第42話 そのメイド 『到来』

「結界……?」

「……ルシウスの言う通りだ。神力しんりょくに近い、何か、特殊な力の気配を感じる」

 気を集中させ、右手で扉に触れたラグが、険しい表情でそう口にした。

「それってまさか、結界を張ったのって……」

 なんとなく、嫌な予感がしたミカコに、

「ロザンナ……だろうな。俺達を屋敷に閉じ込めるために予め、結界を張ってたんだろうぜ」

 厄介そうに顔をしかめたルシウスがそう予測し、返事をした。

「そんな……」

 ミカコが、絶望の声を上げる。折角、エマが時間稼ぎをしてくれたのに、それが無駄になってしまうなんて。ロザンナが張った結界に阻まれて、逃げ場を失ってしまった。



 ビンセント邸の正面玄関前にて。出先から戻ってきた探偵のエドガーが、観音開きの扉を開けようと奮闘していた。

「無駄だ。どんなに力を込めても、その扉はびくともしないよ」

 両手で以て、力の限り扉を押してるエドガーの横で、腕組みしながら壁に寄り掛かるジャンヌが、冷ややかな口調で告げる。

「私達が力を合わせても敵わないくらいに強力な結界が、この屋敷全体を覆っている。それが解けない限り、屋敷の中に入ることは不可能だ」

「ジャンヌ。この結界について、何か知っていることがあったら教えてくれないか?」

 両手で扉を押す体勢のまま、ジャンヌの方に視線を向けたエドガーがそう、冷静に尋ねた。凜然たる雰囲気を漂わせながらも、ジャンヌは返答する。

「こうして、私やきみが屋敷に触れられるということは、少なくとも、悪魔が張った結界ではない。

 おそらく、この屋敷の中にいる悪魔以外の誰かが、内側から強力な結界を張ったのだろう」

「それって……」

 ジャンヌの返答に、心当たりがあるエドガーが嫌な顔をして予想を口にする。

「まさか、ロザンナさんじゃないだろうな?」

「その可能性が高い。彼女は、ヴィアトリカお嬢様に仕える使用人の中でも格別だ。

 もしも、ヴィアトリカお嬢様に悪魔が取り憑いていてなおかつ、使用人の彼女にミカコを殺せと命令を下したとしたら……この屋敷の中にミカコを閉じ込めることくらいはやるだろうな」

「ロザンナさんは、主人の命令とあらば必ず、それを遂行する。もしも、ジャンヌの推測通りだとしたら……ミカコが危ない!」

 ジャンヌの推測に危機感を抱いたエドガーの顔が険しくなる。一刻の猶予もないこの状況の最中、一人だけ冷静沈着なジャンヌが口を開く。

「大丈夫だ。万が一、ミカコの身に何か起きたその時は……どんなに強い力だろうと、たちまね除けるくらい強力な神の加護が発動する筈だ。私が守っている限り、ミカコが命を落とすことはない」

 エドガーが思わず目を瞠るほど、自信に満ちた笑みを浮かべてジャンヌはそう断言したのだった。


「ラグ。今のうちに、結界を張れ」

 顔を、やや下に傾けたルシウスが、不意に口を開く。

「その中にミカコを隠し、時間稼ぎをする。ロザンナは今、お嬢様の命令で動いている。

 なら、お嬢様が再び命令を下せば、ロザンナは素直に言うことを聞く筈だ。お嬢様が目を覚ますまでの間、俺達でミカコを守るぞ」

「それは名案ですねぇ……まぁ、それをしたところで、この私に見破られない保証はどこにもありませんが」

 何者かが、ルシウスの提案を賞する声が聞こえた。人を嘲笑うかのような、その聞き覚えのある声に、ギクッとしたルシウス、ミカコ、ラグが青ざめた顔で振り向く。すると……

「……っ!」

 三人が背にしていた壁に、腕組みしながら寄りかかるロザンナの姿が、そこにあった。その顔には薄ら笑いが浮かんでいる。

「……エマは、どうした」

「気を失っていますよ。私の、一撃を食らってね」

 意を決して尋ねたルシウスに、ロザンナはしれっと返答。それを受けて厄介そうに、ルシウスが舌打ちをする。

「チッ……まさかここで、ロザンナと対戦することになるとはな」

「そうだね。この展開は僕も、想定外だよ」

 にわかに緊張が走る表情で会話をするルシウスとラグ。しばし沈黙した後、ルシウスが決断したように口を開く。

「ラグ……腹、括るぞ」

「オーケー」

 ルシウスの決断に同意したラグが返事をする。

 ルシウスとラグが、自爆覚悟で特攻。二人の攻撃をひらりとかわし、ロザンナが一撃を食らわす。

 ロザンナが振るったサーベルの、強力な風圧を受け、後方へ思い切り飛ばされたルシウス、ラグが壁に叩き付けられた。

「ルシウス! ラグ!」

「あなたが、最後の一人ですね」

 サーベルを手に、品良く着地したロザンナが冷めた笑みを浮かべる。

「覚悟を、決めてもらいましょうか」

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