第14話

 翌日、施設は殆どが焼け落ちていた。ファムとシドは、門の正面で奥を見つめている。


 遠くからカラカラと何かを引き摺る音がする。フードを目深に被った一人の男が、ゆらりと幽鬼の様に揺れながら、こちらに歩いて来ていた。

 引きずられている剣には、こびり着いた赤黒い血や、鮮血が滴っている。

 やがて門を潜り、二人の前に辿り着き止まった。


「ふふふ……やってくれたなぁ……。お前ら、ただ殺すだけじゃ終わんねぇぞ」


 シドは、男を正面で見据えると口を開いた。


「施設の一番豪華な個室で、ほのかにユグニタイトの匂いがしたで……。二人しか飲むヤツいねぇんだ、作るの辞めちまえよって、何度言ってもアンナ姉は辞めへんかった。喜んでくれる人がいる限り作るよってな。あの日、アンナ姉が最後に淹れたコーヒー…………。

 知ってるか?嫌いなモンは、身体が過敏に反応すんだよ。ソムリエどころじゃねぇぞ。身体が拒絶すんねん。すぐわかる。こんな所で、こんな臭え匂いしたらもう確定じゃねーか! ……サラス!!」


「……。ふふふっ……あーっはっはっはっ!! ただのバカじゃなかったんだなぁ! あはははははっ! でも、ここにわざわざエルフを連れてきた。やっぱりただのバカだなぁー!!」


「勘違いすんなや。連れてきたんちゃうねん。お前を殺しにきたんや……。【ファントム】」


 シドのナイフと、メフィスの持つ剣が弾け合い無数の火花が散る。


「あはははは! これでやっとお前を殺せるぞぉ!! あはははは!」


 シドが笑う。


「右足ぃ! 右肘ぃ! 左手首ぃ!!」


「!?  ひひっ……。あーっはっはっは!」


 メフィスも笑う。


 嵐のような剣撃の中、シドのゴーグルが吹き飛ぶ。


「何で! 左足ぃ! 当たらへんのや!?」


「いーっひっひ『頭ぁ!』」


 弾かれる。


「顎ぉ!」


 弾かれる。


「左足ぃ!」


「っ!!??」


「左腕ぇ!」


「があっ!?!?」


 たまらずメフィスが距離を取る。

 メフィスの脇腹に、浅く無い刺し傷が出来、右手首が落ちていた。


「がああぁぁぁっ! て、てめぇぇえ!!」


 シドが俯く。肩が揺れる。顔を上げるとそこには歪な笑顔。


「あーっはっはっは! 自分の手を喋るアホなんておるわけないやろぉー! あーっはっはっは!!」


「ダークレイ」


「があっ!!」


 シドの左腕が消し飛ぶ。


《っつ!! 意思の力ご都合主義!》

〈ズリュ〉






「……ヒール」


 メフィスの流れ出る血が止まった。




「カモられちまったなぁ……」


「はぁ……はぁ……お前が単純で良かったよ」



「…………ひひひっ。シドよぉそいつぁ【至死の力命の賭博】じゃねぇか。落ち窪んだ目、開いて赤くなった瞳孔。ひひひっ、お前……残機あといくつだぁ?」


 愉悦に歪んだ瞳。勝利を確信したのか、ニヤけた口元を隠せない。


「!? シド!! あなたっ!!」

《シドのギフト!? どういう事!?》


「俺も長い間生きてきたが、見たのは2人目だ。 腕を飛ばして、生えてきたらまた飛ばす……。そいつの残機は知らねぇが、段々と今のお前の様な身体になっていったよ。最後は再生途中で死んじまったなぁ。【至死の力命の賭博。自分の意思と、命を賭けて使用者の想いを現実にする。賭けた生命力は戻らず、最後は神の元に召される】だったかぁ? いひひひっ賭博狂いのお前にはお似合『黙れサラス!!』」


 シドが手のひらを向け、後ろから駆け寄って来ていたファムを止める。


「っ!? でも!!」


「ファム!!」


「………」


「サラス……いやメフィス。俺は、お前を殺して生き残って、ファムと一発◯るんだよ! 童◯のまま死ぬワケねぇだろが!! 【ファントム】!!」


 シドが、メフィスの眼前に移動する。


 目に見えぬ程の斬撃、そのどれもが致死の一撃。ファムは黙って見守るしかない。


「ひひひひっ! どぉ見ても! 末期じゃねぇかぁ!! ひひひひっ」




「シド!!」

 

 シドが後ろに飛び退いた。


「ホーリーバインド!!」


 メフィスを中心にして、足元に巨大な魔法陣が現れる。魔法陣を割りながら、金色に光る蔦がメフィスの足を絡め取ると、すぐに蔦とメフィスの下半身が癒着して、蔦が鈍い光を放つ。



「!? エルフ! てめぇ!!」


「はぁ……はぁ……。シド……」


「よくやった。ファム」


「はぁ……はぁ……、何しやがった! う…うぁ……」


「ザマァねぇなぁメフィス。ソレから逃れるには、下半身ごと千切るしかねぇぞぉ? ヒールで止血したとして、上半身だけで生きれるワケねぇよなぁ? ひひひひっ」


「……。あなたは、そのまま魔素を吸い尽くされて死ぬわ。私たちの、いえ、あなたに殺された全ての人に懺悔しながら死になさい……」


「っ!? まだ! まだだ!!」


 メフィスの左腕が、折れてしなりながら伸び、ファムに向かう。


 一筋の光が通った。


「ぐああぁぁぁぁー!!」


湿った鈍い音を立てて、歪に伸びた右腕が地面に落ちる。


「俺のファムに触れさせるワケねぇだろが」


「はぁはぁはぁはぁ……。ひひひっ……ひひひひひひっ……」


「……!? ファム! 気をつけろ!!」


「ブラッドニードル!!」


 瞬間、メフィスから赤黒い巨大な棘が、うねりながら360°無数に伸びる。


「いやぁああああー!! シドっ! シドおぉぉぉぉぉー!!」


 射線上のファムを庇ったシド。


「ぐっ……。ごぽっ……」


 棘はファムを庇ったシドを貫き飛ばし、腹部に突き刺さっていた。鮮紅色と赤黒さが混じった血を吐き出す。

 収縮し、棘が抜かれたそこには、夥しい量の血が広がっている。



「………!!」

「おねが…!! ……!!」









《これ……アカンやつやな……。音も……。目も……もう殆ど見えへんか……》


《ふぅっ……。フラグ回収はっや……》


 シドの頬に落ちる涙。


《あー。泣かしてもうた。こんなクズの為に泣くなや……。もう殆ど……残ってるワケねーよな……。



じゃあコレしかないやろ……。死ぬ程痛いかもしれへんけど……堪忍な……》



 シドが、震えながら後ろから抱き留めていたファムに向き合う。その瞳に殆ど光は宿っていない。








 




 ファムの胸に、シドの手が突き刺さった。


「えっ……!?」






 抜かれたその手には、ファムの心臓が。


 鉛色の鎖の様なモノが巻き付いている。


 ファムは両目を見開き、口から一筋の血を流す。


「なん……で……」


 シドが、心臓と鎖を握り潰す。同時にファムの隷属の首輪が、サラサラと崩れ落ちた。










「っがああああーーっ!!」


「!?」


 シドが吼え、自身の胸に手を突き刺した。

心臓を引きちぎり、そのままファムの胸へ。

 弱々しく明滅すると、ファムの胸の孔は塞がれた。


 力無く落ちる腕。

 

 瞳を閉じ、もう動かないシドの顔がそこにあった。

 シドの隷属の首輪が、サラサラと崩れ落ちる。



「はぁはぁ……【深淵の障壁】ぃ!」


「はぁはぁはぁ……。ひひひひひひひ この中じゃあ大分効力が落ちる様だなぁ! はぁはぁ……」


「レイ」


 ファムの放ったレイが弾かれる。


「ひひっ! いひひひひひひ! 闇の障壁にも効かない水鉄砲が効くワケないだろぉ! シドは死に、お前もこの蔦の発現で満身創痍だろぉ?……時間はかかるが、蔦を枯らしたら……次はお前だぁ! ひひひひひひっ! シドの野朗、盛大にフラグ回収していきやがったな!」



 ファムの背中から光が溢れ、ガラスの割れる様な音が響き渡る。

 ファムの背中に、6対の巨大なステンドグラスの様なハネが生えた。

 神々しささえ感じるソレは、ゆっくりと、しなりながら動いている。


 ファムはそのままペタンと地面に座り、

動かないシドを、優しく膝に抱いた。


 血に濡れた手で、優しく髪をなでる。


「シド……。私のシドぉ……。肝心な時にヒールも使えないクズ女。こうなるんなら、蔦なんて使わなきゃ良かった……」


 虚な瞳で焦点など合っていない。小さく丸まった背中は僅かに震えている。


 やがて震えが止まり、膝に抱いたシドの唇にキスをした。


「きヒヒヒヒヒっ……。疲れて寝ちゃったのね……。シド、人は死ぬとね、無になるの。天国へ行って……地獄に落ちて……なんか無いの。輪廻転生なんかもないのよ? だから、私はあなたを死なせないわ……。ふふっ、暖かい……。生きている証拠よ。ヒヒヒヒヒヒヒヒっ……。帰ったら家を建てましょ! 私達の家! こ、子供は、あなたの言う通り十五人ね! が、頑張れるかな? ふふふふふふっヒヒヒヒヒッ……。そうね。だいぶ寒くなってきたわね。早く帰りましょう。サヴァの森は『ダークレイ!』」



 キューブが自動的にメフィスの放つダークレイを弾く。


「あなた……。まだいたのね? ほら、早く森に? お帰りなさい?」


「クソぉエルフぅー! 何、頭ハッ◯ーセットになってやがる!! シドの次はお前だ! はぁはぁ……てめぇが『レイ』」


 弾かれる。


「そんなモン効くワケがねぇだろぉ! 蔦で拘束してきた時は、肝を冷やしたが……。へへへへっ、こんな蔦枯らすのなんざ時間の問題だ! シドのヤツも、とんだ無駄死にだな! こんな頭のイ『レイ』」


 弾かれる。


「黙れ人間。誰の許可を得て発言している。あまつさえ、シドが死んだだと? ふっ……。ぷくくくっ。冗談は顔だけにしときなぁ! ふぇっふぇっふぇっふぇ! ……ふふっ……あはははは!!」


「ブラッドニードルぅ!!」


 ファムのキューブに弾かれる。


「あなたと、水鉄砲で遊ぶ趣味なんて無いわ」

 

「クソエルフぅ……!! てめぇなんてタダのクズだ!」


「ええ。そうね」


「わざわざ、シドを殺しにここに来たんだろう? シドは死に、俺の事は殺せない!! アイツを殺したのはお前だ!!」


〈カチッ〉


 何かのスイッチが入る音。


「……でなぃ……。死んで無い……」


 周りの空気が重くなる……。風が止まり、周りの草花が萎れていく。


「見てみろ! ソイツは呼吸してんのか!? 

胸の鼓動はぁ!? もう冷たくなってきてんじゃねぇのか? あぁ?」


「……息は…止めてるのよね? ちょっと冷たいけど……冷たいけど……」











「シドは……死んだのね。こんなよくわからない土地で、こんなクズ女に連れて来られて……。こんな、クズ女の為に残りの命を使って……。こんなクズ女に、…………全てを託して!」


 ファムがメフィスを睨みつける。透き通る様な翡翠色の瞳は瞳孔が開き、中心は紅く染まっている。


 大気と地面が震え、周囲の生き物は皆、地に伏した。虫も、魔物も動物も、動くものは何も無い。草花は枯れ、木は崩れ落ちていく。


 細かい模様の様な文字が描かれた、数えきれない程の魔法陣。そこから生まれるキューブ。

 数万、数百万個では生ぬるい。晴れた空が曇天に変わる程の、夥しい数のキューブが空に浮かんでいた。









 標的は只一つ。












「オーバーレイ」











 一瞬の沈黙の後、始まる地獄。

 弾かれたレイもキューブに跳弾し、また障壁へ向かう。

 閃光と火花と跳弾音。それ以外の存在を否定する圧倒的な暴力。

 


「お前の存在を、アストラル体まで紐付けしてある。何をしようが絶対に逃がさない。もう、私の手を離れたの。魔力も空気中から自動補充される。完全な無になり消滅するまで終わらない……」


 ファムの身体が、粒子に分解されていく。


「代償は、数百年ってとこかしら。でも、もうどうでもいいわ……」


 ファムが、シドに覆い被さり抱きしめる。


「ごめんなさいシド。でも、一緒に来てくれるでしょ?」


 シドとファムが粒子になり、集まる。





 そこには、小さな淡く光る幼木のみ。




 土砂降りの様な跳弾音だけが、いつまでも鳴り響いていた。

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