第7話

 朝からいろいろあって、もう昼過ぎになっていた。こんな時間なのに公園には誰も居ない。


 二人はベンチに座った。


 優しい木漏れ日と、サワサワとした穏やかな風が流れている。


「シドは、私についてどこまで知ってる?」


「……真面目な話やな。どこまで、とは?」


「あなたはエルフについて、どう聞いているの?」


 ファムの揺れる瞳が、シドの目を捉える。

 シドもファムの目を見つめ返した。


「エルフ。筆舌に尽くし難い程の美貌を持ち、数千年を生きる種族。植物魔法と弓を操り、その戦力は一個大隊に匹敵し、死の象徴として人々に恐れられている。不老長寿の象徴ともされ、各国から多額の懸賞金が掛けられているが、捕えられた事は無い……」


「……レイが弓矢だと思われたのね。そんな私の……奴隷にしてしまった。ごめんなさい」


「謝んなや」


 シドが、真剣な眼差しでファムの目を見つめる。


「初めはワケもわからんとなったけど、今は……悪く無いと思ってる」


「……。隷属の首輪。外す事も出来るわ」


「いらん。姿消す気か。俺はお前について行く。奴隷でも何でも良い。そもそも、こんなチンケな誓約なんぞあって無いようなモンや!!」


「チンケって……。人間に使える魔法レベル超えてるんだけど……」


「俺は、お前に惚れとんねん。側におらせてくれへんか?」


「…………と、と、友達から! 友達から!!」


 顔を赤らめて慌て出すファム。


「空ぁー!! なんやねんウブいやんけアカーン!!」


「……ふふっ。私、シドと出会えて良かった」

〈ニコっ〉


「て、天元突破ぁー!!」

〈ガクっ〉


「シド?」


〈ぼそっ……〉

「……意思の力……リリース。ベット5……。距離障壁……アンチェイン」


「シドの言っていた事は、大体合ってるわ。でも、違う所もある」


「……はっ!?」


 ファムににじり寄ろうとして固まるシド。


「長くなるけど……聞いてくれる?」




 長閑な風景の中で、

その空間だけは緊張を纏っていた。











「私はね。人間が言うところの天使なの」


「知ってる」


「天使よ?」


「女神」


「本当に天使なの。そして煌樹は私よ」


「?」


「私はね、死ぬとその地で煌樹になるの。そしてまた生まれる……。人間が【煌樹林帯】と呼ぶ場所。そこにある木々、一本一本の場所で私は死んだわ」


「私は神に契約させられた」


 ファムの首に隷属の首輪が現れる。


「おまっ、それ……」


「あなたと同じよ。隷属の首輪。普段は不可視化しているの。それともう一つ」


 ファムが胸に手を当てる。


「蓄積の鎖よ」


「……。契約内容は?」


「【地上に溢れる魔素を浄化し、清浄な大地へ戻す事】。悪意も魔素の一つなの。鎖が肥大して心臓を破裂させる、若しくは限界まで魔素を使うと死ぬの……。蓄積したそれらが多いほど早く、そして大きな煌樹になる。そして私が生まれる。これの繰り返しね」


 シドの瞳が揺れる。


「煌樹林帯が在る場所はね、理由があるの。西は人間の生活圏内ね。私は人間の街には居られない。欲望にまみれた目、利用しようとする悪意。東はSランク以上の魔物の生活圏内。捕食しようという悪意もそうだけど、私は魔素タンクみたいなもの。どの魔物も目の色を変えて襲ってくるわ。結果的に、私が住めるのはどちらでもない狭間だけなのよ。それに、煌樹は潤沢な魔素を宿しているわ。魔法素材としてはうってつけね。人間に伐採されていく。もちろん煌樹を食べる魔物もいる。幸いにも、煌樹には自動防御があるからそんなに減るペースは早くないけど……。煌樹が生まれても減らされる」


 ファムが俯く。


「明確な終わりもわからないの。世界の魔素を、煌樹に宿し尽くさないと終わらないかもしれない。人間も魔物も、分解される最小単位が魔素よ。生物を全て殺しきるまで、終わらないかもしれない……」


 ファムが両手を組み握りしめる。ため息をついた後に顔をあげた。


「生まれたての私は、そんなに魔素を持っていないわ。煌樹は、周りの魔素を少しづつ集める性質があるの。その力を借りて、暫く留まる必要があるわ」


 ファムがシドを見据える。


「あの時は、何も聞かずに待っててくれてありがと」


 シドは優しく微笑み返す。


「神は、人とは違う。悠久の時を生き、表情も忘れ、身動きすら殆どしない。自分の住処にノイズが混じる、消してこい。その結果、地上の全てが死んだとしても何も感じないでしょうね。神は……そうね、シドの想像通りな感じでしょうね。長い髪と髭を生やしたおじいさんでーーーーーー」


 白い髭の生えたおじいさんが、目の前を横切って歩いて行く。

 杖をついており、とてもスローペースだ。



「っ!? 俺のぉーー! こーの手がぁーー!!」


 シドの右手が眩しく発光している。


「はぁ!? 何それぇ!? 何で光ってんの!? 何!? 何しようとしてんのよー!!」


「いいぃぃぃーっけええぇぇ〈ガシっ〉」

「別人よ!!」


 ファムが、シドの首根っこを掴み止める。

シドの手が空を切った。


「なっ!? 避けたっ!?」

〈スパぁん!〉


「何なのよ!! もう!!」


 よくわかっていないのか、おじいさんが首をかしげてこちらを見ている。


「すいませんごめんなさいすいませんお騒がせしましたぁー!!」


 ファムは、シドを引きずり逃げるように立ち去った。





「……何故止めた」

〈スパぁん!〉


「別人だって言ってるでしょ!!」


「え? ちゃうの?」


「下界を、気軽に神が歩いてるワケないじゃ無い!! もぉおおおー! ……つ、疲れた……」


「宿屋行って休もうや」


「アンタはぁっ!! はぁ……そうしましょう……」


 シドがファムを見つめる。


「ファム。その神とやらは、俺がボコボコにしちゃる」


「……。ふふっありがと」

《無理よ。私ですら、もう2度と戻れない……》




《怒ってくれたのね。私の為に。……ありがとう。シド》















「…………首洗って待っとけや」



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