第十話 激戦


 月光を浴びつつ、わたしは勇者の立っていた場所を見つめる。粉塵が舞っているせいで、視界が晴れない。生死の有無もわからない。確実に仕留める為に爆発系の魔法にしておいたが、こうしてみると失敗だったかもしれないと思い返す。次回からは要改善だ。


 実は先程の状況、ある程度想定はしていた。魔法を撃ってくることも。わたしはいつも、相手の行動パータンを想定してから、作戦を行うことにしている。

 今回の勇者にだってそう。この町を使った罠だって、罠だと気付いた瞬間町ごと爆発されることすら想定していた。先代の勇者が魔王城ごと魔王を圧殺しようとしたくらいだ。あり得ないことではないと思っていた。ミルド砦の副官君からの報告で、可能性は低いとはわかっていたけどね?

 けれど、やらないよりはやる方がいい。わたしはそう考え、行動し、四天王ここまで登り詰めたのだから。

 想定することが弱いわたしにできる数少ないことだから。


 わたしは改めて粉塵に隠された勇者を見つめる。何らかの拘束をとく手段を、勇者が持っていないとは限らない。ここで警戒を怠るのは馬鹿のする所業だ。ミルド砦の指揮官のあのクソ野郎みたいな。ちっ何が『俺の女になれ』だ。何故わたしがお前みたいなゴミのーーー

 わたしは思考を切り替え、前方に集中する。視界が晴れ、血塗れになりながら立つ勇者が現れたから。


「キャハッ☆あっれぇ~☆勇者ちゃん、生きてたんだ~☆てっきりもう死んじゃったかと思ってたよ~☆」

加速アップテンポ15フィフティーン


 何らかのの方法で拘束をといたであろう勇者が、わたしに斬りかかって来る。速い。確かに速い。けれど、使


 ギーーーン。と、金属どうしがぶつかる音が響いた。


「ん~☆勇者ちゃん、それ、さっきも使ってだよね~☆ごっめぇ~ん☆わたし、見慣れちゃった☆」


 嘲るように、見下すように。絶望してくれれば万々歳。怒り狂ってくれれば尚良し。

 戦いにおいて最も必要なものは冷静さであると思っている。

 今も勇者による連撃を長く伸ばした五本の爪で受けているわけだが、決して焦ったり不快感を覚えたりしないようにしている。その感情が判断に支障をきたすから。

 さて、正直言って、勇者の攻撃は重い。腕がびりびりとくる。筋力は低くとも、振り下ろす速度が速ければ、それだけで剣撃は重いものとなる。

 それでも不敵な笑みを崩さない。それだけで勇者は勝手に焦っていくから。


「ガァ!!!」


 後ろから、勇者の首筋へと、先程まで少女だったヴァンパイアが飛び掛かる。

 もちろん捨て駒だ。

 わたしは勇者が少女へと斬りかかるその一瞬。わたしへの連撃が止んだ瞬間を使って、魔力を一気に溜める。

 わたしには魔力も余りない。だから、使うのは眷族犬達の魔力。わたしの全眷族から1%程ずつ徴収し、溜め込む。わたしの眷族は多い。だから、それだけでわたしの全魔力の数十倍もの魔力が集まる。


「キャハッ☆し、ん、じゃ、え☆」


 そして、一気にぶっぱなす。


 魔力の奔流が、壁を突き抜け、天井を突き抜け、大きな穴を開けて消えていった。


加速アップテンポ20トゥエンティ


 勇者は生きていた。ゆらりと姿を現し、またわたしへときりかかってくる。放つ直前に聞こえた、あの声。それをきっかけとして、勇者の攻撃は、さっきよりも速く、重くなっている。そう、わたしでは受け切れない程に。


 じゃあ、受けなければいいのだ。


 わたしは羽を広げ、夜空へと飛翔する。ここから先、行うのは魔法戦。肉弾戦など、出来ないならばやらなければいい。

 さらに言うならば、勇者の天啓『加速アップテンポ』は、速度強化を行うもの。飛翔する相手に対して攻撃を行えるものではない。

 このままでは防戦一方となる。さて、勇者、貴女はどうする?


「空を飛ぶ敵。一応対処方法は考えてあったんだよね。まさか、使うとは思ってもいなかったけど」


 勇者はわたしの魔法を避けつつ、詠唱を唱えだす。


「『聖なる衣。光のヴェール。神よ我らをお守り下さい』」


 この詠唱式は、結界?、、、まさかっ!?

 わたしはかすかに聞こえた詠唱を警戒し、飛翔する高度を上げた。


「『略式聖結界』」


 勇者は、自身のに結界を生み出し、勢いをつけ、ジャンプ。そして、結界を踏み台とし、そのままわたしへと一直線に飛び掛かってきた。


「っ!」


 わたしは間一髪で避けるも、首筋が少し裂け、血が吹き出す。剣身が淡く光っていたところを見るに、恐らく聖属性でも付与されていたのだろう。

 だがよけた以上、勇者は制御が効かず、落ちていく他ない。


「『聖なる加護を我に』『多重展開・聖護壁』」


 夜空に浮かび上がる無数の淡く光る薄い板。

 嗚呼、足場を作られた訳だ。

 その足場を使い、斬りかかって来る勇者を往なしつつ、

 わたしは魔法で無数の板を消し去って行く。脆く、一度触れるだけで割れていく板。けれど、その分恐ろしい程に数が多い。


「『聖なる光。闇を払いて。神が尊き威光を示す。聖気をもって、今悪を打ち倒さん』『略式聖光滅裁波セイクリッドジャッジ』」

「『宵闇の衣ブラックヴェール』!!!!!」


 勇者を中心とし、全方位に広がる光から、とっさに身を隠す。略式とはいえ聖属性の上位魔法。弱点属性でもあるそれを、侮ることはできない。実際、魔法で光を遮ったにも関わらず、わたしは全身がヒリヒリと火傷を負ったように痛む。


「あっれ~☆勇者ちゃん☆そんな大技使っちゃって大丈夫?魔力切れちゃわないかな☆しんぱ~い☆」


 たっぷりと嘲りながら、魔力を眷族どもから徴収する。


「お返しだぞ☆『漆黒魔流ダークイレイザー』」


 詠唱は無し。けれど、魔力の暴力により無理やり威力を引き上げた魔法が、勇者に殺到する。


 勇者は避ける。避ける。避ける。その速度を生かした機動力で、わたしの魔法を避け続ける。足場をが少なくなれば継ぎ足し、ときにはアクロバティックに、ときにはフェイントをかけて、全ての攻撃を避けていった。


「ふぅーーーーーーー」


 わたしの連撃が止むと、勇者は大きく深呼吸し、息を吐いた。


「吸血鬼さん。名乗ってなかったね。私はエルカ・ノール・リレート。勇者であり、神官の一族の出。貴女は?」

「ん~☆急に名乗り出してどうしちゃったのかな☆もしかして戦い過ぎてお馬鹿になっちゃった?」


 真剣な目で見つめてくる勇者に、あえてお茶らけて返す。けれど、勇者の表情はピクリとも揺れない。


「いや?違うよ。ただ、そろそろ魔力が少なくなってきてさ。だから、そろそろ奥の手でも使おうかなって。それで、別れの挨拶ってやつ?」

「キャハッ☆キャハハハハッ☆まだ勝ってもないのに勝利宣言?キャハッ☆面白いねぇ☆勇者ちゃん☆やれるもんなら、、、やって欲しいよ~☆私はキャロル・エンピローサ☆勇者ちゃんって神官の一族なんだね☆じゃあ、今から言う言葉が本当か嘘か、魔法でわかるでしょ?当ててみてね☆私はーーーーーーーーーー」


 さて、勇者。そちらが全力でくるというのなら、わたしも全力でいこう。どんな手を使ってでも


















☆」




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