修行

「…………」

「生きてるな。よし、治すぞ」


 数分なのか、それとも数日なのか。

 シャドウは耐えた。地獄の苦しみを、命を賭けて。

 ぼんやりと聞こえるのは師……ハンゾウの声。


「詰まった魔力を全部出した。魔術回路も拡張した。もう魔力が詰まることもねぇだろうよ。感じるか? お前の中に溜まりに溜まった魔力が外に出て、今再び新しい魔力が溜まり始めている……きったねぇドブ沼の水を抜いた後、綺麗な水が溜まるようなもんだ。今は魔術回路も拡張してるし、本来魔力が放出されるはずの『魔穴』も全部開いた。もう詰まることはない……」


 意味が理解できない。

 ただ、ハンゾウの優しい笑みが見えた。

 そして、ハンゾウが魔法……『忍術』を使い、シャドウの治療をしているのもわかった。

 ハンゾウは優しく微笑み、倒れているシャドウの頭を撫でた。


「よくやったな、シャドウ」

「…………」


 誰かに褒められるなんて、初めてだった。

 師の武骨で大きな手は硬い。でも……慈愛に満ちていた。

 この日から丸一日、シャドウはぐっすり寝てしまい、起きることはなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。

 シャドウが目を覚ますと、これまでにないくらい体調が良かった。


「……おお」

「気分いいだろ? 魔力ってのは常に体内を循環している。基本的に魔法師は身体が強いんだ。怪我しても治りは早いし、病気の抵抗も強い。お前の場合、魔力の質がめちゃくちゃ高ぇから、調子もめちゃくちゃいいはずだ」


 座り込み、鍋をかき混ぜるハンゾウだ。

 ハンゾウはお玉で野菜スープをよそい、シャドウに渡す。


「食え。腹減ってんだろ?」

「……ゴクリ。い、いただきます!!」


 シャドウは、猛烈に空腹だった。 

 こんなに空腹なのも人生初。何もかもが新鮮だ。

 一杯じゃ足りず、何杯もスープをおかわりし、ようやく腹が膨れるころには、大鍋がすっからかんになっていた。


「かっかっか!! いい食いっぷりだ」

「あ……ご、ごめんなさい」

「気にすんな。さて、少し休んだら早速修行の開始だ。シャドウ、お前に忍術を叩きこんでやる」

「……はい!!」


 シャドウは、これまで出したことがないような明るい声で、返事をした。

 食休みを終え、いつの間にかハンゾウが用意していた修行着に着替える。

 洞窟の前で、ハンゾウと向かい合った。


「お前に仕込むのは忍術、武器術、体術、その他諸々……まあ、ぶっちゃけて言うが『暗殺者アサシン』になってもらう」

「あ、アサシンって……俺が?」

「ああ。まあ、今は何も考えず身体を使え。まず最初にやることは……魔力の操作だ」

「魔力操作……」


 シャドウは、ハーフィンクス家に長くいた。

 なので、姉や妹が魔力操作の練習をしているのを何度も見ていた。


「魔力操作、ってのはわかるか?」

「はい。えっと……魔法師の身体には常に魔力が血のように循環している。その魔力を自分の意志で操作する術……ですよね」

「そうだ。魔力ってのは可能性の塊だ。身体機能を強化して戦う『魔法剣士』や、自分の魔力を他者に送り込んで強化する『付与士』とか、魔力で治療する『治療士』とか、魔力でいろんな物を作る『想像士』……とにかく、魔力は何でもできる」

「すごい……」

「それらのジョブ、全てに共通するのは、魔力操作だ。基礎中の基礎だな」

「それを覚えるのが、第一歩……って、ことですね」

「そーいうこった。説明はこんなもんだ。さて、シャドウ……お前の魔力詰まりは解消した。今なら感じるだろ?」


 シャドウは、自分の魔力を感じていた。

 意識すればわかる。身体に一枚の膜が張ったような、妙な心地よさを。


「オイラの指を見な」


 ハンゾウの指先には、魔力が宿っている。

 指先から細長い魔力が伸び、先端が変化していく。


「魔力の精密操作訓練その一……魔力の形状変化、そして硬質化だ」


 魔力の先端が、鍵のようになった。

 そして、ハンゾウの足元にある木箱を開け、ありふれた鉄の錠を取る。


「この木箱に、扉の錠が百個入ってる。魔力操作で指先に魔力を集中させ、先端をカギに変化させ、硬質化……」


 カチャリ、と……魔力だけで鍵が開いた。


「す、すごい」

「お前にはこれをやってもらう。鍵穴に魔力を差し込み、形状を把握し、先端を変化させ、硬質化させ、鍵を開ける……簡単だろ?」

「か、かんたん?」


 神業の間違いでは? と、シャドウは言いたかった。

 シャドウは試しに鍵を手に取る。


「指先に集中……」

「コツは、魔力を身体の一部と思ってイメージすることだ」

「……イメージ」


 すると、シャドウの指先から魔力の糸が伸び、太くなる。


「変化のコツもイメージ。硬化もイメージだ。考えれば、魔力はその通りに動く」

「…………」


 鍵穴に魔力の糸を入れ、中を探る……が、それで集中が切れ、魔力が散った。


「あっ」

「まあ、すぐにできるとは思ってない。少しずつやりな」

「は、はい」


 この日は結局、鍵を一つも開けることができなかった。

 そもそも、南京錠の仕組みを理解しないとできないし、魔力を伸ばすことはできるが、先端だけを器用に変化させたり、硬化させるのがあまりにも難しかった。

 南京錠の数は百……これらを、魔力だけで全て開ける。

 魔力の精密操作は、あまりにも難易度が高かった。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。


「今日は、魔力の維持だ。まあ、こいつは簡単だ……ほい」


 ブワッ!! と、ハンゾウから魔力があふれ出た。

 ギョッとするシャドウ。


「この状態で一日過ごせ。飯食ってる時も、トイレ行ってる時も、寝る時もだ」

「そ、その状態で? よし……!!」


 シャドウも魔力を解放する。

 力み、身体の内側から外側へ魔力を放出するイメージだ。そうすると、魔力がドバドバと流れていく。

 シャドウの魔力量は恐らく世界一。この程度の放出なら……と、思っていたが。


「ぜっ、ぜっ、ぜっ……あ、あれ」

「魔力の放出に身体が付いていかねぇんだな。ま、これも繰り返せばいずれ慣れる」


 魔力は余裕……だが、生身の身体が貧弱で、長時間の魔力放出に耐え切れなかった。


 ◇◇◇◇◇◇


 翌日……筋肉痛を堪え、やって来たのは大きな湖だった。


「ここは、オイラが修行用に作った『水たまり』だ」

「み、水たまり? どう見ても湖ですけど……」

「デカい穴掘って水入れただけだ。ここでやる修行は、魔力の放出だ」

「放出……? それ、昨日やったやつですよね」

「あれは放出じゃなく、魔力のスタミナを鍛えるのが目的。こっちは魔力を一撃で大量に放出する訓練だ。ほれ、あそこ見ろ」


 湖……ではなく、水たまりの中央に足場があった。

 泳いでそこまで移動し、ハンゾウが水たまりに手を触れさせる。


「───破ッ!!」


 ハンゾウの手のひらから放たれた魔力が、水中で爆発し一気に爆ぜた。

 一瞬だけ、水たまりの底が見えた。


「魔力を放出し、水たまりの底まで見えたらよし……やってみろ」

「は、はい」

「イメージは、体内で練った魔力を、一気に放出するイメージだ」

「イメージ……とにかく、イメージですね」


 水に手を触れさせ───一気に放出する。


「はっ!!」


 ぱちゃん……と、情けない音が響いた。

 魔力の練りが足りず、放出の勢いも足りず、泡が発生しただけ。


「ま、最初だしな」

「……」


 この日、ほんの少しの泡だけしか発生させることができなかった。

 

 ◇◇◇◇◇◇


 翌日。


「今日は体力作りだ。まあ、マラソン、筋トレをしながら、お前に体術、武器術を仕込む」

「体術はともかく、武器術……剣ですか?」

「剣もあるが、メインはこれだ」


 ハンゾウが取り出したのは、四つの刃が付いた黒い金属だった。


「手裏剣、投擲武器だ」

「投擲武器、ですか」

「ああ。まず、こいつの訓練だ。百発百中どころじゃねぇ、万発万中レベルで使いこなせ」

「え……」

「もちろん、体術と他の武器術も同時進行で鍛えていく」

「あ、あの……そんおシュリケン、でしたっけ? そんな武器、初めて見ました」

「そりゃ、この世界にはないからな。まあ、本当の忍者も手裏剣なんて使わなかったらしいが……まあ、カッケェしない」

「……はい?」

「き、気にすんな!! とにかく、まずは的当てだ!!」


 シャドウの修行は、順調に続いた。

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