第25話 さようなら

 その日の晩、たくさんの親戚が集まった。おばあちゃんにおじさんとおばさん。そして幼い従兄弟達。


 和室に敷いた布団にのせられた抜け殻になってしまった弟の姿を目の当たりにしてみんなで涙した。岳人と歳の近い従兄弟達は大声をあげた。彼らは夏休みや冬休みになると弟と一緒に遊び回った友達のような存在だったのだ。

 

 みんなで岳人を弔う為の晩餐をとる。お父さんが弟の冥福を祈る言葉と、駆けつけてくれた人達への感謝の気持ちを現す挨拶をしてそれは始まった。


 正直、気味の悪い時間だった。みな岳人の死を惜しんでくれたし、残されたあたし達を励ましてくれた。大人達の空気は意外と明るかった。それが居心地を悪くさせたのだ。なぜ、泣いてくれないのだろう。黙って弟を想ってくれないのだろう。励ましなんて前向きな動きはいらない。ただただ、悲しみにふけって欲しいのに。


 大人達はお酒がすすむほど表情が緩んでいく。笑い声さえ聞こえてくる。知っている。みな優しいのだ。だから、下を見続けるあたしに声をかけてくれるのだ。でも、そんなのいらないよ。弟にだけ話しかけてくれればそれでいいよ。大人達に混じって従兄弟も声をかけてくれる。大人も子供もかけてくれる言葉に大きな差はないのだけど、子供達はより哀しそうだ。


 大人はあたしを元気づけようとしてくれる。子供達は一緒に哀しんでくれる。あたしの前で泣き出す子もいる。あたしには後者の方がずっと有難い。大人の前では叶わなくても子供達の前ならあたしもまだ泣いてもいいのではないだろうか。堪えきれずに涙を流した。子供達が泣くことを咎める大人などいるはずがない。それどころか涙する大人までいてくれた。今日は両親やあたしを慰める日ではないのだ。弟の死を心から嘆いて貰いたい。岳人を愛して欲しいのだ。きっと弟もその姿を見て感謝するだろうから。


 ふと閃いた。そうだ。弟にも晩御飯をあげなくちゃいけない。食卓にある料理の中から弟が好きだったものを紙皿に移す。鶏のから揚げ、いくらのお寿司、ポテトサラダと果物。弟の待つ部屋に従兄弟全員ついてきてくれた。賑やかな晩御飯になるね。

 

 紙皿を枕元に置いて手を合わせる。一番年上の里枝ちゃんに促されてみなも同じように手を合わせてくれる。その後で鶏のから揚げを摘み上げて、岳人の口にあてがう。


「ちゃんと良く噛んで食べるんだよ。」


 きっとそれは奇行であったし、気味の悪い振る舞いだったろう。でも、あたしには必然の行動なのだ。あたしと弟を囲む子供達もじっと見つめている。


 天使は親戚が集まるのが大好きだった。みなが集まるとその明るさと元気で大人も子供も笑顔にさせた。今日ももし小さな羽を動かせるのであれば、みなに元気に挨拶したり、ハグしたり、一緒に遊ぼうよとはしゃいだに違いない。その天使が布団の中で眠り続けて、羽をなびかせないことが不思議だと、そこにいるみなが思っただろう。子供達はまだ、岳人が本物の天使になってしまったことを飲み込めていない。


 幼い子ほどそうなのだろう。里枝ちゃんの妹の早苗ちゃんは怪訝な顔をして岳人の頬に触れた。人差し指の腹でとても優しく。すぐに里枝ちゃんに窘められてその腕の中に閉じ込められてしまった。里枝ちゃんがなぜ妹を制したのか、あたしは察したけど早苗ちゃんに言った。どのくらい作れていたのか分からないが可能な限りの笑顔で。


「早苗ちゃん、いいんだよ。岳人おにいちゃんに触ってあげて。おにいちゃんはいつもみたいに早苗ちゃんを抱っこしたり、なでなでしたいと思っているから。」


 里枝ちゃんと目を合わせてもう一度笑顔を作った。ちょっと不安そうだったけど彼女は妹を解放した。早苗ちゃんはもう一度岳人の頬に触りながら問う。


「がくとおにいちゃん、おねんねしているの?」


 すぐに早苗ちゃんは姉に抱きかかえられ、姉はあたしに申し訳なさそうな顔をした。この姉妹がちょっとだけ羨ましい。どこかあたしと岳人に似ているような気がする。無邪気で無垢な妹。誰かに気を使わずにはいられない姉。


「早苗ちゃん。あのね、岳人おにいちゃんは今日死んじゃったの。お空に行っちゃったの。だから今までみたいに一緒に遊べなくなっちゃったんだ。でもね、お空から早苗ちゃんのこと見ているよ。早苗ちゃんが元気でいられるように神様のお手伝いをしているんだよ。」


 やっぱり岳人に似ている。大きくてくりくりとした瞳であたしを見つめて尋ねる。


「元気にしていたら、おにいちゃん笑ってくれるかな。」


 あたしは小さな女の子の頭を撫でながら頷いた。頭を撫でたときの感触まで弟にそっくりだ。なんだかすごく懐かしい感じがする。


 あたしはごまかしを言ったつもりはない。岳人はみなが幸せそうなら、楽しそうなら必ず笑うだろう。


 晩餐を終え、各人がお風呂で身体を清めたら布団に入って休みをとる。おばあちゃんが教えてくれた。岳人の魂はまだ未練があって身体の周りを彷徨っているかもしれない。だから、身体を見失わないように蝋燭に火を付けて一晩中明るくしてあげないといけないよと。


 ならば、一晩中火が消えないように誰かが見守っていなければならない。もちろん、それはあたしの役割だ。岳人の隣に布団を敷いて横になる。でも、眠ることは出来ない。おばあちゃんの言うことは年寄の迷信なのかもしれないけど、もしかしたらあたしは誰にもなにも言われなくてもこうしていたかもしれない。


 岳人の傍にいたいと望む気持ちももちろんだが、不安と恐怖がたゆっているあの部屋にひとりでいられそうにない。

 

 岳人の顔を見つめたり、話しかけてみる。蝋燭の僅かな灯りで照らされる死に顔は大人びて見えた。

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