第193話
「っ……こ、これ……何で……っすか!?」
突然全身を襲った重圧に耐え切れず、四つ這い状態のまま言葉を絞り出す。
まるで重力そのものが何倍にも膨れ上がっているかのようで、それでいて力を出して立ち上がろうとしても、これがまた思う通りに力が入らないのだ。故に気を抜けば今にも倒れ込んでしまいそうになる。
「おーおー、どうやらちゃんと起動してくれたようだなぁ」
この状況をすべて理解しているであろう大悟は、苦悶の表情を浮かべる沖長を見ながら笑っている。
「し、しじょぉぉぉ……っ!」
何故か視界もぼやけてきた状態で大悟に助けを求める。
「おっと、悪い悪い。沖長、オーラをその紐に注げ」
注ぐ……?
「ほれほれ、考えてる暇なんかねえぞ。さっさとやれ」
相変わらずの説明不足。こうした端的な言葉ですべてを察しろというやり方はなかなか慣れないものだ。こちとら天才ではないのだから、一を聞いて十を知るなんて容易くできるわけがない。
だからこそ言われた通りにやるしかないわけだが……。
とりあえず全身からオーラを発し、そのすべてを紐に集束させるイメージで移動させていく。すると徐々に身体へかかる重圧が軽くなっていくのを感じる。
それでようやく立てるようになったのはいいが、当然紐の正体を問い質すべく大悟を睨みつける。
「そんな顔すんなって。そもそもこの一週間、それを作るために費やしたんだぜ?」
「はあ? この紐をですか? ……そもそもコレどういうものなんです?」
「そいつはあるダンジョン素材で作られた代物でな。その名を――『呪花輪』」
「じゅか……りん? いや、それよりもダンジョン素材で作ったものなんですか、これ?」
「おうよ。呪いの花の輪と書いて『呪花輪』。まあ、その効果は今身をもって体験しただろ?」
「つけると重力が何倍にもなるとか?」
「ちっげえよ。重圧を感じたってのは錯覚だ」
「錯覚? でも現に押し潰されそうな感じで……」
「そいつの効果は身に着けた者へのあらゆる力の弱体化だ」
「あらゆる……力?」
「そう。体力はもちろん筋力や思考力なんかもだ。さっき四つん這いになってた時、何にも考えられなかったんじゃねえか?」
そう言われればそんな気もするが、そもそも突然過ぎてまともな思考ができなかったとも言えるが。
大悟曰く、筋力が大幅に弱体化したことで立っていられなかった。つまり自分の身体の重さですら支えられなかったというわけだ。
(さっき力が抜けたように感じたのはそのせいか……)
そして重圧を感じたのも、ただ単にいつも自然と感じている重力に対し、それに耐えうる筋力が弱まったからとのこと。
ちなみにオーラを注ぐことで、効果を抑えることができるらしいが、それでも若干身体は重い。大悟からは、それは注ぐオーラがまだまだ弱いためだと指摘された。
あらゆる力の弱体化。それは言葉通りの意味であり、視界がぼやけたのも視力そのものが低下したせいなのだという。
「まさに呪い……ですね。ところでこれ、いつまで続ければいいんです? そろそろオーラが底を尽きそうなんですけど?」
「あん? んなもんずっとだずっと」
「へ? ず、ずっと!?」
「寝る時以外はずっとだ」
「ちょ、ちょっと待ってください! そんなこと続けられるわけないじゃないですか!? オーラには限りがあるんですよ!?」
「その時は根性で耐えろ。そんでオーラが回復したらまた注げ。それを繰り返せ」
「そんな無茶苦茶な……」
「無茶でもお前が言ったんだぜ? できるだけ早く強くなりてえってな」
「!?」
あのヨルの沖長拉致未遂事件。大悟が助けてくれたが、ヨルとまともに戦って勝てるほどの強さは沖長にはなかった。《アイテムボックス》を使えば逃げることはできたが、それでは問題の解決にはならない。
だからあの時、大悟にできる限り早く強くなれる方法がないか聞いた。そして大悟はあるにはあるが、覚悟が必要だという言葉に沖長は真っ直ぐ頷いたことを思い出す。
「俺や修一郎もガキの頃、そいつで強くなることができた。どうする? 止めるのもお前次第だぜ?」
まるで挑発するような視線をぶつけてくる。俺は耐え抜いたが、お前はどうだと言わんばかりに。
別に誰かと競うつもりはないが、何となくイラっとしたものを感じた。どうやら自分も結構な負けず嫌いな気質を持っているらしい。
「…………はぁ。ここで逃げるを選択したらカッコ悪いじゃないですか。やりますよ。ええ、やってやりますよ」
「クク、それでこそ俺の弟子だ。ま、慣れりゃ寝てる時でもそれを付けてられるようになる。ま、頑張るこったな」
この修練法の先に遥か成長した自分がいるなら、そこに辿り着くまでだ。これから原作に深みが増して激化していく中で、ナクルを守るためにも強さが必要になる。
ナクルは勇者としてどんどん強くなっていくだろう。それも加速度的に。勇者ではない沖長には成長速度に限界があるし、ナクルと同じことをしていても置いて行かれるだけ。
ならば多少無理を通してでもできることはすべてやっておきたい。
「んじゃ、さっそくその状態で遠泳してこいや」
「……マジすか?」
「何だ? もう弱音かぁ?」
「! ……わっかりましたよ」
現在も変わらずオーラは消費し続けているし、いつ枯渇し倒れてもおかしくない。そんな状態で遠泳というスパルタを課すとは、やはり大悟は鬼だと思わずにはいられなかった。
けれど言いつけに従い、強くなるためだと言い聞かせ、プールへと飛び込む。
そして一分後のこと――。
「死んじゃダメッスよっ、オキくぅぅんっ!」
真っ青な顔でプールサイドに横たわり、涙目のナクルに介抱されている沖長がいた。
その様子を楽しそうに見ている大悟に対し、
(ぜ、絶対いつかぶっ飛ばしてやるぅぅ……)
そう断固たる決意を胸に、静かに意識を飛ばしたのであった。
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