第18話 あたしも、あなたも、彼だって怖いはずよ
「優江の寿命を知ったときは痛々しいと感じたさ。だけど、しばらく優江を見ていたら、こいつはあまり生きていくことに執着していないのではないかと察したのだけどな。」
生きていくことへの執着。ただ長く生きていたいと望むことだろうか。それとも将来の夢や目標を持っているとかそういうことだろうか。
「夢を持つということが関係しているんじゃないか。人間特有の性質だろう。限られた生の間になにか成功を目指すというのは。男の子は絵描きを志していた。美しい景色をたくさん眺めて、可憐な絵が描きたいと願っていた。真に熱心だった。それを見て夢を追うことが人間の生への執着だと知った。人間以外の動物には生への執着がない。おそらく夢を持たないからなのではないかな。」
将来に夢を描けないあたしは、生きる執着がないと見られていたのだろうか。
あたしが大人になる前に死ぬと疑っていなければ、もしかしたら夢を持っていたかもしれない。いや、多分それはないかな。
デッドは首を傾げるだけ。なにを怪訝に思っていたのだろう。実はあたしが夢を見ているのではないかと想像したのか。夢を見ない人間などいるはずがないと疑ったのだろうか。
「デッドが人間のことを理解するにはまだまだ時間がかかりそうですね。」
あたしのこと、人間のことを偉そうに語ることには腹が立っていたが実はヤツもなんにも分かっていないんだ。悪魔なんかにそう簡単には飲み込めないのだろう。ところで、デッドは死ぬことがまったく怖くないんだろうか。
「そうだね。恐怖は感じない。どうやらデモンの最期は身体が砂みたいに粉々になって崩れ落ちるのだって。もちろん脳もな。痛みとかはないらしい。
だから、恐怖なんて感じる瞬間などないのだろう。そのときが近づけばオレもなにか感じるのかも知れないけど、今のところはその気配はないな。」
別にデッドがどんな死に方をしようが興味もない。つまり、死に対する印象が人間とは大きく異なるわけね。
では、これまでにデッドが憑依してきた他の人間はどうだったのかな。死ぬのが怖いと言ったり、震えたりしていなかったのかな。
「程度の違いはあるけど、みなそれぞれに怯えてはいたようだな。」
やはりあたしはどうかしている。死を迎える気持ちを他人と共有したいと望むなんて。例え共有したとしても、あたしはこれから死ぬんだよ。でも、あなたがあたしの気持ちを分かってくれているから寂しくないね、怖くないね。そんなことにはなり得ないのに。いったい他の人間は死を見つめてなにを言っていたのだろう。
「それがなあ。みんな、なにを言っているのかよくわからなかったよ。」
なんだそれ。こんなに頼りにならない答えもない。なんの役にもたちはしない。
「なら、なぜ優江は死ぬのが怖いのかきちんとオレに説明出来るのかい。」
怖いって…。なにか良くないことが起きるかもしれないという憂いでしょう。なにものかがあたしに傷を付けにくるという不安な気持ちでしょう。
違うかもしれない。死というものがどんなものか分かっていない。分かっていないから怖いのかもしれない。死というものがどんなものか、いつ襲ってくるのか分からないから人は怯えるのかもしれない。影しか見えないから怖ろしいのかも。
でも、あたしなんていつ襲われるのかがはっきりしていても怖いけど。あれ?怖いってなんだっけ。なにを答えなくてはいけないのだっけ。なんだか筋道を立てて考えることがおぼつかない。
「な。お前にも答えられないだろう。みんなそうだったよ。なにが怖いんだ。死ぬって痛いのか。苦しいのか。そう聞いたらみんな嫌な顔をしたよ。それ以上問い質すと喧嘩になりそうだから、いつもこの話はすぐに切り上げたよ。」
うん。それがいい。あたしも、もう考えるのをやめた。これ以上ヤツにおかしなことを聞かれたらキレてしまいそうだ。
死ぬ日までこんなに憂鬱な時間が続くのかなあ。嫌だなあ。明日にでも死んじゃおうかな。不貞腐れて枕に顔を埋めた。
「死にたいのか?」
バカ。そんなわけないじゃない。だけど、その方が楽なのかもしれない。間違いなく二年後に死ぬのであれば、苦しむ時間を短くする為に手首でも切ってしまった方がマシなのかも。だけど、おかしいね。あたしは死が怖いのでしょう。自ら進んで死のうが、そのときがくるのを待って死のうが恐怖は同じはず。
遠くにある死が怖いから、今すぐ死んだ方がマシなのか?もう、わけがわからない。
「死にたきゃいつだって死ねるんだぞ。」
ちょっと意外だった。そらが決めたその日まで行き続けることが宿命だと思い込んでいたから。
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