第178話
「お前たちは警察でも何でもない。公的機関ですらない秘密組織だ。公権を使いたいと口にするならば、その存在を国民にも明らかにしないと平等ではなかろう」
恭介の挑発するような眼差しを受け、一瞬たじろぐ織乃だったが、あることに気づいてハッとする。
「……! なるほど。例の勇者を使って騒ぎを起こす。どうもあなたにしては乱暴なやり口だと思っていましたが、その目的に今察しがつきました」
「……ほう」
「我々を……【異界対策局】を公にすることですね? いや、より正確にいうならばダンジョンを、ですか?」
「!? おいおい、マジかよ! んなことしたら大混乱するじゃねえか!」
【異界対策局】を表沙汰にするということは、必然的にダンジョンや、それに連なる多くの秘密を国民たちに伝えることになる。当然それは混乱を生み、下手をすれば今まで黙してきた政府は糾弾されるだろう。
「そもそも何故隠す必要があるのか私には理解できんよ」
「防衛大臣ともあろう方の仰る言葉ではありませんね。ダンジョンの存在が明るみになれば、興味本位で動く者たちが必ずといっていいほど出てくる」
「確かに、ダンジョンに眠る宝に魅了され、我が我がと挑む連中も出てくるだろう」
「だったら分かるはずです。これは国民を守るために必要な秘匿であると」
「だがそのせいで対処に一歩遅れる場合が出てくるのも事実ではないかね?」
「それは……」
「警察や消防団なら、事件が起こればすぐさま駆けつけることができ、現場に到着して速やかに対処に臨むことが可能だ。しかし君らはどうだ?」
「…………」
「ダンジョン発生に対し、まず現場の特定をし、その規模に合わせて戦力を調達して向かわせる。そして現場に辿り着くと同時に、周囲に厳戒態勢を敷き人払いを行わないといけない。そうしなければ国民に知られてしまうからだ。だがそのひと手間がいずれ必ず手遅れを招くことになる。……分かっているだろう、〝あの経験〟をしているお前ならば」
厳しい声音をぶつける恭介に対し、火鈴は〝あの経験〟という言葉に小首を傾げていた。
「…………確かにあなたの言う懸念があることは否定できません」
「では……」
「しかしそれでも組織のことやダンジョンのことを大っぴらにするリスクを考えるなら認められないことだと考えます」
「それは国民を蔑ろにしていると同義だと言ってもか?」
「総理の決定は絶対です」
「…………やはりそこに行き着くか」
恭介のその表情からは失望の色が見えた。
「あなたの仰るリスクを軽減するには、我々が手を取り合って事に当たるのが一番です。特にあなたのような経験者の力が必要だ。ですから……」
「私と総理に大きな隔たりがあることは認知していると思っているが?」
その諦めにも似た言葉を受け、反射的に織乃は立ち上がって語気を強めながら口を開く。
「それではいつまで経っても国家の損失が大きくなるだけ! 総理は歩み寄る気持ちはお持ちだ。あとは恭介さん、あなたが――」
すると話している途中に、恭介が持っていたグラスをテーブルに叩きつけるようにして置き、それと同時に織乃が口を閉じてしまった。
明らかに恭介から敵意のオーラが迸っているのを察し、織乃を庇うようにして火鈴が前に出る。しかし恭介は別段攻撃に転じるといった様子はない。
少しの沈黙の後、おもむろに恭介が席から立ち懐に手を入れる。火鈴たちの警戒度が増す。
そんな中、恭介が取り出したのは何てことはない普通のタバコであり、そこにライターで火を点けると、一度煙を吸ってからゆっくりと吐き出した。その間も、二人は周囲への警戒を怠らない。特に火鈴はすでにブレイヴクロスを纏っており、織乃を守るための態勢を整えていた。
ただやはり動きはなく、沈黙を破るようにして恭介が口を開く。
「……前に一度だけ言ったことを繰り返そう」
「?」
「國滝織乃、私とともに来い」
「! ……お断りします」
「いまだ泥船に乗ったままでいるというのか?」
「私としては、それはあなただと考えておりますが」
「なるほど。やはり平行線か……愚かな」
「おいてめえ! さっきから聞いてりゃ好き放題言いやがって! 偉い奴は好き勝手していいってのか? いい加減ぶっ飛ばすぞコラァッ!」
「黙っていろ。たかがファーム育ちの家畜が。天涯孤独の身でありながら、勇者だと分かって天狗にでもなったか?」
「あぁ? 上等だ! 何ならここで一暴れしたっていいんだぜ?」
火鈴が闘志を漲らせると同時に、周囲からの視線と敵意が強まっていく。
「こちらとしては別に構わんが、そうなると事件として取り扱うこととなり、結果的に立場が悪くなるのはそっちではないかね?」
「……落ち着け、火鈴」
「織乃、けどよ……」
「先ほども言ったが、ああして相手の弱いところをついてくるのが得意な相手だ」
「ちっ……やっぱいけすかねえ野郎だぜ」
やはり織乃にとって、ここで事を起こすことだけは避けたいのだ。他の組織が介入すれば、それは自身が敬う総理にとって不利になってしまうから。動く時は総理の認可を第一としている織乃は、ここで感情的に動くことなどできなかった。
すると恭介が踵を返して背を向ける。すでに語る言葉はもう無いとでも言うかのように。
「待ってください、恭介さん!」
制止の言葉に対し、歩もうとした恭介は足を止めた。
「どうしても総理と手を結べませんか?」
「条件として、ダンジョンで手に入れたすべてのものの権利をこちらに譲渡してくれるならば考えよう」
「それは……」
「不可能だろ? ……そういうことだ」
それだけを言うと、恭介はそのまま店の奥へと消えて行った。
「……周りにあった複数の気配も消えたぜ、織乃」
「…………そうか」
恭介が去ったと同時に、姿を隠しながらこちらに敵意を向けてきた連中の存在もいなくなっていた。
「つーか、最初から分かってたことだろ? あの野郎がこっちにつくわけがねえってよ」
「しかしいろいろ確かめることもできた。会って損はなかったということだ」
「ま、アンタが良いなら別にいいけどよ」
「……帰るぞ。これから忙しくなる」
険しい表情の織乃に対し、火鈴は「あいよ」と気軽に答えつつ彼女の後を追って行った。
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