中嶋ラモーンズ・幻覚8

安保 拓

中嶋ラモーンズ・8

「生きて地獄を観るのなら、最後まで観てみたい。」


そう思うと、一人暮らしから結婚して二人暮らしだが、仕事が多忙な彼女とは海を見るくらいしかしてない。華やかな結婚式も新婚旅行も無く、いきなり家賃三万円のボロアパート暮らしだ。月の収入は、15万円くらいか?田舎の給料なんて、物価の高い東京と比べたら安いのかトントンなのかわからないが、彼女も一応、有名企業のエレベーター設計者の父親を持つお嬢様。短大卒で、こんなやぶから棒と結婚するなんて思ってもいなかったと思う。仕事もろくにできない?しない?頭も悪いが根性も汚いろくでなし。その前に、田舎には仕事はない。だから若者は、宮城県や東京へ、卒業と同時に就職する。


まるで、浜田省吾のマネーと言う曲のようにだ。俺も工業高校卒業と同時に就職で宮城県仙台市へ行った。オッズモニターの動きを観ながら、また場外馬券売り場の二階に上がり生ビールを注文した。横手やきそばと書かれた服を着る店員のおばちゃんから生ビールを手渡されると、泡をクイッと一口呑み、財布には帰りの電車賃と精神障害者保健福祉手帳に挟んである千円を残した。そして、そろそろ買った馬券の新馬戦のレースが始まる。そして酔いもだいぶ回ってきた…。


「中嶋さん。良く眠れてますか?何か不安なこととかありますか?」


白髪交じりの担当医から言われると、呟いたのは一言だけ。


「お金。生活するお金が無いんだっす。」


「お金のきちんとした使い方がわからないっす。


毎月、赤字だっす。灯油代我慢しては、ご飯が食べられねっす。ご飯を食べると灯油代がねっす。」


ビールも呑みたい。ラーメンも食べたい。煙草も吸いたい。でも我慢強くしろと一人暮らしの俺に母親や言う。そもそもなんでこんなに貧乏くさい生活をしなければならないのか?優秀な医者の貴方には分からないだろう。簡単な事だ。産まれた環境が違うだけだ。貴方がその昔、苦学生だろうと、持って産まれた頭が違うだけだ。世の中はお金が付いて回る。生きるのにもコストがかかる。だから俺はキリストの言葉を信じる。


「働かざる者食うべからず。」


水もお金だ。火もお金だ。お湯なら尚更お金だ。肉も野菜もお金だ。野草だけでは生きてはいけない。だから働きたい。でも働けない。ちまちましたギャンブルで生活を誤魔化している。真面目にやりたい。真面目になりたい。でも、社会生活を行うと厄介な話が付きまとう。笑顔で居たいのに、今からでも地獄谷から飛び降りようとする顔に一瞬で変わる。谷底は目の前に見える。生きるも地獄。死ぬ勇気も地獄。空の隙間から見える光だけが、今日も俺を押し倒す。


「生きろ!生きろ!生きろ!生きて地獄を観ろ。」


買い目は、こんな感じだ。14頭走る新馬戦の単勝オッズ10倍以下を切り捨て、残りの単勝に均等に賭けてレースを見守る。例えば、単勝40倍が来たら4万円ちょいになる計算だ。オッズは新馬戦だから荒れている。一番人気で4倍程だ。とにかく荒れてくれたら良いだけで、前に10万程手にしたこともあった。競馬新聞では荒れる予想で、軸馬が居なく3連複が美味しいと書いてあった。レースモニターを観ながらチビチビとビールを呑み発走の時刻を待った。このレースは人気が無いレースのようで、場外馬券売り場ではあまり人は並んで居ないよう、益々やる気が出てきた。狙い目は、60倍の8番フォルテだ。艶々と良い毛並みと尻尾をクルンクルンさせている歩き方は堂々たる風格だ。またチビリとビールを呑むと一番人気だけは、いけ好かなかった。余計な事をするなよと念を押したところで発走時刻となった。もう後戻りはできない。帰る頃にはクタクタなのかどうかは、この新馬戦次第だ。彼女には、午後にはアパートに帰るとメールで伝えてある。たまには、何処か自動車で出かけようと付け加えて。田舎に引っ越してきたんだし、何処か近場の温泉街にでも行こうと考えていた。


新馬戦のレースは呆気なく終わった。ダート逃げ切りで60倍のオッズがついた。早速、馬券を換金しに払い出し機械へ向かった。無職の俺に取っては貴重な六万円。場外馬券売り場の二階に駆け上がり、横手やきそばを頼んだ。競馬新聞は捨てるのが難儀なほど捨ててある。赤字マーカーで予想した物。ボールペンで書き殴りした物。くしゃくしゃの新聞。エロページ。俺はまた競馬新聞を拾い次のレース予想を立てた。なんとか午前中は、やり過ごすことが出来そうだ。もう帰宅しても良いくらいだ。とにかく腹が減った。横手やきそばは、まだかまだかと言うくらい時間が過ぎていき、また次のレースが始まるモニター画面が一刻一刻と変わっていった。ようやく食事の番号をおばちゃんから呼ばれると横手やきそばにありつけた。もちろん作り立てだ。


「横手やきそばは、蒸した麺の上に乗る目玉焼きが、白星で縁起が良いんだなー。そこにちょろっとオイソースをかけたらまた美味いんだよなー。」


決めた!今日は、後メインレースしかやらない。お金を無事家に持って帰ろう。決めた!今日は、彼女と何処へ出掛けよう。決めた。来週は、職業安定所に行こう。そう思いながら横手やきそばをすする。周りを見渡すと、そんな事を考えていそうな馬鹿な男があそこにもここにも居る。みんな一攫千金を狙う馬鹿な集まりだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

中嶋ラモーンズ・幻覚8 安保 拓 @taku1998

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ