第196話

【原作ルート】



 唯一ダンジョンを攻略することができる勇者として覚醒した日ノ部ナクル。しかしそのきっかけは、居候をしている七宮蔦絵の死という悲劇的なものだった。

 その事実はナクルの心に大きな傷を刻むことになったのである。だがナクルには止まることは許されなかった。


 自分を守って死んでしまった蔦絵のためにも、現状から逃げ出すという選択肢は選べなかったのだ。それは元来純粋で真っ直ぐな性格だから故だろう。

 加えて、そんなナクルに接触してきたある組織の勧誘もあってだ。【異界対策局】と名乗ったソレは、ダンジョンを攻略し日本をその脅威から守るために存在すると聞かされていた。


 これ以上、蔦絵のような被害を出さないためにも、ナクルは組織の手を取ることになったのである。

 当時、家族との間に溝を深めていたナクルは、修一郎たちの忠告を聞かず、困っている人たちのためにという名目を掲げ組織に身を置くことになった。


 それから組織の指導のもとに勇者として実力を上げ、幾つものダンジョンを攻略していく。

 そんな中、出会ったのが九馬水月という少女。彼女もまた自分と同じ勇者でありながら、別の思惑のもとで動いているようだった。


 ナクルは同じ勇者ならともに戦えると手を差し出すが、水月にとってその手を取ることは立場上難しかったのである。何せ彼女の目的は――ダンジョンに眠る秘宝。それを手にできれば、失った母、そして平和な日常を取り戻すことができると信じていた。


 しかしながら秘宝は【異界対策局】も狙っている。当然組織のもとにいれば、手にしても搾取されるだろうと、ユンダと名乗る人物に教えられていたのだ。

 だから【異界対策局】の一員であるナクルと手を結ぶことなど許容はできなかった。


 そうして二人はダンジョン内で度々衝突し、その多くは水月が勝利を得ていた。何せ水月の方が背負っている重みが違い、ナクルはまだ同年代の少女と争うという現実に向き合えていなかったからだ。


 そんな矢先、ナクルは組織内で先輩として活動していた戸隠火鈴と出会うことになる。そんな彼女から勇者としての振る舞いと、相手を納得させるにはこちらも全力で応えなければならないということを教えられた。

 中途半端な状態では、覚悟を持った者の耳には言葉は届かない。だからこそこちらも覚悟を決めて向き合う必要があると。


 そうしてナクルは何度目かになるか、またダンジョン内で水月と遭遇することになった。

 だがこれまでと違い、覚悟を決めたナクルは怯まずに思いのままに言葉を告げる。


「ボクは、君と友達になりたいッス!」


 それでも水月も目的のためには、その言葉を受け入れることはできず、


「……ごめん。それでも私はやっぱりその手を取れない!」

 そこで二人はそれぞれの思いをぶつけ合い、ボロボロになりながらもナクルは水月へ気持ちを伝えることができたのである。


「……日ノ部さん、あなたは眩し過ぎだよ」


 どれだけ痛めつけられても、一切の悪感情を向けて来ないナクルに対し、水月は徐々に閉じていた心の扉を開いていく。


 そして水月もまた自身が抱える想いを吐露し、ほんの少しだが歩み寄ることができた。そしてナクルは水月のために、力を貸してあげたいと思うようになる。

 水月もまた、ナクルの純粋な気持ちに胸を打たれ、彼女の手を取ることになるのだが、その間を、水月をこの世界に連れ込んだユンダが裂いた。


 水月をそそのかし、彼女の環境をさらに悪化させ、ナクルと敵対するしかない方向へと誘導していく。そしてまた二人はダンジョンで戦うことになってしまう。

 当然ナクルは納得できなかったが、それでも水月をそそのかしている誰かから彼女を救うために奮闘する。


 戦いの中で、二人はさらに想いをぶつけ合い、とうとう決着がつく。

 水月がナクルの気持ちに負けて、その拳を下ろしたのである。自分のために戦ってくれているナクルを、これ以上傷つけたくはなかったのだ。


 これで晴れて本当の友達の絆を結んだ二人だったが、自分たちがいる場所がダンジョンだったことを忘れていた。

 しかもそのダンジョンは、これまでナクルが挑んできたものとは格が一つ上のハードダンジョン。


 結果的に言えば主を討伐し攻略することはできた。しかしその代償は大きかった。

 戦闘不能になったナクルを守るために、水月は勇者としての力をすべて使い果たしたのだ。それまでに負ったダメージも大きく、全力以上の力を出した反動のせいか、水月は二度と目覚めない植物人間と化してしまった。


 自分の不甲斐なさを痛感したナクルは嘆いた。もっと自分が強ければ、こんな悲惨な運命を変えられたはず。蔦絵の時もそうだ。

 結局力がなければ、強者に嬲られるだけ。


 そんな理不尽な現実に苛まれながらも、ナクルは僅かな希望を見出していた。

 水月から聞いたダンジョンの秘宝。それがあれば、もしかしたらこの理不尽な運命を書き換えることができるかもしれない、と。


 そう考えたナクルは、これまで以上に修練にのめり込むことになる。何にせよ力は絶対必要になるのだ。どんな敵が現れても負けないくらいの強さが欲しい。

 そんなナクルを見て一抹の不安を覚えた火鈴だったが、上の命令で止めるなと言われていたこともあり見守るだけになった。


 鬼気迫る表情で毎日を過ごすナクルは、夏休みに毎年恒例になっている籠屋宗家へ家族と一緒に顔を出すことになったのである。

 正直そんなことよりも修練をしたかったナクルだったが、たまには休むように組織に言われ渋々了承したというわけだ。


 そんな久々とも思えるほどのゆったりとした時間を籠屋宗家で過ごしていると、ナクルは自分を呼ぶような声を感じた。言葉というよりは感覚に近く、その招きに従ってある場所へと辿り着く。


 そこはナクルが小さい頃から秘密基地と呼んで穏やかな時間を過ごしていた場所。

 一目見て理解した。ダンジョンが発生していることを。


 すぐに【異界対策局】へ連絡しようと思ったが、ふと例のダンジョンの秘宝のことが脳裏を過ぎった。もしかしたらここにソレが眠っているかもしれないと。

 ならば誰にも知られずに手にする必要がある。そう判断したナクルは、一人で足を踏み入れることになった。


 そしてそこである者と遭遇することになる。

 その者は、自身をこう名乗った。


 ――妖魔人ユンダ、と。


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