第43話 そのメイド 『解放』

 ミカコは、ロザンナを睨めつけた。立場上、ミカコはロザンナに勝てない。戦うことを望んでいないから。だからこそ……

 ミカコは毅然と、封印の剣を右手に携えたまま佇む。前方から、ロザンナが突進して来ても。そして……

「……っ!?」

 ロザンナが突き出したサーベルの先端が、ミカコの胸に触れた瞬間。まばゆい金色の光が走った。

「私は、あなたと戦いたくないの。だからお願い……もう止めて」

「言った筈ですよ。私は、お嬢様の命令には逆らえないと」

 サーベルを引っ込めたロザンナが、冷酷な表情をして冷ややかに返事をする。

「武器が使用不可と知った以上、手段を変えなければなりません」

 冷静にそう告げたロザンナは、サーベルを鞘に収めると光の速さでミカコに急接近、片手でミカコの首を掴む。

「物理攻撃では、手も足も出せないようですね」

「ミセス……ワトソン」

 すごい力で首をめられ、背にする扉に固定されたミカコの顔が息苦しさに歪む。殺伐たる雰囲気を漂わせ、ロザンナが平然とミカコに告げる。

「恨むのなら、私に命令をしたお嬢様を恨むことですね」

「ヴィアトリカお嬢様は……悪くないわ。あなたに……私を殺せと命令をしたお嬢様は……本心じゃなかった筈だから。

 あなただって、分かってる筈よ……お嬢様に取り憑く悪魔が……お嬢様に命令させた……だから……」

「やめろ、ロザンナ!」

 二階の寝室から駆け付けたヴィアトリカが、息せき切って叫ぶ。

「命令だ! ミカコを殺すな!!」

「……仰せのままに」

 俯き加減で含み笑いをしたロザンナが手を離し、ミカコを解放。

 強い力で首を圧迫されていたミカコが、力が抜けたようにへたり込む。今にも、気絶しそうだ。

「ミカコ!」

 扉にもたれかかるミカコの体を支えたヴィアトリカが、しっかりしろと叫ぶ。

「お嬢様……良かった……目を覚まされたのですね」

 閉じかかっていたまぶたをゆっくりと開けたミカコがそう、優しく微笑みながらヴィアトリカに告げる。

「ああ……きみのおかげで、助かった。本当に、ありがとう」

 目に、涙を浮かべて感謝の言葉を述べたヴィアトリカは、

「すまない。私が、ロザンナに命令したばかりに……本当に……すまない……間に合って、良かった……」

 堪えきれなくなり、声を上げて泣き出した。ミカコとひとつしか違わないのに、大粒の涙を流すヴィアトリカが、幼い子供のように泣きじゃくっている。

 ヴィアトリカは心底、ミカコがロザンナに殺されるのを恐れていた。自分の意思ではなかったが、ロザンナにミカコを殺せと命令したのは、ヴィアトリカ自身。

 もしも本当にミカコが死んでしまったら、その重い十字架を背負って、後悔しながら生きなければならない。自分も、両親を殺した悪魔のようになってしまっていただろう。それだけは阻止せねば。ミカコは何も、悪くない。絶対に死なせない。

 強い意思のもと、寝室で目を覚ましたヴィアトリカは、傍で気を失っていたエマを起こし、事情を聞いて玄関ホールへと駆け付けたのだった。

「お気になさらず……私はもう、大丈夫ですから」

 体を震わせて嗚咽おえつするヴィアトリカを抱きしめ、優しく頭を撫でたミカコは、慈愛じあいに満ちる顔で微笑みながらそう告げたのだった。

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