第六章 遊園地

二十五話 初めての萌え

 体育祭の後から微妙に、新田くんが僕を見ると顔を赤らめて走り去ってしまうようになった。


 僕何かしたかな? と考えていたが、どれだけ考えても埒が明かなかった。それから何度も聞こうとしたが、避けられ続けていた。


 それをとしくんに相談したのだが、彼は心底興味なさそうに呟いた。


「思春期なんじゃねーの? 多分」


「興味なさそうだね」


「無い! 俺は、陸以上に興味を持てるものはないからな」


 そんな風に言い切られてしまったから、それ以上に詮索することはやめておくことした。彼はそんなことよりもと、彼は話題を変えてきた。


「小学生の時の遠足で遊園地行ったの、覚えているか?」


「うん、としくん。ジェットコースターで、怯えていたもんね」


「まあ、小学校低学年だから乗れなかったんだけどな」


 まだ小さいから乗れないのに、駄々こねていて可愛かったな。普段は大人びている印象だったのに、ジェットコースターは本気で嫌がっていたもんね。


「ほんと、可愛かったよね」


「うぐっ……あの時の自分に、言いたい。まず、人の話聞きなさいって」


「まあでも、可愛かったら。いいんじゃない。駄々こねてるとしくん、可愛かったから」


「そんなに、可愛いを連呼しなくても」


 そう言って少し拗ねている彼が、やっぱり可愛くてこれが萌えというものなのだと分かった。


 それはそれとして、何で急にそんなことを聞いて来たのか疑問に思っていた。すると、僕の気持ちが通じたのか教えてくれた。


「遊園地の無料チケットを、親父がくれたから誘おうと思って」


「なるほどね……いいね、一緒に行きたい!」


「おう、ただな……急だが明日までなんだよな」


「いいよ、僕は暇だし」


 そんなわけで今日はとしくんと、久しぶりのデートで遊園地に到着した。それにしても、休日だからとてつもなく混んでいて逸れないように手を繋いでいる。


「すごい人混みだね」


「ああ……だな。ふわあ」


 としくんは僕の話を聞きつつ、本当に眠そうに欠伸をしていた。それに釣られて僕も、欠伸をしそうになってしまった。


「どうしたの? 眠い?」


「今日が楽しみ過ぎて、なかなか眠れなくて」


「やっぱ、可愛いね」


 僕が微笑みながらそう言うと、彼は空いている手で口を隠していた。耳まで真っ赤になっていて、やっぱ可愛かった。


「うぐっ……そう言う陸は、楽しみじゃないのか」


「としくんと一緒なのに、楽しみじゃないわけないでしょ」


「陸の方が百倍、可愛いだろ」


 そう言って更に赤くなっていているのを見て、僕よりもとしくんの方が可愛いのになと思った。


 僕たちは園内をなんとなくで回っていた。そこで僕はとても興味のそそるものを発見してしまった。


「としくん! お化け屋敷だって、入ろう!」


「――――や、その、今度にしよう」


「今度って?」


「今度は今度だ」


 僕が誘うとお化け屋敷の方を見ずに、間髪入れずに拒否してきた。あー、そうか……なるほどそういうことか。


 僕は嫌がっているとしくんを少し揶揄うつもりで、ニヤニヤしながらこう告げた。


「へえ〜。怖いんだ?」


「こわかねーよ! その、陸が怖いんじゃないかって思って」


 案の定、彼の声が裏返っていた。その光景を見て僕はなんだか、もっと揶揄いたくなってしまった。


「僕は平気だよ。あっ、でもここのお化け屋敷って相当怖いって有名らしいよ」


「そ、そうなのか……」


 どうしようと彼が考えている時に、お化け屋敷から悲鳴が聞こえてきた。それを聞いたとしくんは、ビビっていてそれが可愛く見えた。


 でもな……流石にこの辺でやめておくか……若干涙目になっている彼を見て、気が引けてきた。


 そんな時だった。としくんは何か意を決して僕の両手を握って、一生懸命に目を潤わせながら言ってきた。


「よしっ! 腹は括った! 一緒に入ろう!」


「大丈夫なの?」


「おう! 男に二言はない!」


 そして二人で手を繋いでお化け屋敷へと足を運んだ。僕は初めて入ったけど、こんなものかと若干冷めた目で見ていた。


 おばけの作りもチープだし、確かに怖いけど悲鳴をあげるほどじゃないな。床や壁についている血や、急にくる生暖かい風も作り物だし。


 しかし、隣で歩いている彼は縮こまりながら体を震わせていた。時々悲鳴なのか断末魔なのか分からないような声を出しながら。


 なんか心なしかいつもよりも、背が縮んでしまっているような感じがした。そこで僕は自分でも驚くくらいに、脅かしたいという気持ちが芽生えてしまった。


「としくん」


「ひゃあ! 陸か、ビックリした」


「――――としくん、実はここにいる僕はおば」


「ぎゃあああああ!」


「ちょっ! ちょっと待って!」


 僕は驚かさそうとすると、彼は相当にでかいボリュームの悲鳴をあげて走って行ってしまった。


 僕は彼を追いかけて行こうとするが、僕みたいな隠キャには追いかけることはできるはずもなく。


 気がつくと彼の背中はみるみるうちに、見えなくなってしまう。僕は時々脅かしてくるおばけたちを、より過ごしながらため息をつきつつトボトボと歩いていた。


 ちょっと脅かしすぎたかな……。急に不安になってきてしまった。中学生の時とかも、修学旅行で一人で適当に時間を潰していたのを思い出した。


 あの時は孤独だとか、友達が欲しいとか特に思わなかった。でも今は……僕はできるだけ他の人の邪魔にならないところで、しゃがんで自己嫌悪に陥ってしまっていた。


 ちょっと調子に乗ってしまって、ひとりぼっちになってしまった。一人が寂しくないわけがない……ただ、としくんみたいな友達ができてもいなくなってしまうんじゃないか。


 そう思ったら友達を作るということが、怖くなってしまったからだ。きっと、もう一度同じようなことがあれば今度こそ立ち直れないと分かっていたから。


「――――寂しい」


「陸! ごめん、置いて行っちゃって!」


「としくん!」


 僕が一人で落ち込んでボソリと本音を呟くと、彼の心配するような声が聞こえてきた。僕は彼の姿が見えた途端に、思わずよ飛びついてしまった。


 その流れで僕は、彼の腕の中にすっぽりと収まってしまった。そんな僕を何も言わずに、彼は優しく抱きしめてくれた。


「ごめんな、置いていって」


「ううん、僕のほうこそ。悪ふざけしてごめん」


「いや、俺もなりふり構わずに置いて行ってしまったから」


「そういえば、よく僕がここにいるって分かったね」


 僕がそう聞くと彼は、一瞬バツが悪そうな表情になっていた。そして、少しおどおどした様子で教えてくれた。


「それは陸の鳴き声が聞こえたから」


「えっ? 僕、泣いてないよ」


「えっ? だって、涙……」


 彼に指摘されて自分が、涙を流していることに気がついたが声は出していない……。僕はしゃがみ込んでいたところは、人目につきにくい死角だった。


 そのため少なくとも、僕がそこにいた時は誰もいなかったはず……。僕と手を繋いで上機嫌になっている彼には伝えないことにした。


「あー。そういえば。声出てたかも」


「陸が泣いている時は、俺は何があっても一番に駆けつけるから」


「う、うん。ありがとう」


 ということでその場は何にもなかったかのように振る舞った。どこからともなく、男の子の鳴き声が聞こえてくるという噂がある。


 ということを後日知ったが。彼には黙っておくことにしたのはまた別のお話である。

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