第9話 夢を綴る紙屑
中学生としての生活が始まったけど、日常が大きく変わったという気はしなかった。新しい友達も増えたけど相変わらず果歩ちゃんと一緒にいる時間が長い。
全校生徒がなにか部活に入らなくてはいけないという校則だったから、吹奏楽部に入ることにした。たいして興味もなかったけど果歩ちゃんがやってみたいというので付いていっただけ。ピッコロという楽器に興味をはじめることにした。小さくて愛おしい形と可愛らしい音色が好きになったよ。
亮君とは殆んど接触することがなかった。やっぱり彼は自分のペースを崩すことなくひとりで本を読んでいることが多かった。一緒に下校したあの日から少しは距離が縮まると思っていたのはあたしだけだったみたい。あの日には言えなかったけど、新しい友達とたくさん賑やかな時間を積んでいくつもりだよ。前向きに勉強も部活も頑張るよって伝えたかったけど、機会はなかなか訪れなかった。
一方で家の中で暮らすあたしは大分開き直った気色をするようになっていた。
毎晩幻影を目にすることには変わりはないのだが、あれは自分の寿命とは関係ない。仮になにか関係あるとしても、なにも抵抗することは不可能だと執着しないようになっていた。
随分神経が太くなったのだなって?ううん。そんなことないよ。人間はみんないつかは死ぬのだし、そのことばかりに気を揉んでいてもおもしろいことはないと諦めただけ。それに自分の死期が夢に出るなんてことは非科学的だし、信じられない。精神が病んでいるのは間違いないかもしれない。そのせいで毎晩悪夢を見るのは仕方ないかもしれない。だからと言って自分が遠くない未来に死ぬのだと嘆くのは正しい判断とは思えない。
成長したわけではない。昔みたいに死というものに鈍感になっただけだ。
比較的気楽に、平凡に生活していたけど憂鬱な事件が待っていた。夏休み前に家庭訪問が行われるというのだ。初めて会ったときと変わらず担任の大葉先生のことはあまり好きではなかった。先生の口癖は、
「夢を持て。それに向かって努力を続けよう。」
あたしはそれがとても嫌だった。小学生の頃と変わらずあたしには夢とか将来の憧れというものがない。そもそも大人になって働きたいとは願わない。尊敬する男の人と結婚して、子供作って一日中家事や育児をしているのがお似合いじゃないかな。だから、やっぱり小学校の卒業アルバムに書いた通り夢はお嫁さんが適当なのだ。それをまったく恥じてもいないしね。どれだけ大葉先生に煽られても、それ以外の目標を持とうという意識も芽吹かないよ。
将来の自分の夢とそれを目指す為にどんな努力をするのかを書き込む用紙が配られた。家庭訪問にはそれを持ち込んで臨むというのだから気が重い。
配られた用紙には、特になしと書き込んだ。嘘でもいいからなにか書き込んで調子を合わせておくのが大人なのかもしれないけど、そういうことをしたくなかった。次の日に用紙が回収されるまで改めて手にすることもしなかったし、考えることもなかった。
放課後、あたしは職員室に呼び出された。要件は予想がついている。先生の机の横に立たされて説教が始まるのを待つしかない。このなにもするべきことがない間が嫌い。
「的間には将来やりたいことがないのか?」
先生とふたりきりで話すのは初めてだったね。今、気が付いた。返事もしたくない。頷くこともしたくない。余程嫌いだったみたい。
いつもは生徒が悪戯をするとすぐにキレるくせに、あたしをしばらく放置した。いらいらしているのは伝わるよ。だから、あたしもいらいらした。怒りたいなら早くいつものように大声を出せばいいのに。先生は静かにあの用紙を差し出して言った。
「家庭訪問の日までになにか書いてこい。なんでもいいんだ。自分のなりたいもので。どんな夢でも俺は笑ったりしない。恥ずかしいことはなにもない。真剣に話をしよう。正直なことを書いて用意しておけ。」
馬鹿な大人というのはいつも勘違いをする。子供が相談に乗って欲しいと思い込んでいるのだ。職員室を追い出されたらすぐに夢の用紙を鞄の中に押し込んだ。こんなもの二度と見たくない。
次の日、クラスのみんなが夢の用紙になにを書き込んだのか聞いてみた。果歩ちゃんは女子アナウンサーになりたいと言う。とても似合っているよ。看護師になりたい、美容師になりたい、みんなそれぞれに思い描く夢を書き込んでいるらしかった。恥ずかしいから内緒、という子もいたけど、そう言うからにはなにか書き込んでいるのだろう。大きな夢を持つみんなのことを子供っぽいなどと捻くれたことは思わないよ。それどころか羨ましい。だからと言って、自分もなにか夢を持とうという気にはならなかったね。
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