第11話 おとなの綺麗ごと
「もし、大人になる前に死んでしまったらどうするの?」
絶対に口に出してはいけないことだと理解していた。ただ、ずっと気になっていたのだ。この疑問が解消されないから先生の話が耳に入らないのだと見做していたから。
それでもやっぱり、そんなことを口にするのは堅気ではない。胸の奥にしまい込むべきだと思ったけれど、それは気管から漏れ出す咳を自力で止めなくてはいけない程甚かった。
あたしは卑怯な女だ。毎晩襲ってくる幻影はあたしの死とは関係がないと割り切っていた。そのくせ、都合がいいときだけ死を意識せざるを得ない悲劇の女を演じるのだ。悪夢を見続ける病に侵されてしまったのだから助けてくれと慈悲を求めたがるのだ。
今はまだ落ち着いている。これ以上、お母さんに甘えていると口にしてはいけないことまで喋ってしまいそう。やや強引にお母さんの身体を引き剥がした。
お母さんはあたしの頭の中を見透かしたのだろう。
「なにか少しでも困ったことがあったら遠慮しないで相談するのよ。」
そう言って頭を撫でてくれた。あたしを守ってくれて、重んじてくれてありがとう。
だけど、あたしが夢の用紙になぜ、蝶になりたいと書いたのか、その理由は聞いてはくれなかったな。まさか本気でそう願っているわけではないが、それなりに主観があったのだけれど。
まあ、いい。これも口に出すべきことではないのだろう。人はひとりで抱え込むしかないことが多いものだ。
あたし達の年頃の子供には時間の流れというものはとても早く感じるものだ。毎日目覚ましい出来事にめぐまれるわけではない。特にあたしは勉強でも部活でも心血注いで取り組んでもいないから、毎日がそれなりに平凡に過ぎていく。それなのに一日が短く感じる。むしろ、平凡すぎるからそう感じるのかもしれない。旅行に出かけるとき行きの道のりは長く感じる。楽しみが待っているから早くそれにたどりつきたいという期待と焦りがあるからそのように感じるのだろう。逆に帰り道はとても短く感じる。もっと楽しみたかったと侘しい気持ちになるからだろう。
あたしには期待も焦りもない。焦りを感じない程、幻影が気にならなくなっていたし。だから、毎日が短く感じるのだ。
あたしの旅の景色はもう、木々が赤や黄色に染まる風景になっていた。
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