第198話

 沖長は、修一郎が運転するワゴン車の後部座席で揺られながら、これからのことを考えていた。

 このまま何事もなく進めば、この車の行き先は籠屋の本家。籠屋宗家とも呼ばれる、かつては日本国を裏で支えていた国家占術師の家系であり、ナクルの母であるユキナの実家でもある。


 毎年日ノ部家は、お盆の季節に里帰りとして顔を見せに行っていたが、沖長が同行するのは今回が初めて。これまでは家族水入らずの中、他人の自分がそこに入るのはおこがましいと思って誘いを断っていたが、今回ばかりはスルーするわけにはいかない事情がある。


 原作における第二期の始まり。それがこの里帰りがきっかけとして起こるのだから。

 そしてナクルが初めて妖魔人ユンダと相対し、新たな力に目覚める瞬間でもある。水月の件もあり、ユンダがナクルに関して強烈な興味を抱くシーンが描かれるのだ。


 だからこそ放置はできない。ユンダの強さは現時点でも相当なものであり、原作よりも多少は強くなっているとはいえ、それでも今のナクルでは倒すことはできないだろう。何せ出会うのは、ユンダが本領を発揮できるダンジョン内だ。


 以前沖長もユンダと戦うことになったが、それはこっちの世界であり、それでも圧倒的な実力差があった。《アイテムボックス》が無ければ確実に殺されていたほどだ。


 原作通り進むのならナクルが殺されることは無いが、原作からすでに大きく外れてしまっている以上は何が起こってもおかしくはない。故に今回は同行することを決めた。


(とはいってもなぁ……)


 実際ユンダが目の前に現れたとしてナクルを守れるかどうか自信はない。あれから少しは成長しているといっても、やはりまだ実力の差はある。


(それに今の俺は《呪花輪》もつけてるしな)


 そのため普段よりも格段に力が衰えてしまっている。これを外す時は寝る時だけであり、それまでは装着し続けていないと大悟に折檻されてしまう。

 当初はこれをつけたまま生活するのは非常に辛いものだったが、今では多少慣れてきている。それでも現在進行形でオーラが減り続けているのだから、常に衰弱状態と言えるわけだが。


(ただまあ、たとえ外したところでユンダに敵うわけがないけど)


 不安要素もあるが、こちらに有利な点もまた多いのも事実。

 原作にはここにはいないはずの蔦絵や、ナクルと修一郎たち家族の仲が悪くないというメリットは確実にユンダとの衝突にも活かされてくるだろう。


 その分、原作とは違い【異界対策局】の力は借りることはできないがそれは仕方ない。

 それに何かあれば、手を貸すからすぐに連絡をしてくれと十鞍千疋も言ってくれているので実に頼もしい。原作でもナクルは彼女に窮地を救われているから。


(向こうではナクルを一人にしないことが大前提だな。もっとも原作とは違って、この世界のナクルが一人でダンジョンに挑む理由はないから安心ではあるけど)


 水月を救うために、ダンジョンの秘宝を求めるようになるナクル。だから度々勝手な行動をして【異界対策局】とも溝ができそうになる。その度に、先輩である戸隠火鈴が何だかんだ言って庇ったりするのだが。


(とりあえずダンジョン発生は確実として動くべきだよな。そこにナクルを近づけさせなければいい。あとはもしユンダと遭遇した場合か……)


 向こうは恐らくまだ沖長が生きていることを知らないはず。ナクルに加えて自身も見つかりたくはない。無事に里帰りを終えることができるかは自分にかかっていると沖長は思っている。


(何もなきゃそれでいいけど、それだけじゃなくて、これから行く籠屋本家自体も色々面倒事を抱えてるみたいだし……)


 今後起きるであろうイベントに消沈しつつ溜息が零れる。


「どうしたッスか? もしかして酔っちゃったッス?」


 右隣に座っているナクルが心配そうに声をかけてきた。


「いーや、何か今になって場違い感があって憂鬱になってきただけだよ」

「それを言うなら七宮の私もそうよ。何せ商売敵でもあるのだしね」


 そう言うのは左隣に座る蔦絵だ。何故か沖長は、二人に挟まれるようにして座らされているのである。一応助手席が良いと修一郎に嘆願したが、ナクルと蔦絵に強制的に後部座席に引っ張り込まれたのだ。


 女所帯の日ノ部家。だから同じ男である修一郎の隣でゆったりと時間を過ごすつもりだったのだが、そんなささやかな願いを、二人に砕かれたというわけである。

 ちなみに蔦絵が言った商売敵というのは、現在の国家占術師が彼女の妹だからだ。そうでなくとも、昔から籠屋家と七宮家……いや、それに連なる天徒家はライバル同士であり、蔦絵も向こうでは肩身の狭い思いをするだろう。


「はは、んなもん気にすんなっつーの。今の籠屋家の当主はトキナだぜ? コイツが良いって言ってんだから誰も文句なんて言えねえって」


 窓を見ながらふてぶてしそうに口を開いたのは大悟だ。彼や、その妻であるトキナもまた同乗している。


「そうだよねぇ。大ちゃんなんか今でも宗家の人たちのみならず、分家の人たちにも睨まれてるし。その度に喧嘩腰になるんだから、少しはどっちも大人になってほしいんだけどなぁ」

「うっせえよ、トキナ。そりゃお前と結婚したのが俺みてえなどこぞの馬の骨とも知れぬ野郎だったからだろ? 奴らは格式やら伝統っつーもんを後生大事にしてっからなぁ。だから外様にゃ厳しい。んなくだらねえ信念が何になるってんだよ。なあ、修一郎?」

「はは、それを俺に聞くかい、大悟?」


 運転をしながら苦笑を浮かべる修一郎は続けて言葉にする。


「それを言ったら俺も外様だよ。何せ元々は大家である籠屋家を守る忍びの家系なんだし」

「そういやそうだったな。ユキナん時も、籠屋の連中は泡拭いたみてえに騒いでたしよぉ。ありゃ傑作だったな!」


 格式高い家の仕来りなどは詳しくないが、国を裏から守ってきた大家である籠屋の娘たちの嫁ぎ先は、やはり相応の血を求められるということか。


 恐らくは大家の血には同じような大家の血を。そういう流れは実際にあったということだろう。しかし修一郎も大悟も大家の血を引く者ではないようで、そんな二人に大家の姫君を二人も奪われたとあっては、それは大事以外の何物でもないらしい。


 事実、籠屋家は始まって以来の大騒動となったとのこと。しかし結果的に二人はこうして契りを結ぶことができている。




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