうこと?」
僕が聞くと彼は優しく微笑みながらそういうものだから、僕は意味が分からずに聞き返してしまった。
すると少し考えた後に、顔を真っ赤にして片手で顔を抑えてこう言っていた。
「えっと、ただの思いつきだったんだけど。改めて聞かれると」
「そ、そっか……」
もう既に寒い季節になって来ているのに、なんか暑く感じてしまった。そんな感じで僕たちの間に変な空気が流れてから暫くして順番が来た。
「ほら、気をつけろ」
「う、うん」
そう言って綺麗な顔で、僕の手を引いて潜水艦に乗るとしくん。そんな彼を見て、僕は直視できずに目を逸らしてしまう。
潜水艦に乗ってみると、そこはもう既に海の中だった。僕たちの他にも人が乗ってきて、後ろから誰かに押されてしまった。
悪いなと言ってどっかに言ってしまう。しかし、そんなことよりも今の衝撃で彼の腕の中にスッポリと収まってしまった。
「ったく、危ないな。陸、大丈夫か」
「う、うん。大丈夫」
僕を見つめる瞳がいつにも増して、綺麗で透き通っているように見えた。自分の体温がいつにも増して上昇していくを感じた。
完全に人前だということを忘れてしまいそうだったが、周りの喧騒で我に返って彼から離れる。
なんとなく彼を見上げてみると、彼も僕と同じように顔を真っ赤にしていた。その様子を見て、やっぱ可愛いなと思った。
それから海の中を探検していたのだが、としくんは子供のようにはしゃいでいた。心から楽しめるのって、いいよねと思って見つめていた。
その視線に気がついたのか分からないけど、としくんに手を繋がれながら声をかけられた。
「陸、これ昔乗ったよな」
「うん、そういえば。としくんが、お魚だ! はしゃいでいたっけ」
「うぐっ……完全に若気の至りだ」
「若気のって、僕たちまだ若いよ」
そんな感じで堪能しつつ、昔の思い出話に花を咲かせてあっという間に海での冒険は終わった。
「楽しかったな」
「うん、なんかお腹空かない?」
「そういえば、腹減ったような気がする」
としくんのお腹は正直なようで、ぐうと大きな音を立てて主張し始める。僕はそれを聞いて笑ってしまった。
それから僕たちは近くのお店に入って、僕が席を確保してとしくんが買ってくることになった。
「じゃあ、ちょっと待っててな」
「うん」
そう言って王子様のようなキラキラな笑顔で、言ってくるものだから顔が真っ赤になっていく感じがした。
本当にかっこいいいよなと思っていると、周りに座っていた女性客が彼を見て頬を赤らめてこんな会話をしていた。
「今の人、めっちゃイケメンじゃない」
「うん、まじ王子って感じ」
「というかさ、一緒にいる人って弟かな?」
「かもね」
そんな会話が聞こえてきて悪気はないと思う。それでも、僕の自信を削ぎ落としていくのには充分すぎるほどだった。
それからニコニコ笑顔の彼が席に来て、何やら話しかけてきたが僕は上の空で考えていた。
弟か……同い年だし、その恋人だし。でも、傍目から見たら恋人には見えないよな。それに、どの女性も九条さんみたいとは限らないし。
最近うちのクラスは何故か、九条さんみたいな女子生徒が増えてきたような気がする。女子高生の中で流行っているのだろうかと疑問に思ってしまった。
ほんといつも、ネガティブなことばかり考えて成長しないな僕……そんなことをウジウジと考えていると、不意に口にハンバーグを入れられた。
「美味いか?」
「うん……美味しい」
「そっか、ならよかった」
そう言って微笑んでいる彼を見て、いつだって優しくて温かい彼が好きだ。それと同時に、自分はこの人の隣に立つ資格はあるのだろうかと悩んでしまう。
美味しいはずなのに、どの料理も味がしないような感じがした。彼の話に適当に相槌を打ちつつ、僕はこのモヤっとした感情の意味が分からずにいた。
「陸、どうした? 何かあったのか?」
「う、うん……何にもないよ」
「そうか? 陸、何かあったら言ってな」
「うん、ありがと」
僕のことを気にかけてくれているというだけで、僕の心は自分でも驚くくらいに単純なのだと自覚する。
彼の笑顔は僕にとって勇気をくれる差し詰め、スパイスとでも言っておこうか。とにかく、彼の笑顔を見ると心から勇気が溢れてくるのだ。
僕は改めて彼が好きなのだと自覚する。それと同時に、ウジウジと悩んでいる自分が嫌になってくる。
それでも彼が隣にいてくれるだけで、僕の心はこんなにも満ち足りた気持ちになるのだから凄いなと思った。
一通り食事が終わって、いつもの通りに手を繋がれる。しかし、男同士っていうのはおかしいんじゃないか……。
僕たちを見て笑ったりしてくるんじゃないか……とか色々と考えてしまって、彼の顔をまともに見れずにいた。
それでも、彼の手を離すことはできずにいた。そんな時だった、彼はとあるポスターの前で止まって声をかけてきた。
「このヒーローもの、昔見てたよな。覚えてるか」
「うん、覚えてるよ。としくんが、ヒーローごっこしてたよね」
「うぐっ……あの頃の俺って」
そう言って恥ずかしがっている彼を見て、僕はなんだがほっこりして嬉しくなってしまった。
僕がそう思って見つめていると、彼は嬉しそうにこう呟いた。なんだが恥ずかしくて、聞こえないふりをしてしまった。
「やっぱ、陸は笑っている方が可愛いよ」
「……えっ? 今なんて」
「いや、なんでもないよ。ヒーローショー、見てここうぜ」
「うん」
そこで改めて自覚してしまう。僕はやっぱ、としくんのことが好きだ。誰になんて言われても、後ろ指を刺されても……。
だってこんなにも可愛いって言われて、嬉しくなって胸がどきドキするのは今までもこれからもとしくん意外にはありえないのだから。
ヒーローショーの会場に到着すると、思っていたよりも子供達で賑わっていた。僕たちは邪魔にならないように、できるだけ端っこの席に座った。
「としくんは、よく覚えてたね」
「僕は言われるまで、分からなかったよ」
「ああ、弟が好きで俺も毎週見てるんだよ」
「なるほど……」
僕がそう言うと彼は、少し不貞腐れた様子でこう呟いていた。僕はその様子を見て、優しく微笑みながらこう告げた。
「この歳になって面白いって思うのって、子供なのかな」
「そんなことないよ。何かに夢中になれるって、素敵なことだよ。いいな、僕も何か趣味見つけようかな」
僕がそう言うと彼は嬉しそうに微笑んでいた。そして僕の耳元で、とても恥ずかしいことを言ってきた。
「陸の趣味は、俺でいいだろ」
「つっ……うん」
ほんとこの人は真面目なんだが、よく分からないことを言ってくるんだから。それでも、だいぶ元気になってしまう僕も大概なんだよなと思ってしまった。
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